>Nattiess
「お姉ちゃん!」
あたしのそばに、低学年の子が集まってくる。
見ているのは五年生。九歳の子達なの。
いちおう学院ってば傭兵学校だから、イザってときの対応は決まってるのよね。当然どの上級生がどのクラスを見るのかも、ちゃんと割り振られてたりして。
ただあたしとしてはラッキーだったかな? ちっちゃい――今回はちょっとトウが立ってるけど――子達といるの、嫌いじゃないから。
「大丈夫。ただみんな、言うことはちゃんと聞いてよ?」
「うん」
まぁこの期に及んで、言うこと聞かない子もいないだろうな。
このクラスを見てる上級生は、あたしを含めて三人。十八人いるから、ひとり六人づづの割り振りってとこ。
「先輩、奥に行きます?」
「止めとこう。どうしてもになってからでもいいだろうし」
「ですね」
そのとき悲鳴が上がったのよね。裏庭の方で。
「あたし、見てくる」
同じクラスのアイミィが窓の方へ駆け寄ってみて。
「どぉ?」
「大変! 裏庭がもう襲われてるっ!」
「えっ――!」
だってまだ、船が上陸したとか聞いてない。それなのにどうして、襲われちゃったりするの?
悩んでたら轟音と共に足元が揺れて。
「ねぇどうしよう? ここにいたら危ないのかな?」
「そんなこと聞かれても……。先輩、どうしましょう?」
さすがにこんな時どうしたらいいかまでは、ちょっとすぐには思いつかない。
逃げた方がいい気もするし、かといって廊下に敵がいたら困るし……。
いちばんいいのはたしかめに行くことなんだろうけど、そうするとこっちが手薄になりすぎちゃう。
――ルーフェイアだったらどうするんだろう?
あの子戦闘なれしてるから、こゆとき簡単に状況読むんだろうな。
みんなで必死に考えて……。
また悲鳴。それとガラスの割れる音。
さっきより近いの。
「どこ?」
「――隣だっ!」
いっしょにチビたちを見てくれてるクライブ先輩が、真っ先に気がついてくれた。
でもどうして?
どう考えても校内へはまだ、侵入されてないよね。
けどあたし、唐突に理由を知ったの。どうしていきなり隣が襲われたか。
「アイミィ、危ないっ!」
とっさに声をかける。
もちろん小さい子達も、急いで下がらせて。
窓ガラスに影が映って……ロープにぶら下がった敵になった。
――蜘蛛みたい。
一瞬、そんな場違いなことが、頭をかすめちゃったり。
でもあたし、のんき……だったのかな? その時までは。
勢いをつけて兵士が体当たりしてきて、窓ガラスが割れて。
「痛っ!」
小さい子をかばった拍子に、ちっちゃい破片が背中に刺さったみたい。
だけど気にしてるヒマなんてないの。
「早くっ、廊下へ出てっ!」
飛び込んできた兵士はでも、一人だけでラッキー。アイミィとクライブ先輩が、すぐ戦い始めて。
だからあたしひとりで、ちびちゃんたちを全部になった。
「誰でもいいから! 隣と手を繋いで外へ出るの!」
子供たちが手を繋いで、次々と廊下へ出て。だけどまだ、少し奥に数人残ってるから……。
後ろで立て続けに絶叫。
慌てて振り向く。
「アイミィっ!」
叫んだけど、ムダなの分かってた。あれじゃもう助からない。
だって……上半身と下半身がサヨナラしてる。
アイミィの隣には首の無いクライブ先輩。
殺ったのは、こいつだ。
飛び込んできた、やたらデカいヤツ。
そいつが、あたしが叫んだのを聞きつけてこっちを向く。
総毛立つような薄笑い。
「どうして軍に、こんなのがいるのよ……」
思わずつぶやいちゃった。
――こいつ、イっちゃってる。
昔スラムにいた時、よく見た。ラリった挙句にどっかへイっちゃってるヤツ。
そいつらの目にそっくりなの。
それから気が付く。
こいつの足元……。
「リティーナっっ!!」
なんでよ! どうしてこんなことするのよっ!!
低学年のリティーナ――あのキザで有名なセヴェリーグ先輩の妹――が、切り刻まれてる。
手を、足を、胴の一部まで切り落とされてまだ生きてる。
それをこいつ、嬉しそうに眺めて悦に入って……。
「たすけ……おにいちゃ……たす、け……」
虚ろな目で天井を見ながら、リティーナがつぶやく。
けど、助けたいけど、近寄れない。ただ見てるだけ。
だからあたし、自分の苦無を投げつけたの。リティーナに向かって。
苦無には即効性の猛毒が塗ってあるから、当たればすぐに息をひきとるはず。
――これで楽になるよね?
狙いたがわず苦無は飛んで……リティーナに突き立った。
この子の身体から力が抜ける。
「邪魔するんじゃねぇよ……」
そいつが初めて声を出した。
ヤな声。ザラザラしてる。
「お姉ちゃん!」
「早く行くのよっ!」
あたしの厳しい声に、慌てて最後のちびちゃんたちが部屋を出た。
――よかった。
とりあえず、生きてる子はこれで全部だ。
苦無を構える。
あいつの武器ときたら、あたしじゃ持ち上がらないような戦斧。これじゃどうみたって、不利なんてもんじゃないかも。
でも、引き下がるもんか。
後ろには低学年がいる。あの子たちが安全な場所へ行くまで、時間だけでも稼がなくちゃいけない。
――先手必勝!
苦無を二本、立て続けに投げる。いくら大男だろうが力があろうが、かすればこっちの勝ち。
けど、甘かった。
戦斧が一閃して、苦無が叩き落されて。
その上あっという間に間合いを詰められた。
次の苦無を投げるよりまだ早く、戦斧が振り下ろされる。
とっさに腕をかざして身体をひねって……。
激痛。
左腕が切り飛ばされて、わき腹まで刃が食いこむ。
あたし悲鳴を上げたのかな? よく分からない。
倒れたあたしの目の前に立ちはだかるこいつだけが、いやにはっきり見えて。
酷薄な笑い。
――愉しんでるんだ。
そのことに気が付いて歯を食いしばる。
悲鳴を上げて、こんなやつを喜ばせたくないもの。
睨みつけてやったら、こいつの表情が変わった。あたしの態度、気に食わなかったみたい。
――ざまみろっての。
ちょっとだけ楽しくなる。
でもこのサディスト、それだけじゃ終わらなくて。
もう一度戦斧が振り上げられる。
鈍い音。
今度は……両足。
――負けるもんか。
目をつぶって歯を食いしばって激痛に耐えて。
「助けて」なんて、死んでもコイツに頼まない。
まぁ……言う前に死んじゃいそうだけど。
『手の空いてる隊、教室へ来てくれ! 低学年が襲われてる!!』
切羽詰った感じで、通話石に報告が入って。
――ちょっと……遅いってば。
その時、誰かの手があたしを抱き上げたの。そして急に痛みが消えて。
やっとの思いで目を開ける。
「タシュ、ア……せん……ぱい?」
瞳に飛び込んできたの、意外すぎる人だった。
「喋らないように。傷に障ります」
言葉遣いはいつもとおんなじ。けど、ずっと優しい感じ。
――そっか。
いつもルーフェイアが言ってたっけ。タシュア先輩はいい人だって。
ほんとだったんだ。
ならあの子たち、きっと助かる。
「せんぱ……あの子……た……おね……が……」
ひどく眠かった。
>Sylpha
「始まりましたか」
校庭からの悲鳴を聞いて、タシュアがつぶやいた。
「シルファ、急ぎますよ」
「ああ」
二人で走り出す。
まだ船団が上陸しないうちから敵が攻めてきたのだから、急がないと低学年まで襲われかねなかった。
だがタシュアはエレベーター――年季が入った昔風のものだ――へ向かおうとしない。
「タシュア、上へ行くんじゃなかったのか?」
教室はすべて、二階以上の配置だ。
「そうです」
「エレベーターは向こうだが……?」
不思議に思ってそう言うと、タシュアが指摘した。
「エレベーターは危険です。いつ館内まで攻め込まれるかわかりませんからね。
それに万が一低学年を避難させるとすれば、階段の状況を確認しておかなければなりませんし」
そう言って、普段誰も通らないような場所へと向かう。
「こんなところに……」
人目につかない場所に非常階段があった。
「ここはまだ、大丈夫のようですね。
――さて」
言いながらタシュアは、階段入り口の扉を閉めてしまった。
たしかにこうしておけば、ちょっと見た目には階段があるとはわからない。鍵こそかけてはいないが、そう簡単に侵入されずに済みそうだった。
「どうやら通れるようですね。
退路も確保できたことですし、シルファ、行きますよ」
「あ、ああ……」
いつもながら彼の冷静さには舌を巻く。当然といえば当然なのだが、この状況でこれだけ効率よく動ける人間はあまりいないだろう。
二人で急いで階段を上がる。
――?
途中まで上がったところで、たしかに声を聞いた。
「タシュア、今のは……?」
「先に行きます」
一気にタシュアがスピードを上げる。こうなると私ではとても追いつかない。
ともかく急いで階段を昇り切ると、いくつかの教室から次々と、低学年の子たちが出てくるところだった。
「大丈夫か?」
「はい。タシュア先輩が来てくれましたから」
このクラスの担当らしい上級生が、はきはきと答える。
「この先に非常階段があります。それを使って地下まで移動しなさい。しばらくは安全なはずですから」
最後に出てきたタシュアが指示を出した。
「わかりました。
――みんな、行くよ」
手際よく年長の子が低学年をまとめて、安全な場所へと避難が始まる。
その時、絶叫が聞こえた。
「隣か?!」
今のは明らかに断末魔の声だ。
低学年の誰かが、犠牲になってしまったのか……。
『手の空いてる隊、教室へ来てくれ! 低学年が襲われてる!!』
やっと、緊急事態を告げる報告が入る。だがどう見ても遅すぎるだろう。
襲われたとおぼしき隣の教室へ飛びこむ。
その私の目に、信じたくない光景が飛び込んできた。
――ナティエスが!
この子は私もよく知っている。ルーフェイアの親友で任務に同行してもらったこともあるし、なにより昨日一緒にケーキを作っていたのだ。
その後輩が無残な姿を晒していた。
それだけではない。
奥のほうにはまだ、切り刻まれたとしか思えない遺体がいくつもある。
――最初に聞いた声は、まさかこの子たち?
そしてその前に立ちはだかるこの男……。
鳥肌が立つのがわかった。
かなり……やばい相手だ。
タシュアを磨き抜かれた名剣に例えるなら、眼前の男はさながらマシンガンのようだった。
大量虐殺を目的とした武器。
人を殺すことに悦を感じている。
苦しむナティエスを見て浸り切っている。
その彼がゆっくりと顔を上げた。
なぜだろう? タシュアとこの男との視線が絡む。
にやり、と男が笑った。
「久しぶりだなぁ、タシュアのアニキよ。
会いたかったぜぇ」
タシュアは答えず、倒れているナティエスを抱き上げた。
左腕と両足が切り落とされている。わき腹も大きくえぐられて、内臓が溢れていた。
「今、呪文を……」
「シルファ、もう無駄です」
そう言ってタシュアが即効性の鎮痛剤を取り出す。
まだわずかに息のあるこの子を、少しでも楽にしてあげようというのだろう。
「タシュ、ア……せん……ぱい?」
鎮痛剤が効いたのか、ナティエスが目を開けた。
「喋らないように。傷に障ります」
穏やかなタシュアの声。
それに安心したのか、この子が微笑みを浮かべた。
「せんぱ……あの子……た……おね……が……」
「心配ありません。あの子たちは必ず私が守ります」
そのタシュアの言葉は、果たして聞こえたのだろうか?
がくりとナティエスの身体が力を失った。
――微笑みを浮かべたまま。
私のうちに、怒りが湧き上がる。
だがそれ以上の怒りを見せたのがタシュアだった。
私にナティエスを預けると、音もなく立ち上がる。
「バスコ……」
この場にそぐわない、あまりにも静かな声だった。
背筋に冷たいものが走る。
タシュアは……怒りが激しいほどに、その声音が冷たくなる。
「なにを怒っているんだぁ? ガキどもを殺したことかぁ?」
対して愉しむような薄笑い。それがどうしたと言わんばかりの口調だ。
――狂っている。
その口調から、瞳から、表情から、狂気がにじみだしている。
いったい何が、ここまで彼を狂わせたのか。
それとも「戦い」という狂気そのものに、既に同化してしまったのか……。
「ヴィエンにいた頃は、敵なら降伏しても皆殺し、さらに味方すら見殺しにしたキサマが――死神とまで恐れられたキサマが、この程度で怒るか。
ずいぶんと変わったものだなぁ!!」
バスコと呼ばれた男が吼える。
一方で、対するタシュアはどこまでも静かだった。
大剣さえも構えず、ただそこに、在る。
その対峙するさまに、私は圧倒されて立ちすくむだけだ。
「――なんでぇ、だんまりかよ?」
バスコが見下したような笑いを浮かべる。
「まぁ、戦いの最中に女を連れ歩くほど落ちぶれたキサマじゃなぁ。ムリねぇか」
どこか勝ち誇ったような響き。
瞬間、思い出した。
タシュアには弟がいると、聞いたことがある。そしてどこかの傭兵隊にいることも。
この弟は、兄にあたるタシュアを超えたいのだ。
だが上手く言い表せないが……彼が知っているのは多分、タシュアになる前のタシュアだ。
そして今のタシュアは、誰も手が届かないような高みへと昇りつづけている。
――自分を責め続けることで。
それを、この弟は知らないだろう。
「ほら、なんとか言ってみろよ」
「――シルファ。
ナティエスと低学年を、安全なところまでお願いします」
弟の挑発を、タシュアは完全に無視する。
「先ほど上がってきた階段を利用して地下へ降りれば、当分は安全なはずです」
「タシュア……」
彼が他人に頼み事をすることは、あまりない。だから断ることができなかった。
だいいち悔しいが、私がここにいてもタシュアの足手まといになるだけだろう。
「頼みましたよ」
「――わかった」
存分に戦えるようにと、急いで出口へ向かいかける。
「それからこれを」
「え?」
驚いて振りかえる私に、タシュアが眼鏡を外して差し出した。
血の色をした瞳が光にさらされる。
以前タシュアが言っていた。この眼鏡は見るために必要なのではなく……制限するためのものだと。
強すぎる力を制御するための、いわば手段だ。
それを私に預けると言うことは――。
「預かっておいてください。後から取りに行きますので」
その横顔には表情がない。
表情がないからこそ恐ろしかった。
――やはり、本気なのか?
私に怒りが向けられているわけでもないのに、身体が冷たくなる。
タシュアは本気で弟を……。
戦いが孕む狂気が、辺りを侵しつつあるようだった。
>Imad
海岸に顔を揃えたメンバーは、だいたい一個中隊ってとこだった。
資格が限定されっから、上級生のそうそうたる顔ぶればっかだ。次々出る指示にも、反応が早えぇし。
――って、俺が最年少か?
けどもう一学年下で合格すんのはさすがにキビシいから、まぁそんなとこだろう。
「イ〜マド♪」
「なんでお前がここにいるんだよ……」
さっきまで一緒にダベってたミルに声をかけられて、一気に不安になる。
――そりゃ、腕はたしかだけどよ。
ただこいつ、どう考えても性格が……。
「え〜、あたしちゃんと、三級持ってるもん! すごいんだから☆」
「分かった分かった!」
戦闘直前のピリピリしてるとこで、頼むから素っ頓狂な声で騒ぐなっての。
案の定、周囲が白い目で見てやがるし。
「おい、シーモアはどうしたんだよ?」
「あ、シーモアはねぇ、船着場行ったよ♪」
「――マジ?」
頭が痛くなる。
一縷の望みをたくして周囲を見回してみても、やっぱ同じクラスは俺だけってやつだ。
ってことは、俺がこいつのお守りか?
――冗談。
ンなことしてた日にゃ、戦う前に倒れちまいそうだ。
「ねぇねぇねぇねぇ、イマド、そ〜いえばルーフェイアは?」
こいつやっぱ学習機能ついてねぇ。またきゃいきゃいと騒ぎ立てて、周囲のヒンシュク買ってやがる。
「あいつ、検定受けてねぇんだよ」
「え〜、どしてどして? なんでイマド、ちゃんと受けさせてあげなかったの?」
「俺に言うな!」
あいつの場合事情が事情だけど、それをここで言うわけにもいかねぇし。
「けどけどぉ、ルーフェイアいなかったらキビしいよね〜」
「いいんじゃねぇか? その分校舎の守備が堅くなるからな」
他にも向こうには、運営に関わってるような先輩たちが回ってる。
「向こうがきっちり守ってくれれば、俺らは考えないで済むんだぜ?」
「でもぉ」
その時……聴こえた。
「――悲鳴? どこだ?」
「え〜、なんにも聞こえないよぉ?」
ミルが騒ぎやがるけど、そりゃそうだろう。俺が聞いたのは声じゃない。
耳を――いや、心を澄ます。
眼前に裏庭の風景が見えた。
「――やべぇ」
「どしたの?」
ミルのヤツ、興味津々って顔だ。
「裏庭が――それに教室もかっ?!」
「だからぁ、どしたの〜」
子犬じゃあるまいし、キャンキャン吠えるな。
「ヤツら空中部隊出してんだよ!
船団が上陸してから攻撃なんて悠長なこと言ってたら、こっちが全滅だ!」
「あ、それたいへんかも☆」
俺の話聞いて、こいつが絶対に分かってねぇっぽい口調で騒ぎ立てた。
――調子狂うんだが。
「けどさ、先輩に言わなくていいの?」
「言われなくたって行くっての」
ともかくここの指揮を取ってる上級傭兵隊の先輩――キザなことで有名だけど、能力は折り紙つき――のとこへ走る。
「先輩、セヴェリーグ先輩っ!」
「ああ、イマドか。どうしたんだ?」
幸いこの先輩とはけっこー長い付き合いだ。そのうえ俺の「曰く」も多少は知ってっから助かる。
「敵の出した部隊が、もう裏庭を襲ってます」
「本当なのか? いや、君の能力を疑うわけじゃないんだが……まだ接触もしてないじゃないか」
「向こう、空中部隊まで出してんですよ。このままじゃ俺らが攻撃なんてする前に、こっちがやられます」
俺の言葉に、ほんの少しの間先輩が考え込んだ。
「――わかった。
十二〜十八班、校庭へ回れ。オルディス、指揮を頼む。
残りの班は、ここに残って侵入を阻止する。急げっ!」
「了解!」
指示が飛んで、一斉に生徒が動き出す。
指名された連中が素早く裏庭へ向かった。これで少しは向こうも違うだろう。
「こっちは多少時間がありそうだな」
また先輩が少しの間考え込んだ。
「――常套手段で気に入らないが、待ち伏せといくか」
ありきたりだけど、確実な方法を先輩が選ぶ。
校舎があるこの島は、周囲が切り立った崖に囲まれてる。海へ出られるのは船着場と海岸――意外と広い――の二ヶ所だけで、どっちも崖の間の細い坂道を通らねぇと、校舎は絶対行かれねぇ作りだ。
待ち伏せするには絶好の場所、ってヤツだった。
そりゃもちろん敵も警戒してんだろうけど、だからって罠を張らない理由はねぇし。
「今のうちにトラップを仕掛けよう。腕に自信のあるやつは、前へ出てくれないか」
この言葉に俺を含め、十人ちょっとが前へ出た。
顔ぶれをセヴェリーグ先輩が確認する。
「そうだな……リドリア、きみにリーダーを任せる。どういうトラップにするかはそっちで相談して決めてくれ。
ただ、急いでほしいな」
「O.K. 手っ取り早く効果的にってわけね」
ロア先輩やエレミア先輩と同じ学年の女性上級傭兵隊が、面白そうに答える。
「まさか道具を取りに行ってる時間はないだろうなぁ……」
言いながらこの先輩が、ツールキットを取り出した。
「よし、決めた。オーソドックスに行こ。ワイヤーで行くわよ」
たしかにオーソドックスだな。
でもコイツなら、大抵の学院生は簡単に作れる。トラップに慣れてるやつならなおさらだ。
たちまちかなりの数の、細工した手榴弾が出来上がった。
「よし、そしたらワイヤー張るわよ。だめだめ、もっとピンと張って。そこじゃなくてもっと上!」
って、この人のトラップの仕掛けかたもヤなタイプだな。
発見した時には爆発してっから、効率いいのはたしかだけど。
「おっけー、じゃぁあとはその辺に二次用のも仕掛けて……」
「先輩すみません、俺、魔力石まいていいですか?」
俺はこっちのほうが得意だ。
「いいわよ。タイミングだけは間違わないでね。
――あ、あなたたち、少し石、分けてあげてよ」
コトを察した先輩が、手際よく他の生徒から魔力石を集めてくれる。
「これで足りる?」
「はい、十分です。すみません」
集まった石を、俺はさっさとばら撒いた。ワイヤーの仕掛けのもっと向こう、敵から見たら手前側になる場所だ。
「イマドってば凶悪〜♪」
ミルが茶々入れてくる。
「お前ほどじゃねぇよ」
けどこれも、たしかに嫌われるタイプのトラップだろう。踏もうが何しようが発動しないからって無視して進んでると、いきなりドカンだ。
「よし、全員下がるんだ!」
「了解!」
班ごとに、崖上や道路わきの茂みへ身を潜める。
「そこ! もう少し下がるんだ。そうしないと爆発に巻き込まれる。
音を立てるなよ。金属音は特にだ!」
準備が整う。
息詰まる時間。
敵の船が着いて、敵が走り出す。
そして……。
「かかった!」
誰かの声とともに、トラップが作動した。手榴弾が次々と爆発し、さらに誘爆する。
――今だ。
俺もタイミング合わせて魔力石を発動させた。
相乗効果で威力を増した魔法が紅蓮の炎となって舞い上がり、広範囲にわたって敵を捕らえる。
「きゃ〜、すごいすごぉい♪」
「あ、ああ……」
一瞬めまいがした。
だけどともかく、これでかなり数が減っただろう。
「さ、あたしもやろ〜かな♪」
ミルのやつが銃を構えた。
正確な射撃。
ウソみてぇな話だけど、引き金が引かれるたんびに悲鳴あげて敵が倒れる。
――違う。
俺が聞いてんのは……悲鳴じゃねぇ。そいつらの出してる感情が、モロにこっちへ来てる。
余裕があるときならともかく、普通は戦場じゃ相手にとどめを刺すより、戦闘能力を奪うほうが優先される。
逆に言えば苦しんだまま放っておくってことだ。
(――苦しい)
(――死にたくない)
すさまじい負の感情が俺の精神をえぐりにかかる。他の連中はともかく、これじゃ俺は精神攻撃を受けてるのといっしょだ。
かと言って、シャットアウトはできねぇ相談だ。
なぜなら……。
「ミル、右だ! 三班、五班下がれっ、グレネード来るぞっ!!」
これがあればこそ、向こうの行動を先読みできる。
俺がこれやめたら、ぜったい被害が増す。なんせ今だって、こっちにもけっこう負傷者出てる。
「あれ、イマド、大丈夫? なんか顔色悪いよ〜?」
「大丈夫じゃねぇ。でも大丈夫だ」
言いながら俺は魔法を放った。物陰の向こう側で絶叫があがる。
「ヘンなの。見えないのに」
「殺ったんだからどうでもいいだろ!」
肉眼じゃ見えないトコも、俺は確認できる。物陰だろうがなんだろうが、あんま違いなかった。
――にしても。
吐き気がする。
死にかけてる奴らの断末魔の声が、途切れなく俺を襲いつづけてやがる。
「よし、一旦下がるぞ。偶数班と奇数班に分かれて後退!」
さすが先輩だ。弾切れおこすやつが出たのを見て後退の指示を出す。
「弾幕を張りながら下がるんだ。やつらを誘いこんで魔法を放つ。
炎系を持ってるヤツは、合図で一斉に放ってくれ!」
「了解!」
次々と指示が下され、命令通り俺たちは後退した。
最後のヤツが後退を終える。
「よし、詠唱行くぞ!」
先輩の声で詠唱が始まった。
「星に眠る原初の炎よ、ここに目覚めて新たなる創世となれ――ランペィジング・ラヴァっ!」
初級から上級まで魔法が一斉に放たれて、炎が吹き上がる。
坂道が再び、灼熱の渦に飲みこまれた。
――!
同時に巻きこまれたやつらの苦しみが俺に襲いかかる。
身体を灼かれる感覚が流れ込んだ。
「イマドぉ?」
「おい、大丈夫なのか?!」
耐え切れなくて、いつのまにか膝をついたらしい。ミルとセヴェリーグ先輩とが俺を覗きこんでいた。
「やつらの想いを食らったようだね。動けるのかい?」
「すみません、大丈夫です」
まだ戦闘は序の口だ。ここで怪我もしないうちから、ぶっ倒れてるわけにはいかない。
――負けるかっ!
歯を食いしばって、俺は立ち上がった。