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◆戦いの果てに◆

written by こっこ

4:狂気

>Tasha Side
 ナティエスを抱いて、シルファが出て行く。
 子供たちの足音が遠ざかっていった。
 あちこちから聞こえる悲鳴。爆発音。
 だが……ここだけはまるで、時が止まったようだった。
 その中で、兄弟が対峙する。
「ずいぶんとよぉ、甘っちょろくなったもんじゃねぇか」
 タシュアをを見下すようにバスコが言った。
 すでに兄を超えたと思っているのだろう。
「神に抗う者だの大層な名前を喜んでた割にゃ、落ちたもんだなぁ!」
「たしかに……私は変わりました」
 その弟に、静かに兄が言葉を返す。
「ですがその変化を、私自身が気に入ってもいます。守るべきものもできました。それを守るためならば、かつて以上に冷酷にもなれます。
――試してみますか?」
 タシュアが初めて表情を見せる。
 氷よりも冷たい微笑。
「な、なに笑ってやがる……」
 死神の微笑みにバスコの声が震えた。
「ですから、試してみなさいと言っているのです。
――私を超えたのでしょう?」
「だったら死ねっ!!」
 バスコが戦斧を振り上げ、タシュアへと挑みかかる。
 数え切れないほどの犠牲者の血を吸ってきた戦斧が、勢い良く振り下ろされた。
 だが刃は、虚しく床をえぐっただけだ。
「おやおや、ずいぶんのんびりとした攻撃ですね。そのうち蠅がとまりますよ」
 タシュアは軽々と後方へ跳び、簡単に避けてみせたのだ。
 その顔には、どこまでも冷たい嘲笑。
「このぉっ!」
 逆上したバスコが次々と斧を繰り出す。
 常人なら決して避け切れないような鋭い攻撃。
 が、どれも空を切るばかりだ。
「掛け声だけは勇ましいですねぇ。当たらない以上意味はありませんが。
 それと備品を壊さないでいただけますか。どうせ弁償する気などないのでしょう?」
 言いながらタシュアは教室内を移動し、一番前まで戦いの場が移っていく。
「なんだかんだ言って、逃げてるだけじゃねぇか!」
「そう言うのでしたら、逃げられないような攻撃をしてみなさい」
 教卓に寄りかかりながらのタシュアの言葉は、まさに嘲ってるとしか言いようがない。
「もっとも、力任せに斧を振るうことしかできない脳細胞では、連続技など考えもしないのでしょうが」
「――!」
 言葉にならない雄叫びをあげて、バスコが斧を大きく振り下ろした。鈍い音がして、刃が完全に教卓――端末も兼ねた、据え付けの大きなもの――にめり込む。
 が、やはりそこにタシュアの姿はなかった。
「さて、どこを切り落としてほしいですか?」
 バスコのすぐ隣で、死神が囁く。
「う……うおおおぉぉっ!!」
 抜けないほど深く食い込んだはずの戦斧が、引き抜かれ薙ぎ払われた。
 初めて二つの刃がぶつかり合う。
「なっ――!」
 バスコが驚愕の色を見せた。分厚い戦斧の刃が、真っ二つに折り飛ばされたのだ。
「武器はただ振り回せばいいというものではないのですよ。
 まぁあなたの単純な頭で、それが理解できるとは思えませんがね」
 タシュアの大剣が閃く。
 黒い残光としか言いようのないものが軌跡を描く。
 あっさりとバスコの左腕が切り落とされ、脇腹まで黒い刃が食い込んだ。
 激痛に弟が絶叫する。
「痛みだけは、人並みに感じるようですね」
 言いながらタシュアが、容赦なく両足をも切り落とした。
――ナティエスと同じように。
「いかがです? 少しはやられる側の痛みがわかりましたか?」
 冷酷なまなざしがバスコを射る。
「たっ……助けてくれ……アニキ……」
 弟の、兄への懇願。
 だがタシュアの答えは冷たかった。
「そう言った方々に、あなたは何をしてきました?」
 ナティエスをはじめこの教室で殺されていた子供たちは、明らかにバスコの敵ではない。
 それをこの弟は、己の快楽の慰み物とした。
 抵抗などしようのない子供たちを捕まえ、わざと苦しむような傷つけ方をし、そのさまを見て喜んでいたのだ。
「きょ、兄弟じゃねぇか……なぁ……」
「ずいぶんと都合のいい脳細胞のようですね。たった今その兄弟を殺そうとしていたのは、どこのどなたですか?
 それに私にとって兄弟といえるのは、あの二人だけです」
 必死の懇願に、タシュアはそう言い放った。
 漆黒の剣が、再び大きく振るわれる。
「兄弟を殺しても何とも思わねぇのかよぉっ!!」
「――死ね」
 バスコの首が飛んだ。
 吹き上がった血が辺りを紅く染める。
 その返り血を浴びるタシュアに、表情はなかった。ただ冷たい視線で、骸となった弟を一瞥しただけだ。
 そして振り返る。
 教室の奥にはまだ、倒れたままの子供たちの姿があった。
 その中でもいちばん小さい遺体にタシュアが歩み寄る。
「すみませんでした……」
 この子はまだ十年と生きていない。
 あと少し来るのが早ければ、全員を助けられただろう。その思いがタシュアの声を沈痛なものにしていた。
 上着を脱いで少女たちにそっとかける。
「あとで迎えに来ます。それまで寂しいでしょうが、我慢してください」
 小さなリティーナを真ん中に、両脇に上級生のクライブとアイミィとを並べて寝かせ、そう三人に言い聞かせた。
 そして従属精霊を取り出す。
「あまり使いたくはないのですがね……」
 タシュアは普段はこれを使わない。
 それは従属精霊に頼らない力をつけるためもあったが、なによりも更なる力を得た自分を制御しきれるかどうか、自信がないからだった。
 だがこの期に及んでは、なんとしても押さえ切るしかない。
 部屋を見回す。
 割れた窓ガラス。叩き壊された机。血にまみれた床。散乱するいろいろなもの。無残な姿をさらす子供たち……。
 狂気が走り去った跡は、あまりにも虚ろだ。
 そのなかで自分だけがひとり、異質のように思える。
(――いえ、私自身も狂っているのかもしれませんね)
 自分とて弟をこの手にかけているのだ。
 あるいは何もかもが――狂っているのかもしれない。
 ただここで立ち止まっているわけにはいかなかった。
 まだ惨劇は続いているのだ。
「今は……悪夢を見ることにしますか」
 タシュアとて人を殺すのが好きなわけではない。
 それでも……。
 もう一度、冷たくなった少女たちに視線を落とす。
 この子たちは間に合わなかったが、自分にそれを止めるだけの力があることを、タシュアは承知していた。
「我が内に宿れ、黄昏の狼と地獄の番犬」
 言葉に応えてあの独特の感覚が走る。
 同時に従属精霊の力を得て、自分が人の範疇を超えたことも知る。
 自分自身が殺戮のための道具と化すなど、まさに悪夢以外の何者でもない。
 だが、それで助かる命もあるはずだ。
 まだ吹き荒れる狂気から、ひとりでも多く救わなければならない。

>Rufeir
 裏庭の状況は、前庭の方なんて比べ物にならないほどひどかった。
 完全な乱戦になっている。こうなるとどうしても、装備のいい敵の方が有利だ。
 負傷者もそうとうの数にのぼっていた。これでよくいままで食い止められていたと感心するしかない。
 ところどころで倒れたまま動かない制服姿は――たぶん死んでいるだろう。
「状況は?!」
 ロア先輩の声に、ここの先輩たちが振り向いた。
「見てのとおりだぜ、先輩。どうにか食い止めてるけど、もう一回きたらあぶねえ」
「――負傷者と救護班を校舎前に下げなさい。戦える者は二人一組でかかること。必ずだよ!」
 ロア先輩が矢継ぎ早に指示を出す。
「了解!」
 ロア先輩、やっぱり頼もしい。
 たぶん他の生徒も同じことを思ったんだろう、心なしか士気があがっていた。
 こういう厳しい戦いの時に優秀な指揮官がいるのは、ほんとにありがたい。
「ルーフェイア、行くよ。思いっきりやんなさい!」
「――はい」
 一度でいいからロア先輩とて実戦でペアを組みたいと思っていたのが、意外な形で叶った。
 でも手放しで喜ぶわけにはいかない。友達が……死にかけているのだから。
 そしてそれ以上に、「全力」というのが恐ろしかった。
「幾万の過去から連なる深遠より、嘆きの涙汲み上げて凍れる時となせ――フロスティ・エンブランスっ!」
 先輩が前方に魔法を放ち、たちまち辺りが凍りつく。そこへあたしが間髪入れずに踊り込んだ。
 慌てた敵兵が、魔法を唱えようとする。
――遅い。
 敵が呪文を唱え終わるより遥かに早く、あたしの太刀が閃いた。
 振り向きざまにもうひとり。
「ルーフェイアっ!」
 先輩の声。
 同時に周囲に、すさまじい炎が巻き起こった。
 敵兵が次々と燃え上がる。
 その中をあたしは戦う相手を求めて駆け抜けた。
 まさか訓練生がここまでやるとは思わなかったのだろう、あたしたちの反撃に驚いた敵が銃を乱射しだした。
 一瞬あたりに視線をめぐらせて、場所を確認する。
――いた。
 瞬間、敵とあたしの目があう。
 敵が銃口をこっちに向けて狙いを定め、あたしは地を蹴った。
 打ち出される銃弾。
 ためらわず突っ込む。
 魔法の盾が弾をはじく音。
 斬撃。
 あたしの太刀が血の軌跡を描く。
 そのまま周囲を見回すと、敵の兵士があとずさった。
「ば、化け物……」
――ひどい。
 あまりな言葉に、さすがにそう思う。
 けど。
――それが事実なのかもしれない。
 返り血を浴びながら敵を屠るあたしは、たしかに化け物にしか見えないだろう。
 そのあたしが、たちまちその兵士も血祭りに上げる。
 一歩、出た。
 怯えた悲鳴があがる。
 完全に浮き足立ったあたしの周りに向かって、すかさずロア先輩がこんどは雷系呪文を叩き込んだ。
 また何人もがいかずちの餌食になる。
 でも中心にいるあたしは無傷だ。
 太刀を構えると周囲から敵が引く。
 その時、後ろで絶叫があがった。
――セアニー?
 この声、同じクラスのセアニーだ。声から判断して致命傷。
 でも、そっちへ振り向く余裕さえない。回復魔法をかけるなんてなおさらだ。
――ごめん、セアニー。
 あたしは心の中で謝りながら、再び敵に突っ込んだ。
 キリがない。
 普通だったらこれだけ戦えば、どっちかに戦局が傾き始めるはずなのに。いったいこの敵は、どれだけの兵力を投入したのか。
 そのとき、敵兵を運んできている大鳥が、堕ちていくことに気がついた。
 鳥の翼が燃えている。きっと誰かが魔法で……。
――そうか!
 船団にどのくらいの兵がいるかは分からない。でも輸送手段をなくしてしまえば補充は出来ないし、船からの上陸は地点が限られる。
 きっと今やってるのは、タシュア先輩だと思った。いち早くそのことに気づいて、まず鳥を落しにかかったんだろう。
「ロア先輩!」
 敵を切り倒し、わずかに空いた時間に叫ぶ。
「鳥です! あれを落さないと!」
「鳥……? あ、そういうことか!」
 再び指示が出る。銃火器持ちと魔法に長けた生徒がどうにか集められ、空を舞う鳥を攻撃し始めた。
 堕ちた鳥と兵には、接近武器を持つ生徒がとどめを刺す。
――え?
 倒された大鳥の足に付けられてる、識別環。見たことがある。
 隙を見て近寄って、外してみた。
「ロア先輩、これ……」
「なにこれ、ロデスティオ国の傭兵隊の紋じゃない」
 あの国の傭兵隊は、汚れ仕事をするので有名だ。ただ証拠はなくて、そういう「噂」だけだった。
 所属不明の敵と、そういう傭兵隊の紋。
 混乱させるためにわざとやってる可能性もあるけど……たぶん外し忘れだろう。そのほうが、兵装なんかが納得行く。
 でも、理由が分からない。
 ロデスティオの誰かがここを邪魔だと思ったんだろうけど、そう考えた根拠が掴めなかった。
「まぁいいや、これ、あたしが預かるから。さ、ルーフェイア、出て」
「はい」
 そう。悩むのはあとでも出来る。
 先輩が拾った識別環の報告をするのを聞きながら、あたしはもう一度切り込んだ。
 兵を運んでた大鳥を落としたのが良かったらしい。少しづつだけど、敵の数が減ってきている。
 けど……それでも劣勢だった。
 生徒たちの悲鳴が、叫びが、途切れることなく続く。そのなかには明らかに、死のうとしている声が混ざってる。
「俺らの学院、好き勝手になんかさせるかよっ!」
 誰かが叫んだ。
 はっとする。
――「俺らの」なんだ。
 この学院にいる生徒のうち、かなりの数が孤児だ。シーモアもナティエスもイマドも……やっぱりそうだ。
 当然頼る人もなく帰る場所もない。この学院以外に居場所がないのだ。
 けどあたしは――違う。
 戦場を渡りあるっているとはいえ両親は健在だ。
 それにたとえこの学院を辞めても別に困ることもない。路頭に迷うということ自体が、あたしの場合はありえなかった。
 みんなはこの学院を、家を守るために戦っている。
――じゃぁ、あたしは?
 答えは虚ろだ。
 長い年月血統を重ねた傭兵の一族が生みだす、血の結晶。それがあたしだった。
 幼い頃から考えるより先に身体が動いた。
 呼吸するくらい自然に刃を振るい、戦場を駆けた。
――今も。
 突っ込んできた敵の剣を、身体を入れ替えてかわす。その間に手は自然と太刀を振り上げて……一閃。
 相手が倒れる。
 それを横目で見ながら、今度は敵が固まってる場所に上位の攻撃魔法。
――あたしは、なんのために?
 背後から襲いかかった相手には、後ろを向いたまま下位の炎魔法。
 怯んだ隙に反転して斬撃。
――理由なんてなかった。
 戦場で毎日を過ごしながら、本当はすぐにでも逃げ出したかった。
 そうしなかったのは……周囲の期待と、勝手に動く身体とをもてあましたからだ。
 あたし自身の思いとは関係なく、才能だけはあった。まるでプログラムされているかのように、身体は勝手に動く。
 たまたま戦場にいて、なおかつそれだけの力があって。
 ただそれだけの理由で、戦っていたことに気付く。
 誰もが必死に戦っているこの場所で、自分だけがひどく浮いている気がした。
 虚ろなまま手を血に染める狂った小娘――それがあたしだ。
「――来ないで」
 唇から言葉がこぼれる。
 三人同時ならと思ったのだろう、確信の表情で迫る敵兵。
「だめよっ! 来ちゃだめっ!!」
 でもあたしの叫びなど聞くわけもなく……数呼吸後には彼らも、物言わぬ死体の仲間となる。
 不意に風が舞い上がった。
 あたしの長い金髪が踊る。
 周囲を敵が取り囲んで、一斉に襲いかかってくる。
「お願い、来ないでっ!」
 迫る幾つもの刃。
 だがそれが、あたしに触れることはない。
「死にたくなければ来ないでぇっっ!!」
 願いは届かず――炎が吹き上がった。
 剣を振り上げた体勢のまま彼らが燃える松明と化し、たちまちのうちに灰となる。
 こぼれた涙が、小さく炎にはぜた。

>Imad
 防衛ラインは、徐々に奥へと移ってきてた。
 どうみたって不利だ。なんせ向こうときたら、きっちり装備整えたプロ出してやがる。
 なのにてこっちは上級傭兵隊がたった二人、他に従属精霊使ってるのが俺一人。戦力差は歴然だ。
 こっちが防衛側で地の利があるのと、場所が狭くて向こうが一度に入ってこれねぇからどうにか防いでっけど、このままじゃジリ貧ってとこだろう。
「ったく、キリねぇな」
 剣を振るいながら思わずつぶやく。
「ほぉんと、どっから湧いてくるんだろね〜?」
 ミルのやつが能天気な調子で答えてきた。
――誰もお前の答えなんか期待してねぇって。
 にしてもこの期に及んでもけろっとしてるのは、多分こいつひとりだろう。
 しかも平気な顔して、敵の眼前へふらふら出ていきやがる。
「はぁい、そこどいてくださ〜い♪」
「な、なんだお前はっ!」
 いや、訊くだけ無駄じゃねぇかな?
「やだぁ、おじさん知らないの? ミルちゃんだよ〜♪」
 そう言いつつこいつ、サブマシンガン乱射しやがるし。
 たちまち数人が倒れる。
 しかもどういう神経をしてんのかミルのヤツ、にこにこしながら死体またぎ超えて、次の獲物を探しに行っちまいやがった。
――頼むからとどめ刺してくれ。
 貫通力の高いサブマシンガンあたりだと、よほど当たり所が悪くねぇと即死しない。
 当然苦しんだまま放置ってことになる。
 ただこれをやられると俺の場合、そこら辺でうめいてるやつの苦しみがモロにぶつかってくるからヤバい。
――ちきしょう!
 歯を食いしばって気合を入れた。
 ケガもしてねぇうちから、戦線を離れるわけにはいかない。だいいちこの状況で精霊持ちの俺が下がったら、かなりの戦力ダウンになる。
 にしてもミルのヤツ、ここのエースか?
 むちゃくちゃなやり方とはいえ確実に敵を倒してやがる。しかも得物が俺らみたいな剣じゃないから、ある意味効率がいい。
 もっともいくらミルの狙いがよくても、相手の人数が多すぎだ。掃射をくぐりぬけて肉薄してくるやつが後を絶たねぇ。
 俺に向かって剣が振り下ろされる。
 たぶん向こうは仕留めたと思ったはずだ。
 切っ先が届く直前で身を引きながら左へ避ける。
 同時に電撃。
 俺が右手で放った魔法石からの放電に、敵が絡め取られる。
「悪りぃな」
 一瞬動きが止まったところで胸を突いた。
 同時に来る相手の感情は、必死に聞かないようにする。
「イマド、やるじゃん♪ じゃ、あと頼むね〜」
「おい、どこ行くんだよ?」
 すぐ脇を後方へと走りぬけるミルに、思わず問いただした。
「弾ないも〜ん。気が向いたら帰ってくるから♪」
「お前なぁ! 気が向かなくても戻って来い!!」
「ぶ〜☆」
 例によってのブーイングは無視、とりあえず敵を片付けにかかる。
「おい、リドリア、お前のクラスのタシュアはどうしたんだ? 彼も段持ちだろう?」
「あたしに聞かないでよ!」
 すぐ向こうで、そんなやりとりを先輩たちが交わしていた。
――そういやタシュア先輩、たしかに見かけねぇな。
 ってもあの先輩じゃ、命令なんか素直に訊くわけねぇし。ついでにシルファ先輩も見当たらねぇから、きっと二人して好きなとこで戦ってんだろう。
「まったく困ったやつだな。シルファもいないところをみるとあの二人、一緒か?
――イマド、居場所を掴めないか」
「ムチャ言わないでください。戦闘中にンなことしてたら、『殺してください』って言うようなもんですよ」
 だいいちこの状況で精神集中して感応なんざした日には、探し出す前に他の連中の苦しみの念で、こっちがどうかなるだろう。
「それにあの先輩じゃ、絶対こっち来ませんって。そりゃ、いれば楽でしょうけど」
 セヴェリーグ先輩が一瞬沈黙する。
「……まぁ、そうなんだろうが……。
 にしても厳しいな。仕方ない、もう一度魔法いくぞ。後退しろっ!」
「了解」
 いつまでも途切れない敵の攻撃に、やむなく先輩が後退の命令を出した。
 カバーしあいながらの後退が始まる。
 ただ退却ってのは突撃よりよっぽど難しい。
 俺の隣にいた女の先輩が、後退し損ねて撃たれた。
 とっさにその身体に手を回して、抱きかかえて連れていく。まだ生きてるのにこのまま放っておいたら、魔法で焼死体になるのは確実だ。
「助けて……痛い……」
「助かりたかったら黙って我慢しろっ!」
 思わず怒鳴りつけた。
 他の連中ならともかく、俺の場合は痛い痛いと騒がれっと、こっちまで被害こうむる。
 けど人の身体ってやつは重い。俺も力がない方じゃねぇけど、普通には動けなかった。
「イマド、頭下げてっ!」
 ミルの警告に、とっさに体勢を低くする。
 頭上を弾が通り抜けて、後ろの敵が絶叫を上げた。
 こんな言い方したくねぇけど、即死してくれたおかげでさして念を食らわずに済む。
 どうにかこの先輩を抱えたまま、後退しきった。
「悪りぃな、助かったぜ」
「べっつに〜。でもあとで、お礼にご飯作ってね♪」
――このヤロ。
 ちゃっかりしてるとはこのことだ。
「これで全員か?」
「――あとは死んでます」
 メンバーを確認してる先輩に、気配を探って報告する。
 また吐き気がした。
「そうか。誰か魔法使わないやつ、彼女を奥の救護班のところへ連れて行くんだ。
 よし、もう一度魔法いくぞっ!」
 さっきと同じように、炎系の魔法が一斉に放たれる。
 あの灼かれる感覚もどうにか振り切った。
「思ったほどの効果はなしか。さすがに向こうも馬鹿じゃなかったようだな」
 先輩の言葉に炎が収まった坂道を見ると、どうにか防ぎ切ったらしい敵が性懲りもなく来てやがった。
 一応プロなだけあって、同じ攻撃はそうそう通用しないらしい。
――だったらこっちはどうだ。
 俺にしか使えないテを試す。
 魔法は防ぐ手段があるだろうが、これはそうはいかないはずだ。
 いったん心を閉じ込めてから、周囲に溢れる苦痛の念に同調する。
 自分が巻きこまれないギリギリのところでバランスを取りながら、そいつを集めて増幅させて……。
――行け。
 一気に放つ。
 俺みたいにしょっちゅう他人の念に晒されて生活してるならともかく、普通の人間がいきなりこんなもの食らったら、まずひとたまりもない。
 思惑通り、いくつもの絶叫があがった。
 狂気があたりを覆い尽くす。
 怯え、怖れ、錯乱し、倒れてのたうちまわり、そのままショック死するやつも出る。
――まぁいいとこか?
 もっとも俺のほうもそれなりにダメージは来て、荒い息で膝をつく羽目になっちまったけど。
「いったい……何をしたんだ?」
 セヴェリーグ先輩が呆然としながら訊いてきた。
「一種の精神攻撃ですけど、上手く説明できません」
 それに説明したって、どうせちゃんと理解はできないだろう。
「そうなのか……? まぁいい、だいぶ敵も減ったことだしな。
 で、君は大丈夫なのか?」
「少し休めば、大丈夫です」
――多分。
 ただこの状況じゃ、ダメですとはさすがに言えない。
「そうか。とりあえず君のおかげで攻撃も下火になった。少し奥で休んでくるといい」
「――すみません」
 先輩の言葉に甘えて、救護班のあたりまで下がる。
「あれ、イマドどしたの? どっかケガ?」
 どういうわけかミルのやつがいて、ごちゃごちゃと話しかけてきやがった。
「なんでもねぇよ」
「あ、そぉ? でもさでもさ、さっきのすごかったね〜♪ なにしたの?」
「るせぇなっ! 黙れよっ!」
 気づいた時には俺、こいつを怒鳴りつけてた。
「イマドぉ?」
「――悪りぃ。ひとりにしてくれ」
「は〜い」
 ミルが離れてく。
 自分がかなりイラついてるのが分かった。
 もっともずっとこの苦痛に晒されてることを考えれば、よく持ってる方だとは思う。
 ともかく少しでも休もうと、感覚を遮断して閉じこもった。
――ダメか?
 周囲の狂気を、シャットアウトし切れない。向こうの方が強すぎる。
 冬の窓から冷気が忍び込むように、俺の中へ入ってくる。
 いや、もしかすると、俺自身が狂気そのものかもしれなかった。
 そして周囲をを惹きつけてるんだろう。
「イマド、出られるか!」
 不意に呼ばれて、現実へ引き戻される。
 時間は長かったのか短かったのか分からない。
「すまない、前線へ出てくれないか」
「――了解」
 剣を手に立ち上がる。
 本来あったはずの大義名分がどこかへ押しやられて、誰もが狂ってくように思えた。

>Sylpha
 低学年の避難を終えるのに、意外と時間がかかった。
 だが避難したのが百人どころじゃないうえ、六歳の子までいることを考えれば、これは仕方がないだろう。
 最後のクラスと一緒に地下へと降り、扉を閉める。
 ナティエスを静かな場所に寝かせてから、私は後輩たちのほうへ振りかえった。
「みんな……無事だったか?」
 この問いに、クラスの面倒を見ていた上級生がうつむく。
「そうか……」
 だが落ち込んでいるわけにはいかなかった。戦いはまだ始まったばかりだ。
 ざっと地下を見回してみる。
 出入り口は全部で五つ。うちエレベーターは止められたようだから、さほど心配ないはずだ。
 残りの四つは、扉の向こうが階段。敵兵が見つけたら、たちまち侵入してくるだろう。
 この学院の構造を必死に思い浮かべる。
 いま降りてきた北西の階段は、私も知らなかったほどだ。北東側の階段も割合見つけづらい。
 やはり危険なのは、南側の二つだろう。
「シルファ!」
「――ディオンヌ」
 同じクラスの彼女も上級傭兵隊だ。
「そっちの被害は……ってだいたいがシルファ、低学年担当じゃないでしょ?」
「え? あ、その……」
 どう言えばいいのか分からなくなる。なにしろ私のしていることは、命令違反だ。
 思わず口篭もった私を見て、ディオンヌが笑った。
「ま、とりあえず聞かないでおくけど。
 けど地下へ避難なんて考えつかなかった。やるじゃない」
「いや、これは私じゃなくて……」
「ということは彼氏? ま、シルファの彼氏ときたら性格はともかく、優秀だしね。
 で、このあとはどうしろって?」
 悪戯っぽい調子で彼女が尋ねてくる。
「その、そこまでは……」
 だいいちタシュアに訊いたとしても、「そのくらいは自分で考えてください」と言われるだけだろう。
「なんだ、ちょっと期待したんだけど。
 まぁいいや。そしたらどうするか、さっさと決めないとね」
「ああ」
 彼女と二人で子供たちをみている年長クラスを一旦集めて、人数を確認する。
「この人数で、チビちゃんたちみきれるかな?」
 そんな独り言をいいながら、ディオンヌが後輩たちを分けていった。
 傭兵隊か候補生にあたる一六歳以上を守備に回し、十歳から一四歳の子にはさらに年下の子の世話を、頼むことにする。
「いい、あなたたち。ちゃんと言うこと訊くのよ」
「うん、わかった」
 口々に低学年の子供たちが答えた。今が非常時であることは、さすがにこの子達も分かっている。
「ディオンヌ、できれば南の出入り口二つには、私たちが……」
「手分けするわけね」
 全部言い終えるよりも早く、ディオンヌが察してくれる。
「たしかに上級傭兵隊はあたしたちだけだし、それがいちばんいいかな?
 北の二つは分かりづらいみたいだから、他の子でも大丈夫だろうし」
「そう思う」
 北側の二つに後輩を回し、南には私とディオンヌ、それになるべく年上の者がくるように調整する。
 中央のエレベーターには一応、銃火器を持つもの少数充てた。
「後は待つばかりか」
 肩をすくめながら彼女が言う。
「来ないと……いいんだが」
 そんな言葉が口をついた。
 この地下はたしかにいちばん安全だが、一方で逃げ場が少ない。なんとしても食いとめなければ、またこの子たちが犠牲になってしまう。
 そして気が付いた。
「ディオンヌ、その……あの子たちの場所を、変えたほうが……」
「え? どういうこと?」
 訊き返される。
 私が説明が苦手なせいで、上手く伝わらないようだった。
「いや……あの場所だと、だから戦闘の時に、あの子たちがもろに目に……」
「――? あ、そういうことね」
 今度もどうにかディオンヌが察してくれた。
 低学年は今、エレベーターの手前側にいる。この位置はたしかに広いし動きもとりやすいのだが、ひとつ問題があった。
 南を向いているのだ。
 激戦が予想される南側にいては、この子たちが殺戮の様子を目の当たりにすることになる。
 学院にいる以上はいつか目にする光景ではあるが……今から見せたくはなかった。
 なにかの事故でもない限り、六歳や六歳の子供が目にするようなことではない。
「エレベーターの向こう側に移動させようか? 向こうなら、さほどでもないだろうし」
「そうだな」
 すぐに子供たちを移動させてやる。
「たぶん……出入り口で戦闘になると思う。けど私たちが必ず防ぐから、いい子にしてるんだ」
 全員にまたよく言い聞かせた。こう言っておくだけでもかなり違うだろう。
 そして――待つ。
 息詰まる時間。
 物音が聞こえた。
 扉が破られる。
 その瞬間を逃さず私はサイズ(大鎌)を振るった。
 血しぶきがあがる。
 さらにもうひとり、何が起こったのかも分からずに立ち尽くしているところを切りつける。
 これを合図にしたかのように、扉の所で死闘が始まった。
 ディオンヌが回っている向こう側でも、さほどの間を置かずに戦闘が始まる。
 ただ「扉」という障害物があるため、幸いにも敵が雪崩こんでくることはなかった。
 足元に転がる死体が、徐々に増えていく。
――まさに、死神だな。
 ふっとそんなことを思う。
 低学年の子たちが見ようものなら、私のさまに怖れをなすだろう。
 タシュアがよく言っていた。「戦争の狂気に飲み込まれるわけにはいきません」と。
 だが今の私は、どうだろうか?
 ためらいもなく刃を振るう私は……狂気に飲み込まれているのではないだろうか?
 ぬめる足元。
 向こうで子供たちが、息をひそめているのを感じる。
 自分たちが助かることを願いながら、この恐ろしい時間に耐えているのに気がつく。
 瞬間、なにかが吹っ切れた。
 あの子たちを守るためならば、それが狂気であろうともいい。
 今は何より力が要るのだ。
 突っ込んでくる兵士たちを、ことごとく血祭りにあげる。
 同じ場所を守っている後輩たちも、魔法を使いあるいは剣を振るい、必死に防戦する。
 それにしてもキリがなかった。
 いったいどれほどの戦力が投入されたのか、ともかく尽きることがない。
 一回きりならともかくこれだけ戦闘が続くとなると、いくら地の利がいいとは言え厳しかった。
 またひとり倒れる。
「誰か、この子を下げてくれ!」
 そう指示しながら、目の前に出てきた兵士に迷わず刃を叩きつける。
 が。
――しまった!
 一瞬血糊に足を取られて、十分に踏みこめなかった。斬撃も浅いまま終わる。
 当然次に来るのは敵の反撃だ。
 意外なほど鋭い太刀筋を、でどうにか受けとめる。
 そこへ更に、別の敵が斬りかかかってきた。
 避け切れない。
「先輩っ!」
「シーモア?」
 聞き覚えのある声とともに、立て続けに銃声が響く。
 どさりと重い音を立てながら、次々と敵が倒れた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、助かった。 だがどうしてここに?」
 この子の持ち場がどこかは分からないが、少なくともここへ来る理由はない。
「タシュア先輩に言われたんです。
 あたしら船着場のほうにいたんですけど、最初の予想と違って裏庭やら教室やらが大変なことになってるから回れって」
「そうか……」
 さすがタシュアというべきだろうか。
 もっともロクな戦闘もしないうちに移動させられたシーモアは、不満そうだった。
「ったく、最初からこうしてくれりゃいいものを」
「そうは言っても……相手が接触しないうちから来るとは、さすがに誰も……」
「それはそうなんですけど」
 口ではそう言うが、憤懣やるかたないという感じだ。
「ともかく、まだ敵がいる。戦線に……入れるか?」
「問題ありません。なにせまだ、戦ってませんから」
 頼もしい答えが返ってくる。
「指揮取ってる先輩、今連れてきますよ」
「すまない」
 だがこの思いがけない援軍で、守るのがかなり容易になった。もちろんそれだけ、小さい子たちの生き延びる確率も上がる。
 船着場部隊のリーダーと共に戦力を急いで割り振り直して、もう一度私はサイズを構えた。
――ここは渡さない。
 どれほどの狂気が押し寄せようとも、必ず退けてみせる。
 再び押し寄せ始めた敵へと踊りこんだ。
 薙ぎ払い、切り倒し、ひたすらサイズを振るう。
 ただ今度はシーモアたちの援護があるので、かなり楽だ。
 狭い扉を挟んでの攻防が続く。
 その敵の数が少しづつ減り始めた。
 そしてやがて、誰も来なくなる。
「引いた……のか?」
 やっといなくなった敵に、思わずつぶやいた。
「先輩、上見てきましょうか?」
 シーモアが気を利かせてそう言ってくる。
「そうだな……危険だとは思うが、行ってくれるか?」
「心配ありませんって」
 おどけた調子で肩をすくめると、後輩はさっさと出て行ってしまった。
 ただあの子なら心配はないだろう。
――疲れた、な。
 さすがにため息をつく。
 周囲には数えたくない人数のロデスティオ兵が倒れていた。
 よくこれだけ倒したと呆れるほどだ。
「シルファ、大丈夫?」
「ああ。
 そっちは……?」
 ディオンヌが戻ってくる。見たところ彼女にも、怪我はなさそうだった。
「あたしはね。ただ後輩がけっこうやられたわ。こっちも……そうみたいね」
 彼女の言うとおりだった。
 私は従属精霊を使っているおかげもあって怪我はないが、何人か重傷を負って奥へと下がっている。軽傷となるとその数倍だ。
「助かると……いいんだが」
「さぁねぇ……。
 けどともかく、今のうちに手当てしてあげなくちゃ」
「ああ」
 それぞれの扉の前に何人かづつ残して、一旦奥へ下がる。
 残念ながら既に二人が亡くなっていた。
「――すまない」
 それ以外、後輩たちに言う言葉がない。
 子供たちを守るためとはいえ、他に方法はなかったのだろうか?
 それとも、これでよしとしなくてはならないのだろうか?
 ただ、まだこれで戦闘が終わったわけではない。
 ここだけは何があっても、守り切らなくてはならないのだ。
「ディオンヌ、もう一度戦力を、割り振りたいんだが……」
「そうね。敵が引いてる今のうちにやっておかないと、どうなるかわかんないし」
 すぐに上級生が集められた。
 どうすればひとりでも多く生き残れるか、それだけを考えながら戦力を割り振る。
 これ以上狂気に、後輩たちを渡すわけにはいかなかった。

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