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◆戦いの果てに◆

written by こっこ

5:決断

>Rufeir
 波が……引いた。
 どのくらい戦ったかはわからない。ただ鳥を落としたあたりからか襲ってくる敵の数が徐々に減り、気づくと完全にいなくなっていた。
 周囲を見回す。
――あたしが。
 数えたくない数の骸が足元に転がっていた。
 生きている者はない。
――文字通りの皆殺し。
 その中央に立って、あたしは虚ろだった。
 何も感じない。感じたくない。
 機械的に遺体を乗り越え、向こうに集められている負傷者の方へと行く。
 別に義務感に刈られたわけではなかった。
 ただ何かをして、考えないでいたかったのだ。
 目に付いた生徒から順番に、傷の程度に合わせて回復魔法をかけていく。
 惨憺たる有様だった。
 立っていられるのはまだいいほうで、自力で動けない生徒がかなりの数にのぼっている。そしてそのうちの何割かは、このままだったら死ぬだろう。
 セアニーはもう、息をしていなかった。お腹を裂かれて内臓が見えている。
――ごめんね、セアニー。
 こっちで頭を潰されているのはカノンのようだ。指輪に見覚えがある。
 どうみても生きている生徒のうち半数は、もう戦うのは無理だった。
 負け戦。
 その言葉があたしの頭をかすめた。
 諦めるつもりはないけれど、確率としてはかなり高い。そしてあたしは、負けることの悲惨さをこの身で味わったことが何度もあった。
 傷ついた仲間を見捨て、やっと逃げ延びて……。
 けどこの学院に、逃げ場はない。もし負けることになれば、低学年でさえ死は免れないはずだ。
 最低限、痛み分けに持っていく必要があった。
 だが……勝ちは少なそうだ。
 だいいちこちらがこの有様なのに対して、向こうはまだ無傷の戦力が残っている。
「ルーフェイア、キミ、大丈夫? どっか……おかしいよ?」
「大丈夫です」
 あたしよほど疲れてる顔でもしてたんだろうか? ロア先輩が心配気に訊いてきた。
「そぉ? それならいいけど。でもムリしないでよ?」
「はい。
――それより先輩、このあとどうしますか?」
 先輩が肩をすくめた。
「……どうにもならないよ。かと言って、引き下がるわけにもいかないけど」
 それはそうだろう。
 どんな手を使ってでも向こうに兵力を引き上げさせなければ、あたしたち自身の命がない。
 かといって、方法はないに等しかった。
 向こうはおそらく相打ちでも構わないと思っている。でもこちらは、これ以上死傷者をだすわけにいかない。
 条件的にかなり分が悪いのだ。
「ともかく守りきらなきゃね。
 ルーフェイア、裏庭はキミ頼りなんだから、しっかり頼むよ?」
「……はい」
 そう言われてさっきの光景がよみがえる。
 周囲に折り重なる死体。
 うめく者さえない、物と化した人の群れ。
 本当は……逃げ出したい。
 戦いのない場所で閉じこもっていたい。
 けどそれが許されるわけもないことを、あたし自身がいちばんよく分かっていた。
 あたしは、戦力なのだ。
 例えば戦車や機関銃と同じように。
 そしてふと思う。
 「戦うこと」。それ以外にあたしに価値はあるのだろうか?
 そもそも戦うこと以外なにも出来ないあたしに、どんな存在理由があるのだろうか?
 兵器としてみるなら――あたしは間違いなく優秀だ。
 でも、人としては?
 殺すこと以外知らないあたしは、果たして……。
 その時。
『――学院長のオーバルです』
 通話石から聞こえた声に、誰もが顔を上げた。

>Imad
 やっと波が引いて、どうにか俺らは一息ついていた。
 ただそれも三度にもわたる一斉魔法攻撃でどうにか凌ぎ切ったって状態で、かなり死傷者が出てる。
 従属精霊使ってる連中はともかくとして、それ以外でまだ普通に戦えるのは、かなり少なくなってた。
「まったくどこの誰だかは知らないが、ソイツはそうとう学院が嫌いらしいな」
 セヴェリーグ先輩が誰にともなくつぶやいた。
 もっともそう言いたくなる気持ちはわかる。なにせヤツら、こっちを根絶やしにしようってつもりだ。
――まぁそうじゃなきゃ、あんな戦力持ちこまねぇだろうけど。
 それにしたってこっちは訓練生ばっかだ。プロ相手じゃ分が悪すぎる。
「次が勝負だろうな」
「ですね」
 って言うか、次で決まらなかったらかなりの確率で負けだ。
――冗談じゃねぇって。
 この学院は早い話、俺らの『家』だ。
 別に比喩なんかじゃない。ここに来てる生徒のうち、帰る場所がないヤツはかなりの数にのぼる。
 向こうの兵士連中は帰る場所があるかもしれないが、俺らには後なんかありゃしなかった。
 学院は文字通り、俺ら孤児たちの命を繋ぎ止めてる。
 どっかの正規軍だろうが悪魔だろうが、カミサマ相手でも明け渡すワケにはいかなかった。
 腹を括る。
 もう出し惜しみなんざしてられねぇ。
 その時。
『――学院長のオーバルです。これから学院の地下にある“門”を復活させ、開放します』
 通話石から聞こえた声に、思わずみんな顔を上げた。
 つかここ、そんなモンあったのか……。
 「門」って呼ばれるワープゲートは、この星のあちこちに昔から点在してる。どういう仕組みかはまだ分かってねぇけど、かならず対になってて、片方から入るともう片方へ出られる仕組みだ。
 ただ、ヘタに使うとヤバい。大人でも通ると目まいがしたり倒れたりするシロモノで、年寄りとか子供だと、けっこうな率で死体で出るハメになる。
 あとどれも枯れる傾向で、使えなくなって放棄された門は数え切れねぇほどだ。
 学院長が「復活」って言ってるとこからすると、ここにある門もそういう枯れたヤツなんだろう。
――けど、復活ってやべぇだろ。
 通るだけでも衰弱するってのに、それを復活させようなんてしたら、ピンピンしてる大人でも間違いなく死んじまう。
『敵は未確定ですが、幾つかの物証から、ロデスティオの傭兵隊と思われます』
 敵の正体を聞いて、みんながどよめいた。
 確かに……あの隊相手じゃヤバい。つか、ここまで持ったこと自体が奇跡だ。
『正直なところ、彼ら相手に当学院では、勝ち目がありません。ですからどんな手段を使っても門は復活させ、撤退することとします。門が復活したら低学年から順に――』
 指揮取ってる先輩たちの抗議の声が、いっせいに通話石にあふれた。
 つか、もし学院の全員の声を伝えられる設定なら、全生徒の抗議で絶対石が割れてるってヤツだ。
「冗談じゃねぇぞ学院長! 死ぬ気かよ!」
「そうよ、それにそんなとこにチビたち通して、殺す気なの?!」
 聞こえねぇのを承知で、誰もが学院長に対して叫ぶ。
『いろいろ考えましたが、他に確実な方法がありません。ですからこのまま全員が死ぬよりは、一人でも多く生き延びるほうを、私は選択したいと思います』
 また盛大なブーイング。
「チビたち死なせて、俺らだけ生きろってことじゃん」
「さすがにンなマネしたら、明日っから夜眠れねえっての」
「そもそもチビたち嫌がって、門入らないんじゃない?」
 一理ある。
 そのとき、とんでもない声が通話石に割って入った。
『がっくいんちょー、ミルちゃんにイイ考え、あっりまーす!』
 声が耳に突き刺さって、周り中がいっせいに顔をしかめる。
 つか、なんで一般生のミルが、全体通話に紛れ込めるんだよ……。
 こいつぜったい人間じゃねぇと、改めて思う。
『いま、そっち行っきまっすねー♪』
『いや、ですからミルドレッド、今そういうわけには……』
 学院長に同情。こんなときにミルのヤツに入ってこられて振り回されっとか、マジでサイアクだ。
『ですけど学院長の案より、助かる率が高いと思います。私にはアヴァンがあります』
――え?
 一転しての、いつもとは似ても似つかない落ち着いたミルの声と内容に、思いっきり面食らう。
 数瞬の沈黙。
『……ミルドレッド、本当に可能ですか?』
『門さえあれば』
 なんつーか、こいつ何者??
――あ。
 そういや確かコイツ、隣のアヴァン国の貴族連中に、かなりのコネ持ってた気がする。
 直接それが今の状態と、どう結びつくんだかはさっぱりわかんねぇけど、なんかやる気なんだろう。
 とりあえずこれは、振り回されるアヴァンの連中に合掌だ。
『1分だけ、時間をください』
 言ってミルのヤツが、俺のほうに振り向いた。
「イーマド♪」
 いつもの調子のにこにこ顔が、なんかすげーヤな予感だ。
「門、開・け・ら・れ・る・よ・ね♪」
「ちょっ――ミル待てっ!」
 慌てて、他の生徒から離れた場所へ引っ張る。
「デカい声で言うんじゃねぇっ!」
 知られたくねぇ話を平然と言いふらす無神経さは、コイツぜったい宇宙一だ。
「あ、ゴメンゴメン。でもさぁ、開けられるよね?」
「そりゃまぁ、開けられるけどよ……」
 そういやコイツ、前に俺が似たようなマネしたの、見たことあったっけ。
「じゃぁキマリ。あたしと一緒に来てね〜♪ あ、セヴェリーグ先輩、イマド借りま〜す」
 勝手に貸し出されたうえ、ミルのヤツ俺の腕を掴んで走り出した。
「てめー放せよ」
「ヤだ。イマドってばルーフェ以外が相手だと、ぜったい逃げるもん」
「あたりまえだろ!」
 こんな地球外生物と、一緒にいる義理はない。
 けど、他人の話聞くようなヤツじゃないわけで。
『学院長、話ついて準備できました〜♪ 今そっち行きますねー』
 勝手に話進めてやがるし。
「いったい何する気だよ」
「うん、イマドにケンディクの、おとーさんのとこ行ってもらうだけ〜」
 意味が全くわかんねぇし。
 確かにこいつの親父さんケンディクにいるけど、それが俺らが助かることと、どう繋がるのかサッパリだ。
「オヤジのとこって、ならお前が自分で行けよ」
「あーダメダメ、あたし人質やらなきゃだし〜」
 さらにワケわからなくなる。
「攫われてもねぇのに、なんで人質なんだよ」
「包囲されてるから〜」
 いつものこととは言え、この状況でこういう言動ばっかされると、マジでイライラしてくる。
「いい加減にちゃんと説明しろよ! 帰っぞ俺は」
「あ、怒った?」
 この言葉にゃさすがにキレて、本気で帰りかける。
「怒ったらダメだってば〜。ちゃんと説明するからぁ」
「――いくら戦闘落ち着いたからって、やっていいこととあることがあるだろ!」
「ゴメンゴメン」
 ぜったい悪いと思ってなさそうな顔で、ミルのやつが謝った。
 そして一転、マジメな表情で話しはじめる。
「例えばさ、このユリアス国の領海内に、外国船が侵入したとして。その攻撃で、滞在してた他国の要人に何かあったら、完全に国際問題でしょ?」
「そりゃまぁ……」
 国際問題で済みゃいいけど、場合によっちゃ戦争だ。
 つかその前に、そこまでよそ者を侵入させんなって思うし。
「でさ。あたしに何かあると、アヴァン国が黙ってなかったり〜」
「――冗談はあとにしろよ」
 つい口が滑る。
「あのねぇ、今こーゆー状態なのに、いくらあたしだって冗談言わないってば〜」
「だってお前、存在自体が冗談じゃねぇか」
 なんかいろんな意味でイラついてるのもあって、半分八つ当たりだ。
 けどミルのヤツ、意外にも笑い出した。
「それって、言いえて妙かも〜♪ イマドって時々、おもしろいこと言うよね〜」
 ぜったいコイツに意味通じてねぇ……。
 頭抱えたくなる。
「まぁ冗談はこのくらいにして。
 アヴァンの支配層は、あたしに何かあったら大問題なんだよね。で、ユリアス国も自国の領内でそんなこと起こったら、やっぱり困るし。
 だから、それ利用して圧力かけるの」
 なんかとんでもねぇことを、あっさり言いやがる。
「そんなん、ホントにできんのかよ? つか、なんで行くの俺なんだ?」
「さっき言ったでしょ、あたしは人質だって」
 もう忘れたのかって顔で怒られる。
――ミルに言われるとか、なんかすげー腹立つんだが。
 教官に意味不明のことで怒られるほうが、まだマシってヤツだ。
「あたしが学院の外に出ちゃったら、アヴァンは万々歳で、ユリアス国に圧力かける必要なくなっちゃうじゃない。あたしがここに居て危ない目に遭ってなきゃ、ダメなの」
「あー、そゆことか」
 やっとなんとか、話を飲み込む。
 要するにミルのヤツ、アヴァン国の貴族連中にやたらコネあるの利用して、こっちの政府を動かそうってんだろう。んでそのために、自分をエサにするってことだ。
「けどよ、このシエラ学院ってMeSだぜ? MeSがたとえ攻撃されても立地国は感知せず、がキマリだろ。
 そんなんで圧力ったって、かけようねーじゃん」
「そうでもないんだな〜」
 狡猾、って言いたくなるようなミルの笑み。
「確かにMeSには感知せず、が原則だけど、領土は領土だよ? そこへ侵入許して攻撃させ放題で、あげくに要人に被害出たりしたらね〜。
 領海外からやってるなら、そりゃ話は別だけどね♪」
「――オニだなお前」
「そぉ? 駆け引きって、こゆもんだと思うけどな〜」
 ミルのヤツ、アヴァン国に同じこと言わせるつもりだ。
 領海外から攻撃されたならともかく、領海内なのだから責任を取れ――こういう言われ方されたら、このユリアス国に逃げ道がない。
 こんなこと考え付くとか、コイツ底ナシに腹黒い。
「ホント言うとさ、本土に連絡さえ出来れば、さっさとこれやれたんだよね」
 ミルが珍しく、低いテンションで言った。
「でもほら、こないだの騒ぎで、学院外への通信できなくなっちゃってるから……」
 騒ぎってのは、ちょっと前に副学院長が出てっちまった時のことだ。
 あん時は実権握りたい副学院長が大騒動やらかして、教官までごっそり連れてっちまったわけだけど、アイツついでに高位通話石まで壊してった。
「あれやられちまうと、復旧大変だからなぁ」
 細かい通話石を束ねる高位のヤツは、同じものを作るのが難しいから、壊れるとエラいことになる。
 幸いこの学院はMeSなだけあって、予備が用意されてたけど、それでも学院外との通話はまだ未設定だ。本土から人呼んでやり直すのに、あと何日かかかるって話だった。
「包囲されたら逃げようないし、これはダメかなーって、あたしも今度ばっかりは思ったんだけどね。
 けど、門があるなら話が別でしょ。そこを通れば、向こうに連絡出来るもん」
「なるほどな……」
 普段の言動からは思いもつかねぇほど、抜け目ねぇヤツだ。
「そゆわけだからイマド、しっかり伝言係してね〜」
 気楽に言われる。
「まぁダメかもしれないし、そうなったらチビちゃんたちに、門通ってもらうしかないんだけどさ」
 本人にその気はねぇんだろうけど、言ってる内容は思いっきり俺への脅しだ。
「でもさ、なーんにもしないより、ずーっとマシだと思うんだ〜」
「まぁ確かにな」
 ンな話しながら走って、校舎の前まで来る。
 惨状に、思わず足が止まった。
「ひでぇな……」
「ちょっとここまでとは、思わなかったねぇ」
 かなりの数のケガ人だ。それがまともな治療もナシのまま、大半がほっぽっとかれてる。
 少し離れた場所、あっちこっちで倒れてるのは……死んで放置されてんだろう。回収する余力なんざ、残ってねぇから。
 ルーフェイアの姿は見えなかった。けどまさかケガするとも思えねぇから、場所移動したんだろう。
「ミルドレッド! こちらです」
 玄関のほうから学院長の声がして、二人で慌ててそっちへ行く。
 前へ着いたとこでミルが学院長に手短かに、どうするかを説明した。
「つまりミルドレッド、あなたがここに居るのを利用して、間接的に敵に圧力をかけるわけですね」
「ですですー。それとあと、門はイマドに開けてもらって〜、本土もイマドに行ってもらいます〜♪」
 さすがの学院長も、これには驚いた顔だ。
「あなたではなくて、イマドに……ですか?」
「そうでーす」
 ミルのほうは驚かしたのが面白かったんだろう、ニコニコしてやがる。
 どういうことだと、学院長が俺を見る。
「えーっと、俺、門とか開けられて、通るほうも平気なんで……」
 俺の言葉のあとを、ミルが引き継いだ。
「それにほらー、あたしが学院から出ちゃったら、圧力にならないですー♪」
「なるほど、そういうことですか」
 学院長はいろいろ最初から事情知ってるんだろう、大して説明ナシで話を飲み込む。
「イマド、もう一度確認しますが……門のほうは本当に、大丈夫なのですね?」
「だいじょぶです」
 即答する。この期に及んで、隠したってどうにもならねぇし。
「……分かりました、門を開けるのと本土へ渡るのはイマド、あなたに任せます。どこへ何をどう連絡するかについては、ミルドレッドから詳しく聞いてください。
 ミルドレッド、あなたの申し出に感謝します。ですが、すべてをこれに委ねるわけにはいきません。動きがないようなら、当初の計画通り門を通って全生徒を非難させます」
「はい」
 声が重なる。
「門は祠の地下です。すぐ行きましょう。
 ミルドレッド、あなたもいっしょに来て、道すがらイマドに本土へ渡ってからを説明してください。私はその間に、全校生徒に状況を説明します」
「はーい♪」
 相変わらず緊張感のカケラもねぇ返事しやがる。けど考えようによっちゃ、こいつが深刻になったらオワリかもしんない。
『学院長のオーバルです。先ほどの作戦を少々変更します――』
 全体への説明を聞きながら、俺らは「門」へと急いだ。
――学院を守るために。
 シエラ学院に拾われたことが、いいか悪いかは知らない。
 けど、ここで俺らは育った。
 ここに拾われなかったら、今ごろどうなってたか分かんねぇヤツもかなりいる。
 下級生は上級生に育てられて、そいつらがまた大きくなって下級生を育てる。
 そうやって今まで、肩をくっつけるようにしてやってきた。
 だから……絶対に渡さねぇ。
 俺らの未来は、ここから始まるのだから。

>Sylpha
『学院長のオーバルです。先ほどの作戦を少々変更します』
 なぜかミルが通話に乱入したあと、しばらくの間を置いて、再び学院長が話し出した。
「よかった、学院長やめる気になったんだ」
 隣でディオンヌがつぶやく。
「いくら劣勢だからって、チビたちを門に押し込んで死なせるんじゃ、サイアクすぎよね」
「ああ」
 実際にはそうなるのは一〜二割らしいが、それでも納得できるものではない。
『本校に、門を開けられる生徒が存在しました。また、救援要請のルートも確保できました。ですのでまず彼に門の開放と、本土への救援要請をさせることとします』
 誰だろう、と思う。
 タシュアはやれば出来そうだが……正直、やるとは思えない。ルーフェイアかとも思ったが、それなら「彼」ではなく「彼女」だろう。
――イマドか。
 学年主席で桁外れのルーフェイアがいるため、陰に隠れてあまり知られていないが、次席の彼も相当だ。
 それに彼はルーフェイアとは別の意味で、何かいろいろ変わっているところがある。何というか、普通の人間とは違った世界にいるのだ。
『門を開けて救援要請を出してから、一時間だけ待ちます。その間何か状況が動いたという報告がなければ、当初の予定通り低学年から、門を使って脱出します』
 ディオンヌがため息をついた。
「まぁしょうがないか。脱出とかやりたくないけど、救援がダメだったら仕方ないものね。
 まさか、玉砕するわけにいかないし」
 彼女の言うとおりだった。
 選びたくはないが……選択肢がない。
 最後まで戦うのもひとつの方法だが、勝てる見込みは少なかった。そしてもし負ければ、低学年の子たちも終わりだろう。
『敵軍は編成を立て直して、再度の侵攻を試みると思われます。こちらも編成をし直して、迎え撃ちます。
 いずれにせよ、あと長くても二時間です。そのあいだ上級生は、侵攻を何としても防いでください。
――この学院に、未来を!』
 そう締めくくった学院長の言葉に、ディオンヌが笑った。
「言ってくれるじゃない。これじゃムリでも、やるしかないわね」
 もっともその顔はどこか、楽しそうにも見える。
――やはり、MeSの生徒なのだな。
 だが、私も同じだ。
「よし、これがラストよ。もう後が無いわ、みんな全力で!」
「了解!」
 志気があがる。
「指示に従って、みんな移動して。あと回復手段を持ってる人いたら、出してちょうだい。少しでも戦力を増強したいから」
 この言葉に、一気に辺りが騒がしくなった。
 救護班が、少しでも戦力を増強しようと奔走をはじめる。
「おい、これ使えよ。その程度なら間に合うはずだ」
「回復魔法使うから、ちょっと待ってね」
 いつ終わるとも分からなかったせいで出せなかった回復手段を、誰もが差し出す。
「これなら、思った以上にいけるわね」
「そうだな」
 さすがにほっとする。この調子なら、ここに相応の戦力を残したとしても、かなりの数を上陸地点の防衛に回せるだろう。
「ディオンヌ、行こう」
 この場を後輩たちに任せ、私たちも地上へと向かった。

>Tasha
「学院に未来を、ですか」
 学院長の言葉を聞き終えたタシュアがつぶやいた。
 戦闘に関しては学院生以上の英才教育を受けてきた彼にしてみると、最初から作戦の立て方が間違っていたようにしか思えない。
(――もっとも、やむをえませんか)
 そもそも今回に限っては、高位通信石が壊されて外へ連絡が出来なかったり、指揮の要となるはずの教官が居なかったりと、かなり条件が悪い。
 この状況で訓練生の集団がここまで防いだだけでも、たいしたものだろう。
 何より通信石が壊されていなければ、タシュアはじめ学院内の通信技術に長けた者たちがどこからか情報を拾って、今回の侵攻を事前に察知していたはずだ。
(先日の騒ぎ……繋がっていたのかもしれませんね)
 いろいろな意味で弱体化した学院を、タイミングよく狙ってきたのだ。副学院長が敵とグルだったと考えたほうが、納得がいく。
 オーバル学院長を追放して、ここを掌握できればよし。ダメなら混乱させた上で実力行使という、二段構えの作戦が取られていた可能性が高かった。
(まぁ、いまさらですが)
 それが分かったところで、この状況が何か変わるわけではない。事が済んでから、真相を追究すれば十分だ。
 最大の防衛ラインとなるはずの、海岸へと向かう。
 余力のある生徒たちが徐々に集まってきていた。
 その中にルーフェイアの姿を認める。
(――この点だけは、さすがですかね?)
 一般常識などにはどうも疎いうえ、事あるごとに泣き出すような少女だが、その戦闘能力は下手な傭兵隊を完全に上回る。当然怪我をした様子もなかった。
 それどころか普段気に入って着ている制服を脱いで、戦闘服だけになっているのを見ると、やっと本気になったというところなのだろう。
 だがその彼女に、タシュアは違和感を感じた。
「ルーフェイア、なにかありましたか?」
「いいえ先輩、なにも……ありませんけど?」
 一見受け答えにはおかしなところはない。ただそれでもタシュアには、表情がどこか違うように思えた。
 例えて言うなら魂のない人形のような……ある種機械がプログラムを実行しているだけのような印象を受ける。
「ルーフェイア」
「はい?」
 少女が振り向いたとたん、ぱんっという音が辺りに響いた。
 タシュアが頬を軽くはたいたのだ。
 瞬間、ルーフェイアの顔に感情が戻る。
 驚愕、哀しみ、怖れ……さまざまなものが瞳に揺らめいた。
 その碧い瞳から涙がこぼれだす。
(――殺すことに耐えられませんでしたか)
 脆すぎるほどに繊細なルーフェイアだ。殺戮を繰り返すことに耐えきれず、自分を閉じ込めてしまったのだろう。
「ルーフェイア、しっかりしなさい。今まではともかく、今度は生半可なことでは勝てませんよ」
 そう静かに言うと、少女は必死に首をふった。
「あたし、あたし……殺すばかりで……」
 その意味するところはタシュアにも分かった。
 かつての自分と同じように、この少女は「戦うために」育てられてしまった。
 逆に言うならそれ以外に何もないのだ。
 大義名分も、守るべきものも。
 この状態で人を平然と殺せる人間はそう多くはない。例え誤魔化しであろうとも、人は人を殺すことに理由を必要とするのだ。
 ましてやこの少女は、自分が何をしているのか十二分に承知している。
 自分がなんの理由もなく、ただ戦場で居合わせたというだけの理由で、屍の山を築いていることを。
 誰も死なせたくない――タシュアに言わせれば甘すぎるのだが――ことだけを願うルーフェイアにとって、この状況はまさに地獄だろう。
「殺すだけ……壊すだけ……なんのために……」
 泣きながら少女がつぶやく。
 この問いに答えられるのは恐らく、同じ戦場で育った自分だけだ。
「ルーフェイア、いいのです。
 友人を守る――それだけの理由で」
「え……」
 少女が涙に濡れた顔を上げた。
「あなたには友人が大切にしているこの学院を、守るだけの力があります。
 ならば彼らのためにその力を使いなさい。そのために例え誰かを殺すことになろうとも、誰もあなたを責めはしません」
「あたし……」
 ルーフェイアがうつむいて自分の手を見、ゆっくりと顔を上げた。

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