Library


◆戦いの果てに◆

written by こっこ

6:抵抗

>Rufeir
 頬に鋭い痛みが走ってはっとした。
 急に目の前の光景が現実味を帯びる。
 自分のしたことを実感する。
 あたし、また……。
「ルーフェイア、しっかりしなさい。今まではともかく、今度は生半可なことでは勝てませんよ」
 先輩の言葉に思わず首を振った。
――殺したくない。
 他のみんなのように学院を守るためならともかく、あたしはただ単に、意味もなく殺しているだけだ。
 それがなにより嫌だった。
「あたし、あたし……殺すばかりで……」
 あたしは、殺戮機械でなんていたくない。
 人でありたい。
 それなのに、それなのに……。
「殺すだけ……壊すだけ……なんのために……」
 涙が止まらない。
 どうしていつも、こんなことになるんだろう……。
 そのあたしに、タシュア先輩が声をかけてくれた。
「ルーフェイア、いいのです。
 友人を守る――それだけの理由で」
「え……」
 驚いて顔を上げる。
「あなたには友人が大切にしているこの学院を、守るだけの力があります。
 ならば彼らのためにその力を使いなさい。そのために例え誰かを殺すことになろうとも、誰もあなたを責めはしません」
「あたし……」
 初めて言われた言葉に、思わず自分の手を見つめる。
――あたしに、力が?
 ただ殺すだけのあたしが、守る側になれる……?
 信じられなかった。
 これほど血に染まった手で人を守れるなんて。
 でも先輩は嘘は言わない。
 なら……そうかもしれない。
――どうする?
 自分に尋ねる。
 殺すのは嫌だった。
 けど友達が死ぬのはもっと嫌だ。
 なら、どちらを選ぶ……?
 答えは当然ひとつしかない。
 自分の意思で顔を上げて、この光景を見据える。
 目の前に広がる屍の群れ。
 唇を噛みしめる。
 もういちどこれを、今度はあたしの意思で……。
 タシュア先輩はもう、向こうへと歩き出していた。
「――ロア先輩」
 後ろまで来ていた先輩に声をかける。
「他の生徒を下げていただけませんか? ここはあたしとタシュア先輩とで食い止めます」
「えっ?」
 一見自殺行為ともいえる言葉に、ロア先輩が聞き返してきた。
 けどあたしに、そのつもりはない。
「あたしとタシュア先輩が全力を出したら、間違いなく他の生徒は巻き込まれます。
 ですから別の場所へ、下げていただけませんか?」
「けど……」
「ロア、この子の言うとおりにしてやってくれないか?」
 予想外の声に驚いて振り向く。
「シルファ先輩?」
 今まで姿を見かけなかった――いつもタシュア先輩と一緒なのに――黒髪の先輩が、いつの間にか後ろにいた。
 目が合ったシルファ先輩が、あたしを見て微笑む。
「ロア、ここは私たちに任せて、船着場へ回ってくれ。
 それと地下に低学年が避難している。そっちの守りと誘導にも、人を割かないと」
 言われてロア先輩が考え込む。
「そうか、教室からちびちゃんたちは避難したのか。
――わかりました、船着場と地下へ戦力を回しましょう。そのほうが被害も少なくなりそうですし」
 ここでは最高の決定権を持つ先輩が、そう決断する。
「ルーフェイア、任せたよ。容赦なんてしなくていいからね」
「――了解」
 他の生徒たちも動き出す。
『おいルーフェイア、だいじょぶか?』
「イマド?」
 通話石から突然聞こえた声に、驚く。直通設定だ。
「ダメよイマド、今非常時だから、私信は禁止でしょ」
『学院長に許可もらったっての。つかお前、まずそれ言うのかよ』
「あ、ゴメン……」
 思わず謝る。
『まぁいいや。んでさ、俺ちょっと門開けて、ケンディクまで行ってくっから』
「え……」
 なんでイマドに私信の許可が出たのか、これで理解できた。
 確かに彼は門を開けて通れるけど、それでもぜったい安全とは言い切れない。
 あって欲しくないけど、もしものことを考えて、学院長が許したんだろう。
『すぐ帰ってくっからさ、ケガとかすんなよ?』
「あたしは、だいじょうぶ。イマド……気をつけて」
『ああ』
 そこで会話は途切れた。
「さあ、覚悟はいいわね!」
 エレミア先輩の声だ。
「負けるもんかよ、来るなら来い!」
 そう。
 自分自身のために。
 友達のために。
 みんなのために。
 あたしたちの学院のために。
 それぞれの思いをそれぞれの胸に抱いて、最前線へと駆ける。
 「生」という名の未来を、手にするために……。
「行くぞ、ルーフェイア」
「はい」
 シルファ先輩といっしょに、先行していたタシュア先輩の後ろへつく。
 坂を下りて、海岸に出る。
 それからどのくらい待っただろう? 大きな音が遠くから聞こえ始めた。
「始まったな」
 船はどれも船着場へ回ったみたいだから、そっちでいち早く戦闘になったんだろう。
 こっちは静かだ。
 けどあたしも先輩たちも、このまま終わるとは思わなかった。
 そして……。
「やはりこちらへ、上陸部隊が来ましたか」
 大きく広がる入り江の影から、水面をすべるようにたくさんの小船が現れた。
 船着場に戦力を回したとみせかけて、こちらに上陸部隊を出す。常套手段だ。
「ゴミばかり集めても、粗大ゴミが増えるだけなのですがね」
 タシュア先輩が毒舌を放つ。
 シルファ先輩が静かに目を閉じた。
 その身体が、淡く輝きだす。
 手持ちの精霊を開放して、同化する荒業だ。普通はこれをやったら喰われてしまうけど、シルファ先輩はよほど相性がいいらしくて平気だった。
 揚陸艇が、遠浅の砂浜へ乗り上げる。
 その前に立つ、あたしたち。
「我は呼ぶ、黒き雷を纏いし空の飛礫よ、現世(うつしよ)にその姿を留め、全てを消滅せん――」
 先輩の詠唱が始まる。
「鳴り響く時の内に棲む者よ、その稲妻持ちて我が敵を打ち砕け――」
 あたしも召喚呪文を唱えた。
「――滅裂黒雷弾っ!!」
「――来いっ、アエグルンっ!!」
 同時に呪文が完成し、瞬時にあたしたちの周囲が帯電する。
 なにしろちょっとした建物ならまるごと破壊する魔法が、同属性でニ重にかけられたのだ。
 先輩の呪文が生み出したいくつもの雷球から、無数の雷撃が放たれてあたりを薙ぎ払う。
 あたしの呼び出した精霊からも、文字通りの「雷の嵐」が放たれた。
 天から地へ、地から天へ、数十条のいかずちが駆け上がり駆け降りる。
 空気がすさまじい放電を見せ、轟くほどにスパークした。
 あの独特の匂いがあたりに立ち込める。
 そしてもうひとつ、肉の焼ける匂いも。
 許容量を遥かに超えた電圧がプラズマとなって、敵兵とその兵器とを襲ったのだ。
 たちまちのうちに人が焼け爛れ弾け散る。
 強い電磁波に晒された生体の末路だ。
 さらにシルファ先輩が、残像を描きながら切り込んで、生き残りに容赦なくとどめを刺す。
――殺戮兵器。
 その言葉が脳裏をよぎる。
 今のあたしと先輩たちは、まさに無差別殺戮のための兵器だ。
 やがて……いかづちが収まる。
 あたしたちを中心にした広範囲の円の中は、ひどく静かだった。
 時折機械がショートする音が聞こえるだけだ。
「タシュア、何をのんびりしているんだ!」
 向こうのほうから、シルファ先輩に怒られる。
「やれやれ、焦ったからといって、どうなるものでもないでしょうに。
――行きますよ」
 歩き出しかけた先輩が、一瞬体勢を崩した。
「先輩、大丈夫ですか?!」
 慌てて回復魔法を唱えた。
 あたしの精霊召喚と違って、先輩の魔法はその生命力を削る特殊なものだ。当然その効果が大きいほど、削られる分も大きい。
「ルーフェイア、これには回復魔法は効果がありませんよ」
 言いながらタシュア先輩が、愛用の両手剣を抜く。
「あ、すみません……」
 あたしも愛用の太刀を抜き放った。
 向こうから、難を逃れた兵士たちが迫ってくる。
 先行しているシルファ先輩に続いて、タシュア先輩が出た。幸い心配したほど、体調が悪いわけじゃないみたいだ。
 その周囲へ、敵兵が殺到する。
――それなら。
 敵の陣形を見た瞬間、なにをすべきかが分かる。
 これがあたしの……力だ。
「空の彼方に揺らめく力、絶望の底に燃える焔、よみがえりて形を成せ――フラーブルイ・クワッサリーっ!」 
 先輩たちめがけて、炎系最上位を放つ。
 周囲に集まっていた兵士たちが、劫火に晒され灰になる。
「やれやれ、無茶をしてくれますね」
 タシュア先輩が苦笑する声を聞く。ただその声は、どこか面白がっているようだった。
 炎の中から光の尾を引いて、シルファ先輩が敵陣へ踊り込む。
 淡く光る髪と身体。紫水晶の双眸。
 大鎌が風を鳴らし、舞うように弧を描く。
 刃が閃くたび、敵が倒れていく。
 さらに猛火の中から漆黒の剣をたずさえて、タシュア先輩が歩み出る。
 焔に照り映える白銀の髪。白い肌。紅い瞳。
 そしてなにより、冷たい死神のまなざし。
「おや、他の方は見ているだけですか? それでよく、軍隊として成り立っていますね」
 揶揄するような口調。
「うわぁぁぁぁっ!!」
 耐え切れなくなったのか、兵士たちが闇雲に突っ込んできた。
 白と黒の刃が閃く。
 たちまち先輩たちの周囲に、骸の山が築かれていく。
 そしてあたしは。
「幾万の過去から連なる深遠より、嘆きの涙汲み上げて凍れる時となせ――フロスティ・エンブランスっ!」
 魔力全開の冷気魔法を、立て続けに後方へ放つ。厚い氷壁が出来て、ここから学院へ続く唯一の道がふさがれる。
 こうしておけばいくらプロの兵士でも、そう簡単には侵入できないはずだ。
 さらに足止めされた兵士たちに、呪文を叩きこむ。
「猛き龍の咆哮、風の悲しみは天(そら)へといのちを返す――ウラカーン・エッジっ!!」
 放たれた竜巻が辺りを薙ぎ払い、風の刃が兵士たちを切り刻んだ。
 恐らく初めて目にしたのだろう。常識を無視した魔法戦に敵がひるむ。
 瞬間、容赦なくシルファ先輩のサイズが振るわれた。
 一閃、二閃。
 たちまち骸が積み重なる。
「――ば、化け物っ!」
「言うことはそれだけですか? もう少し、独創性がほしいものですね」
 先輩の辛辣な言葉。
 そしてあたしも、その兵士の言葉に傷つくことはなかった。
 化け物でもいい。
 この学院を、あたしは――守る。
 さらに次の呪文を唱える。
「――アシッド・ディゾリューションっ!」
 魔法で生み出された水が、彼らの上に覆いかぶさる。
「馬鹿にするなよ、この程度の呪文――」
 たしかにこの程度の呪文じゃ、ほとんどダメージは与えられない。
――けど。
「ケラウノス・レイジっ!」
 上級雷系呪文が水を伝って、本来よりも遥かに広い範囲を射程に納める。範囲のせいで威力こそおちたけど、いかづちが一瞬のうちに相当数の兵士を感電させ、身体の自由を奪う。
 魔法にはこういう使い方もあることを、彼らは知らない。
 そこへ先輩たちが突っ込み、鮮やかに切り込む。
 飛び散る紅い滴。
 上がる絶叫。
――一方的な、虐殺。
 戦いの狂気がここへ収束していく。
「やむをえん、あれを出せっ!」
 敵の将校が叫んだ。
「おや、この期におよんで、まだ何かおもちゃでも出すつもりですか?」
 当然だけど、将校の答えはない。
 代わりになにか隠者っぽい人が、呪文を唱えた。
 空気が揺らめいて、巨大な生き物の姿に変わっていく。
「まさか、魔竜……?」
「そのようですね」
 先輩が肯定する。
 その辺りをウロウロしている竜とは、まったく異なる生き物。
 精霊を喰らって力を得た、そう言い伝えられている、人間を嫌う無慈悲な存在。
『ひ弱な人間ふぜいが何をするつもりだ? 滅びる宿命の身で、我にかなうと思うか?』
 竜の口から、意外にも人の言葉が放たれる。
「そういう割には、その人間ふぜいとやらに、あなたは従っているようですがね」
 すかさずタシュア先輩が言い返した。
「自分の主を見下して、ようやく精神の均衡でも保っているのですか? だとすれば、ずいぶん情けない話ですこと」
 竜が低くうなる。あまりな言われように、さすがに気を悪くしたのかもしれない。
 ゆら、と竜が動く。
『愚かすぎて、己の立場も分からぬらしいな……』 
 その顎が大きく開く。
 シルファ先輩がわずかに動いた。紅いくちびるから、呪が紡ぎだされる。
 あたしも別の詠唱を始めた。
「根源の焔、時の風……」
 ごう、と音を立てて、炎が吐き出される。
 焔が周囲で踊った。
「それで、これがどうかしましたか?」
 平然とタシュア先輩が言う。
 シルファ先輩が張った結界と、それぞれが元から持っている精霊の力とが、炎を防ぎきっていた。
『きさまら、何者……』
 竜の言葉に驚愕が混ざる。
「いま光の波となり、世界の境界を越えてここに集え――」
 あたしの呪文が完成する。
「ルドラス・アグネアスっっ!!」
 究極ともいえる魔法が炸裂した。
 太陽が落ちたかのような光が辺りを灼く。魔竜の苦しげな咆哮が響く。
 隙を逃さず、シルファ先輩が両足を切り飛ばした。
 地響きをたてて、竜の巨体が倒れる。
『その、呪文を……易々と使うなど、お前は……』
「人間を甘くみて、長々と能書きなどを言っているからですよ」
 タシュア先輩が答えて、漆黒の大剣を振り上げた。
「これに懲りて次からは気をつけるのですね。
――もっとも次はなさそうですが」
 一瞬の残像。
 魔竜の首が落とされる。
「どれほどの力があろうとも、使い方を知らなければ無意味なのですよ」
 そう言う先輩の前で、音もなく竜の身体が崩れ始めた。
 巨体が徐々に輪郭を失い実体を失い、やがて砂の山に変わる。
「さて、あなたがたの切り札とやらはこの通りですが?」
 目の前で起きた予想外の事態に、兵士たちが硬直する。
「やる、というのでしたらかまいませんよ。本当の恐怖というものを教えて差し上げます」
 息詰まる沈黙。
 どちらも引き下がるわけにはいかない。
 空気が張り詰めていく。
 だが、それが破れる事はなかった。
 突然彼らのあいだに、ざわめきが広がる。
 慌しく人が行きかい始める。
 その間も先輩は、警戒を解こうとしなかった。むろんあたしもだ。
――今まででいちばん長い時間。
 通話石に報告が入る。
『停戦に成功しました。敵が攻撃をやめた場合は、あなたたちも応じてください』
 そして……彼らが武器を捨て始める。
「我々の部隊は停戦を申し込む。貴殿らの温情ある措置を願う」
「善処しましょう」
 タシュア先輩が将校たちとやりとりするのを、あたしはただ見ていた。
 これで本当に、終わったんだろうか……?
 あまりにもとつぜん過ぎて実感が湧かない。
――あんなにたくさんの人が死んだのに、こんな風に簡単に終わるなんて。
 どうしていいか分からずに、辺りを見まわした。
 累々と折り重なる屍の群れ。
 狂気の、結末。
 これを招いたのは、まちがいなくあたしだ。
「う……」
「えっ?」
 うめく声に驚いて声の主を探す。
――生きてる!
 敵のひとりが無惨な姿で、それでもまだ生きていた。
 慌てて駆け寄る。
「いますぐ、呪文を……」
「お嬢ちゃん……むだ、さ……」
「でも!」
 このまま放っておくことなどできるわけがない。
「いいんだ、もう……」
 その言葉に、どう答えていいか分からなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
 涙がこの人の上に落ちる。
「優しい、な……。
 そんなに……優しくちゃ、さぞ……辛いだろうに……」
 この人の手が、そっとあたしの手を握った。
――温かい手。
 あたしたちと何も変わらない。
「ごめんなさい、あたし……なのに……」
「気に、するな。
 これが……戦……争……」
 ふっと、彼が目を閉じた。
「ごめんなさい……」
 その場からあたしは動けなかった。
 あたしたちが生き延びるために、どれだけの未来が絶ち切られたんだろう?
 どうしてみんなで、一緒に生きていけないんだろう?
 どうして……。
「やっと通れたー。この氷の壁って何?」
「うわ、こっちすごいね」
 他の場所も一段落したのだろうか? どこからか他の生徒たちが集まってきた。
「これ、たった三人で? 信じらんない」
「これじゃ軍隊いらないな〜」
 みんなが口々に感想を言う。
「やっぱAクラスだな」
「AどころかSSじゃない?」
 あたしたちに贈られる、賞賛の言葉。
――聞きたくなかった。
「いったい何人殺したんだろうな?」
「数えてみれば?」
「――やめてっ!」
 思わず叫ぶ。
 周囲がしんと静まり返った。
「お願い、やめて……言わないで……」
 また涙がこぼれる。
 殺したくなんてなかった。
 ひとりだって傷つけたくなかった。
 それなのに……。
「学院の生徒にしては、ずいぶん安直な考えですね。
 『人を殺す』ということがどんな意味を持つのか、それさえ理解していないのですか?」
 泣いているあたしに代わってそう言ったのは、タシュア先輩だ。
「仲間のため、学院を守るため、理由はいろいろ付けられますが、所詮人殺しには変わりないのですよ。
 もう少しよく考えなさい」
 さっきまで敵に向けられていた冷たい視線が、今度は生徒たちに向けられる。
「言っておきますが、ルーフェイアはそれを承知で相手を殺しています。
 上級傭兵隊になろうなどと言うのなら、その程度のことはあなた方もわきまえるのですね」
 みんながばつが悪そうに下をむいた。
「――ルーフェイア、行きますよ」
「あ、はい……」
 先輩にうながされて立ち上がる。
 周囲のあたしを見る眼が怖かった。
 みんなが責めているわけじゃないのは分かる。
 ただそれでも……見られるたびに自分のしたことを思い知るのだ。
――殺すだけの自分を。
 やっと戦いという狂気が去ろうとしている中、あたしは逃げるようにして館内まで戻った。
「ルーフェイア、だいじょぶか!」
 玄関のところでイマドと出会う。
「あたしは……大丈夫。でも……」
 泣かないように唇を噛みしめて……でもやっぱり涙がこぼれた。
「泣くなって」
「けど!」
「わかってる。
 んでルーフェイア、魔法使えるやつは別棟のホールまで来いってさ」
 彼が急に、ぜんぜん違うことを言い出した。
 なぜか少しほっとする。
「別棟のって……あのセレモニーとか、するところ?」
「ああ」
 訊けば負傷者が多すぎて診療所に収容しきれなくて、急遽そこが治療場所に選ばれたのだという。
「お前魔力強いからな。急いで来てくれってムアカ先生から伝言だぜ。
 それからタシュア先輩とシルファ先輩も、同じ理由で急いで来てほしいそうです」
「そうですか、わかりました」
 それだけ言うと先輩たちがホールへと向かう。
 あたしも続いた。
 近づくにつれ、血臭が漂う。
「ひどい……」
 中は、そうとしか言いようのない有様だった。
 野戦病院でもこれほどひどいのは、そう多くはないだろう。
 これでは簡単な裂傷や軽い火傷程度の生徒は、放って置かれているに違いなかった。
「良かった! あなたたちすまないけど、こっちへ来て手伝って!」
 大声でムアカ先生――この学校に併設の、診療所の先生――に呼ばれる。
 向こうに寝かされてるのは、よくこれで生きているというほどの重傷者ばかりだ。
「回復魔法は使えるでしょ?
 胸の上に怪我の部位とどの魔法使うか書いたのが置いてあるから、かけてやって」
「はい、わかりました」
 あたしの答えを待たずに、医療器具を片手にムアカ先生が駆けて行った。
 他の教官や救護班の生徒、手の空いている先輩たちとまさに総出だ。
 その中へあたしも加わる。
――これでみんな、助けられるんだろうか?
 そんな疑問が浮かんだ。
 これだけの負傷者だ。例え大都市の病院でも対応しきれないだろう。
 ましてや学院にあるのは、薬も機材も限られた量だけだ。
 あれだけ失って、まだ失くさなければならないんだろうか?
 戦いという名の狂気は、どれだけ奪ったら気が済むのか……。

前へ戻る / 「戦いの果てに」7章へ

図書館へ戻る