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◆戦いの果てに◆

written by こっこ

8:葬送

>Rufeir
 ぼんやりとあたしは目を覚ました。
 なんとなく枕元の時計を見る。
――九時半?!
 びっくりして飛び起きた。これじゃ授業に間に合わない。
 けど慌てて着替えようとして、枕元に畳んであった服に気が付く。
 べったりと赤黒く着いているのは……血だ。
――そうだっけ。
 昨日の激戦をようやく思い出す。
 まだ疲れているのか頭が痛かった。それにひどくお腹が空いている。
 とりあえず何か食べようと、冷蔵庫を開けた。
――あ、ケーキ。
 思いもかけず甘いものを見つけて嬉しくなる。急いで取り出してフォークも出した。
 でもなにか……忘れている気がする。
 なんだったろうとしばらく考えて、あたしはようやく思い当たった。
 昨日バトルの前にナティエスに、「勝手に食べるな」と言われたのだ。
「ナティエス?」
 向こうの寝室に声をかける。けど返事はない。
 疲れて、まだ寝てるんだろうか?
 起こさないようにと思ってそっとドアを開けた。
――いない?
 ベッドは空だ。
 もしかしてあたしみたいにお腹が空いて、食堂にでも行ったんだろうか?
 なんとなくふらつくけれど、着替えて外へ出る。
 校内はまだ、惨劇の跡が生々しく残っていた。
 遺体こそ殆ど片付いているけれど、あちこちに血がこびりついている。これじゃ今日はきっと、掃除に駆り出されるだろう。
 こんな状態でどうかと思ったけれど、とりあえず食堂へ行ってみる。
――開いてるといいんだけど。
 少し不安に思いながら廊下を曲がった。
 意外にも人の出入りがある。さすがに食べることをやめるわけにはいかないから、ここは最初に復旧?したようだった。
 ただ中を見回しても、シーモアもナティエスもミルもいない。
 みんな、負傷者の手当てをしにホールへ行ってしまったんだろうか?
「ルーフェイア、もう大丈夫なのか?」
「あ、シルファ先輩」
 振り向くと先輩がいた。
 けどこんなに近づかれるまで気付かないなんて、よほどぼうっとしてたらしい。
「今日は起きられないんじゃないかと、心配してたんだが。大丈夫そうで良かった」
「すみません……」
 それにしても先輩、トレーの上に山盛りの料理を乗せてる。どうみたって一人前以上だ。
「先輩も、お腹……空いたんですか?」
「私じゃなくて、タシュアだ」
 シルファ先輩が苦笑した。
 なんでもタシュア先輩、昨日は何も食べてないとかで、今朝はひたすら食べることに専念してると言う。
「あんなに急に食べたら、お腹を壊すんじゃないかと心配なんだが。
――ルーフェイアも、いっしょに食べるか?」
「いえ、あたし……ナティエス探しに、来ただけで……」
 急に先輩の顔が曇った。
「先輩?」
「ルーフェイア……こっちへ」
「?」
 言われるままに後をついていく。
 奥まで行くと、タシュア先輩が一皿食べ終えたところだった。
 どういうわけかこの先輩もあたしを見て、一瞬表情を変える。
 うながされて先輩たちの間に座った。
「ルーフェイア、これをあなたに」
 タシュア先輩がポケットから、見覚えのあるペンダントを取り出す。
「これ、ナティエスの? 先輩、拾ったんですか?」
「彼女は……亡くなりました」
「え?」
 先輩、何を言ってるんだろう?
「ナティエス、ホールへ……手当てしに、行ったみたいですけど?」
 ここへはもしかしたらと思って寄っただけだ。
 なぜか先輩たちが顔を見合わせた。

>Sylpha
「ナティエス、ホールへ……手当てしに、行ったみたいですけど?」
 ルーフェイアの言葉に、胸を締めつけられるようだった。
 戦場で育ったこの子だ。タシュアの言葉の意味が、分からないはずがない。
 恐らく……事実を受け入れられないのだろう。
「だからルーフェイア、ナティエスは――」
「シルファ」
 タシュアが私の言葉を遮る。
「ルーフェイア、とりあえずそれを持っていてください。
 それから時間があるのでしたら、付き合ってもらいたい場所があるのですが」
「あ、はい」
 不思議そうな顔をしながら、ルーフェイアが答える。
 何も理解していないその表情が辛かった。
「飲まないか?」
 ジュースの入ったグラスを差し出す。
「ありがとうございます」
 一気に半分ほど飲んでしまったところを見ると、それなりにお腹は空いているらしい。
 ただ昨日の疲れもあって、正常な判断ができなくなっているようだった。
「朝食も食べていないのだろう? いま少し、分けるから」
「え、でも、悪いです……」
 遠慮する少女の前に、少しづつ取り分けてやった皿を半分押し付けるように置く。
「このくらいなら入るだろう?」
「すみません……」
 食欲さえ無くしているのではないかと心配したが、幸いそうではなかったようだ。華奢な手にフォークを持って、ゆっくりと食べ始める。
「けど先輩、どこへ……行くんですか?」
 その様子がやりきれない。
「すぐに分かります。
 ともかくそれを食べてしまいなさい。私も自分の分を片付けますから」
「はい」
 素直にルーフェイアが食べ物を口に運ぶ。
 だが私は心配でならなかった。タシュアは……この子をナティエスに会わせようというのだ。
――耐えられるだろうか?
 人一倍繊細なルーフェイアでは、どうかなってしまうのではないだろうか?
 かといって、先延ばしにするわけにもいかなかった。
 遺体は早ければ今日中、遅くても明日には荼毘(だび)に付すことになっている。今を逃せば、もう二度とナティエスの顔を見ることはできない。
 それからしばらくして、タシュアが立ち上がった。
「ルーフェイア、行けますか?」
「はい」
 ルーフェイアも立ち上がる。
 この子を間にはさむようにして、私たちは歩き出した。

>Rufeir
 先輩たちといっしょに、あたしは食堂を出た。
――どこへ行くんだろう?
 ナティエスのペンダントを握り締めながら思う。
 でもこのペンダントが見つかったならナティエスは喜ぶだろう。たしか両親の形見だと言って、とても大事にしていたのだ。
――え?
 ホールへは行かずそのまま廊下を歩いて、エレベーターの前まで来る。
 先輩たちはそこで立ち止まって、下へのボタンを押した。
 それにしても、地下になにかあっただろうか? 戦闘中は年少組を避難させたというけれど……。
 そしてやっと思い出す。
 地下は昨日たしか、遺体を……。
 足がすくんだ。
 さっきの先輩の言葉がよみがえる。
「ナティエスが……死んだ……」
 急にめまいがして立っていられなくなる。
「ルーフェイア、大丈夫か?」
 横からシルファ先輩が支えてくれた。
「無理にとは言いませんが……彼女に会えるのもこれが最後でしょう。早ければ今日の午後には荼毘(だび)にするそうですから。
――どうしますか?」
「行き……ます……」
 自分のものとは思えないような、かすれた声だった。
 足が思うように動かなくて、半分かかえられるようにしてエレベーターに乗る。
――怖い。
 けど、ナティエスは親友だ。それに孤児の彼女は、あたしやシーモアたち以外、泣く人もいない。
 扉が開いた。
「あ……」
 累々と並ぶ遺体。
 これにはさすがに、シルファ先輩も衝撃を受けたようだった。
「いったい、何人……」
「敵兵も合わせると、百どころではではないでしょうね。
 ルーフェイア、こっちです」
 先輩が一つの遺体の前で立ち止まった。
 かけてあった布をそっとめくる。
「ナティエス……」
 穏やかな表情で、眠っているようにしか見えなかった。
 でも……左腕がない。両足も。
 そっと頬に触れると、氷のようだった。
「ナティエス……苦しかった?」
 涙があふれて、ナティエスの上に落ちる。
 いろいろなことが思い出された。
 最初は……あたしのことを嫌ってた。「どこかの金持ちのお嬢さんが、道楽で入学してきた」と思ったんだそうだ。
 でもそのあとあたしのことを分かってくれてからは、ずっと仲良しだった。
 シーモアとミルとあたしとナティエス。四人でいろいろなことをした。
 他愛ない話をしてみたり、みんなでバラムへ買い物に行ったり、シルファ先輩の任務に同行したことまであった。
 ロア先輩が個室に移ってあたしの相部屋が空いた時も、何も言わずに引っ越してきてくれた。
 あの笑顔を覚えてる。
 あたしが困っているといつも、「しょうがないなぁ」と言いながら手伝ってくれた。
「約束……したんです。バトル終わったら、ケーキの残り食べようって。
 なのに、なのに……」
 次々と涙がこぼれる。
「――すみません。私の責任です」
 タシュア先輩の思いもかけない言葉に、驚いて振りかえった。
 初めて見る先輩の表情。
「彼女を殺したのは私の知り合いです。
 もっと早くに……始末をつけておくべきでした」
「いいえ……」
 あたしは首をふった。
 ナティエスが死んだのは、たぶんあたしのせいだ。
「あたし……精霊、渡さなくて。
 まだ予備、あったのに……イマドには渡したのに……」
 精霊を持ってれば、ナティエスは死ななかったんじゃないだろうか。
 ナティエスの前に座りこんだまま、あたしは泣きつづけた。
「ごめんね、ナティエス。ごめんね……」

>Sylpha
 心配した通り、ルーフェイアはそこへ座りこんで泣き始めてしまった。
 私もタシュアもかける言葉がない。
「ごめんね、ごめんね……」
 ただそれだけを言いながら、この子が泣き続ける。
 タシュアが黙って、その頭をそっと撫でた。
 ルーフェイアが泣きやむ気配はない。それほどにナティエスを大切に思っていたのだろう。
 あまりにも可哀想で、隣にしゃがんでこの子を抱きしめる。
 今日はたぶんあちこちで……同じような光景が繰り広げられているに違いなかった。
(――シルファ)
 不意にささやき声でタシュアが話しかけてくる。
(遺体の身元確認に呼ばれました。ルーフェイアを頼みます)
(あ、わかった)
 タシュアが教官の方へと歩いていく。全生徒の顔と名前を覚えている彼は、この役には適任ということなのだろう。
 だが……辛い役目だ。
 昨日ムアカ先生から聞いたのだが、生徒の死者は二割にものぼったという。そして最も被害が大きかったのが、ルーフェイアたち六年生から九年生(十一歳〜十四歳)だった。
 なにしろいちばん大きいルーフェイアたち、九年生のAクラスでさえ四人もの死者、なかには半数近くが死んだクラスまであったらしい。
 当然重傷者も多く、無傷で済んだのはごく少数との話だった。
 ただ幸いにも、低学年の方は被害が軽かった。
 面倒を見ていた生徒たちが命懸けで守ったことと、タシュアの的確な判断とが子供たちを救ったのだ。
――それでも、ゼロというわけにはいかなかったのだが。
 ルーフェイアはまだ泣いていた。このままでは一日中泣いていそうだ。
 かといってこの冷えた地下――遺体の保存のため、冷気魔法で作った氷が置いてある――でずっと座りこんでいたら、今度はこの子が体調を崩すだろう。
「ルーフェイア、いったん部屋へ戻った方がいい。なにかあったら、すぐ呼びに行くから」
「あ、はい……」
 泣きながらルーフェイアが立ち上がる。
「さぁ、行こう」
 促すと、この子がゆっくりと歩き出した。
 並ぶ遺体の間を歩いて、エレベーターへと向かう。
 その途中で教官に呼びとめられた。
「君たちは手が空いているのか? もしそうなら、いろいろやってもらいたいことがあるんだが……」
 たしかに遺体の確認や搬送、重傷者の手当て、館内の掃除や修繕など、やるべきことは山積みになっている。動ける生徒は貴重な労働力だった。
 だが今のルーフェイアになにかしろというのは、あまりにも酷だろう。
「その……この子はちょっと、参ってて……」
「ん? あ、ルーフェイアか。それは仕方ないな。
――そうしたらシルファ、君だけでも頼む。彼女を部屋へでも送って、ここへ戻ってほしい」
「わかりました」
 ルーフェイアの繊細ぶりは、学園内に知れ渡っているらしい。
「……先輩、あたし……部屋へ、ひとりで帰れます」
 意外にもちゃんと話を聞いていたらしく、涙を拭きながらこの子がそう言った。
「本当に大丈夫か?」
 途中でまた泣き出してしまうのではないかと心配になる。
「だって……寮までですから……」
「それはそうだが」
 だがたしかに寮までなら、帰れないこともないだろう。
「そうしたらルーフェイア、気をつけて戻るんだ。私もあとで行くから」
「――はい」
 気落ちした後ろ姿でルーフェイアが歩き出す。
 ただ昨日と違って足取りはしっかりしているから、寮までなら大丈夫そうだった。
「それで先生、私は何を……」
「これを頼む。嫌な仕事だとは思うが、まさか下級生に任せるわけはいかないんだ」
 差し出されたのはリストだ。
「兄弟でここにいる者で、死亡したケースをまとめてくれないか。
 なにしろ生き残った方も重傷を負っていたりで、まだ完全に連絡できていないようでね」
「了解です」
 渡されたリストを見る。
 兄弟でこの学院へ保護されているケースはそう多くないが、それでも相当の人数だった。
 ここから死亡者を洗い出すとなると、けっこう時間がかかるだろう。
 急いで作業に入った。
 クラスごとに安置されている遺体の名札を見ながら、チェックを入れて行く。
 下は六歳から上は私と同じ十九歳まで……。
「シルファ、ルーフェイアはどうしたのですか?」
 うろうろしていると、タシュアが戻ってきた。
「その、ルーフェイアは部屋へ戻ったんだ。それで私は、これを頼まれて……」
 タシュアにリストを見せる。
「兄弟のリストですか……。
 ここは二人とも亡くなりましたね。こちらは姉が重傷ですが、弟は無事です」
 次々とタシュアがチェックしていく。
 昨日負傷者の手当てに当たっていた際に記憶したのだろう、名前を見ただけで即答だった。
 そのタシュアの言葉が……途切れる。
「どうしたんだ?」
「いえ、なんでもありません」
「――?」
 気になってタシュアの手元を覗きこんだ。
「あ……」
 リティーナ=マルダー。
 あの子だ。
 昨日の光景がよみがえる。
 たった九歳で、未来を絶ち切られてしまった少女。
――助けてやれなかった。
 深い悔恨が私を捕らえた。
 こんな小さな子では自分を守れるわけがない。なのに私たち上級生は、なにをしていたのだろう。
 わかり切ったことだというのに。
 ほんの数メートル先の、この子のところへ行く。
 おだやかな表情をしているのが救いだった。
「ナティエスの苦無が刺さっていましたから……あの子がみかねて死なせたのでしょうね」
「ああ……」
 ナティエスはいつも、苦無にかなり強い毒を塗っていた。そのせいで苦しんだ様子がないのだろう。
「可哀想なことをしました」
 私は何も言えなかった。
 今回のことでは、タシュアもまた……。
「すまない、どいてもらえないだろうか?」
 後ろから声をかけられて振り向くと、同じクラスのセヴェリーグがいた。
 この子の兄だ。
 その彼がそっと少女の隣にしゃがみこむ。
「リティーナ、これを……持っていくといい」
 好きだったのだろう、可愛いぬいぐるみをその手に持たせていた。
 当然かける言葉などない。
「セヴェリーグ……」
 そう言うのがやっとだ。
 だがセヴェリーグが返してきたのは、まったく違う言葉だった。
「タシュア、ひとつ訊きたいんだが」
「なんでしょう」
 私ではなく、タシュアに問いかける。
「リティーナを殺したのが君の知り合いというのは……本当なのか?」
「――はい」
 タシュアの静かな答えに、空気が険悪なものになった。
 セヴェリーグが立ち上がる。
「この子のクラスメートの話じゃ、そいつは狂ってたそうじゃないか。
 なぜそんなものを放っておいたんだ」
「………」
 タシュアは何も答えなかった。
 こういう時、彼は絶対に言い訳をしたりしない。
「答えろ、タシュア!
 この子が――リティーナが何をした? リティーナが悪かったとでも言うのか!」
 セヴェリーグがタシュアの両肩をつかむ。
 普段なら決してそんなことは許さない彼が、黙ってされるがままだ。
「なんでそいつを、さっさとどうにかしなかったんだっ!」
「――セヴェリーグ、やめてくれっ!」
 思わず叫ぶ。
 聞いていられなかった。
「頼む、言わないでくれ。
 タシュアをそれ以上、責めないでくれ……」
 セヴェリーグが辛いのはよく分かる。
 だがこのことではタシュアも……傷ついているのだ。
「頼むから、もう……」
「シルファ……」
 セヴェリーグがそっとタシュアから手を放した。
 彼もまた、悲しさを通り越したとしか言えない表情をしている。
「――すまない。後輩相手にみっともないところを見せたな」
「私には何も言うことはできません……」
 どう表現していいのか分からないほど、重い雰囲気。
 もう一度セヴェリーグが少女の隣へしゃがみこんだ。
「すまないが、向こうへ行ってもらえないか?」
「あ、ああ……」
 二人でその場を離れる。
――なぜこんなことになったのだろう?
 ルーフェイアではないが、ふっとそんなことを思った。
 やっとの思いで生き延びてようやく穏やかに暮らし始めたのに、なぜこんな殺されかたをしなくてはならないのだろうか?
 私たち上級傭兵を狙うのなら分かる。
 だがこんな小さな子の、どこが恐ろしいというのか……。
「シルファ、大丈夫ですか?」
「え?」
 私が黙ってしまったからだろうか?
 タシュアの心配そうな顔がそこにあった。
「まだ疲れているのでしょう。部屋へ戻って休んだらどうです?」
「いや……大丈夫だ」
 それよりもタシュアの傍にいたかった。
 なにもできないならせめて、隣にいたい。
「そうですか。
 そうしたら急いで、このリストを完成させましょうか」
「ああ」
 もう一度、辛い仕事に手をつける。
 戦いと言う名の狂気が残したものは、あまりにも無惨だった。

>Rufeir
 シルファ先輩にうながされて、あたしは寮へと戻った。
 途中で食堂へ寄って、のどだけ潤す。
 差しこむ陽の光。
 優しく抜ける風。
 昨日の朝と、どこが違うというのだろう。
 でも……ナティエスはいない。
 あっという間にあたしたちの前からいなくなってしまった。
――ごめんね、あたしのせいだね。
 あたしが、精霊を渡さなかったから……。
 歩いているうち、寮の入り口が目に入ってくる。
 ここだけはなんの跡も残していないくて、それがひどく奇妙に思えた。
 人影がある。
「――イマド?」
「なんだ、お前か」
 思いつめた表情だった。
「どうしたの?」
「いや、なんかさ……」
 イマドがため息をつく。
「俺、学院やめようかと思って」
「……そう」
 とつぜんの言葉に、どう答えていいかわからなかった。
 でもその方が、いいのかもしれない。
 ここは……平和とは程遠いのだから。
「――それだけなのか?」
「え?」
 思ってもみなかったことをイマドに返されて戸惑った。
「お前、平気なんだな」
「――なんの、こと?」
 イマドが……いつもと違う。
「さすが戦場育ちだよな。この程度じゃ平気ってわけか」
「そんなことない!」
 つい声が大きくなる。
「そう言いながら、そこら辺の血の跡だの遺体だの見て、お前平気な顔してるじゃねぇか!」
「それは……慣れてるから……」
 そうとしか答えようがなかった。
 なにしろ戦場にいた頃は、毎日こういうものを目にしていたのだ。
「よく、そんなこと言えるな」
「だって……」
 もうどうしていいか分からない。
 何より、イマドにこんなことを言われるのがショックだった。
「だって、前は毎日見てて……隣で食事とかもあったし……」
「お前にはその程度なのか?」
 イマドの声が厳しくなる。
「分かってんのかよ! こんだけ仲間が死んじまって、それで『慣れ』だと!!
 ふざけんなっ!!」
「ふざけてないわ!」
 思わずあたしもカッとなった。
 こんなに何人も友達が死んで、ふざけていられるほどあたしは強くない。
「分かってないのイマドじゃない!
 それにこれでも、まだマシなんだから!」
 戦争なんて、なにかのドラマみたいにカッコよくなんかない。辛くて汚くて泣きたくなるようなことしか、そこにはない。
 だいいちあたしが見てきた地獄は、こんなものじゃなかった。それをあたしは、学院の最年少の子より小さい時から、この瞳で見てきた。
 だけど平気なんかじゃない。こんな辛い思い、できるなら二度とゴメンだ。
――だいいちあたしがそう思ってるの、イマドだって知ってるはずなのに。
 それなのに!
「やめればいいじゃない! この程度でネをあげるんじゃ、戦場じゃ生き残れないもの!
――さっさとアヴァンへ帰ったら?!」
「てめぇ……!」
 半分キレたイマドが、あたしの胸倉をつかむ。
 互いの瞳が合った。
 琥珀色の哀しい瞳。
 悔しさ、切なさ、やるせなさ、自責の思い……そういったものが混ざった瞳。
――あたしと同じだ。
 不意にそのことに気付く。
 理由は知らない。けどイマドもまた……傷ついてる。
 それもひどく。
「――ねぇイマド、もうやめなよ。
 なにもわざわざ……こんな世界にいること、ないもの」
 イマドの瞳にあたしはつい、いつも思っていたことを口にした。
 この学院の生徒は半数以上が孤児で、みんな帰る場所を持たない。
 けど彼は違う。
 両親こそもういないものの、いつでも遊びに行ける親戚があって、前から引き取りたいと言われているのをあたしは知ってる。
――だったらこんな世界、早く去った方がいい。
「アヴァンへ帰って、普通に暮らした方が……絶対いい。
 あたしみたいに……決められてるわけじゃ、ないから……」
 イマドがはっとした表情を見せる。
「そう……だったな……」
 彼が手を離した。
「お前は、他にないんだよな……すまねぇ」
「ううん……」
 そのまま二人で、言葉を失う。
 あたしは辺りを見まわした。
 あの綺麗だった校舎は、見る影もなく荒れ果ててしまっている。
 大好きな学院。
――あたしの夢の場所。
 けど普通なら、わざわざ傭兵学校へ行こうとは思わないだろう。
「イマドは……アヴァンに伯父さん、いるんだもの。いつだって、帰れるでしょ。
 だからこんなとこ、やめた方がいい……」
 あたしのように傭兵学校が夢の場所なんて、いいわけがない。
「それに、あたしといっしょじゃ……きっとロクなことに、ならないから……」
 代々傭兵として生きてきたシュマーという家。そういう家にあたしは産まれた。
 でもあたしはそれが嫌で嫌で――なのに実力だけは一人前で――イマドに偶然誘われた時、逃げるようにこの学院へ来たのだ。
 以来イマドは、ずっとあたしと一緒にいてくれている。
 ただ外の人間が、シュマーの総領家に関わるとロクなことにならないのは、内々じゃ知られた話だった。
「ごめんね、イマド、ほんとは関係ないのに。
 でもイマド、優しいから……」
 そう。イマドは関係ない。
 偶然あたしたちの時間が交差して、いっしょになっただけだ。
 けど今ならまだ間に合う。
「もう、あたしのことなんていいから」
 あたしは……帰らなければいけない。あの戦場へ。
 そしてまた褒めそやされるのだ。
――人殺しが上手いと。
「だから、イマドはイマドで……」
 なぜだろう、涙が出てくる。
 もうここにいられなくて、あたしはイマドに背中を向けた。
「ごめん、あたし……部屋に、帰るね……」
「待てよ!」
 イマドがあたしの手をつかむ。
「悪かった」
 真っ直ぐな瞳。
「俺……昨日からずっと死んだヤツらの念食らってて……。いや、それは関係ねぇな。
――俺が悪かった」
 羨ましいぐらいに真っ直ぐな視線。
 あたしまた、泣き出しそうになる。
「――イマドのせいじゃ、ないでしょ」
 やっとそれだけ言った。
 と、急にイマドが笑い出す。
「なんか、普段と逆だな」
「え? あ、そうかも」
 言われてあたしも、ちょっと可笑しくなる。
 でもまたすぐ、二人で黙ってしまった。
「リティーナって俺のよく知ってる低学年の子、死んじまってさ……」
 ぽつりとイマドが言う。
「ナティエスも――死んだの」
「――そうだったのか」
 あたしも、イマドも、他のみんなも、誰かを亡くしたのだと気付く。
 友達、先輩、後輩、そして兄弟……。
「なんで、こんなことに……なっちゃったんだろう」
「さぁな……」
 答えはけして出ないだろう。
 ただ虚しい思いだけが、心にこだましていた。

>Seamore
 あたしは……また 庭のベンチにいた。
――あいつが死んじまうとはね。
 正直まだ信じらんない。なにせギリギリまで、ここで話してたんだ。
 で、待ってる。馬鹿げてるとは思いながら、なんとなくここでナティエスを待ってる。
「シーモア、いた〜」
「――ミル」
 さすがのこいつも、今日はトーンが低かった。
「ナティエスには、もう会ったのかい?」
「うん」
 昨日と同じように、ミルが隣にかける。
「他もみんな……会ってきたよ」
「そうかい……」
 ひどく長い死亡者リストには、うちのクラスの仲間も四人ほど名を連ねちまった。他にも重傷者が何人もでてる。
 裂傷ですんだあたしなんざ、かなり運のいいほうだろう。
「シーモアも左腕、痛そうだね〜」
「仕方ないさ」
 最後の防衛戦の際に創った傷だ。ただあたしがうっかり油断して切りつけられたから、誰も悪かない。
「そういやあんたは、ケガなかったのかい?」
 ふと訊いてみる。
「したよ〜」
 けどミルのヤツ、ざっと見たところはケガした様子がなかった。
「いったいどこをケガしたって言うのさ?」
「手首〜♪ 捻挫しちゃったんだ」
 思わずなんでもない右手で、こいつを殴りつける。
「それのどこがケガだい!」
「え〜、だって昨日は痛かったから、湿布までしたんだよ?」
「………」
 何も言えなくなって黙る。
――だいたいこれで、どうリアクションを返せっていうんだか。
「あ、そだ☆」
 しばらく黙ってると、またこいつが性懲りもなくなにか思い出した。
「今度はなんだい」
「シーモアってさ、これからどうすんの?」
「は?」
 唐突にそんなことを言われて、思わず聞き返す。
「んとね、ほら、けっこうみんな、学院辞めちゃうみたいだからさ」
「ああ、その話か。
――あたしはこのままだよ」
「そなの?」
 ミルが意外といった顔になった。
「シーモア、辞めちゃうかなって思ってた」
「そりゃ参っちゃいるけどね。でも今更帰る場所があるわけじゃなし。
 だいいちンなことで学院辞めたら、ナティエスが承知しないさ」
 あの子だったら絶対、「あたしのせいで辞められたら迷惑」と言うだろう。
「そっか」
 分かってるのか分かってないのか、ともかくミルが納得する。
「けどクラス、減っちゃったね」
「ああ」
 シエラはもともと、一クラスが二十人に満たない少人数編成だ。なのに四人もいなくなったら、空席が目立つ。
「そのうちクラス替えがあるんだろうけど……しばらく寂しいだろうね」
「クラス替えかぁ。来年まではヤだな〜」
 珍しくこいつが神妙なことを言う。
 もっともこの意見には、あたしも賛成だった。
 そんなあっさり隙間が埋まったら、死んじまった連中に悪い気がする。
「かといって……こればっかはね。教官の考えることだし。
 それよりナティエス送るのに、なにか持たせてやらないか? とっておきのやつを」
「あ、それいい考え〜♪ んじゃさ、部屋に行ってなんか探そうよ♪♪」
 昨日のあの時と同じように、あたしとミルは寮へと向かった。

>Rufeir
 合同葬儀はけっきょく、激戦の三日後になった。あまりの死者の多さに、身元の確認に手間取ったのだそうだ。
 もう少し正確に言うと、本当はまだ全員が確認されたわけじゃないという。
 ただこれだけの遺体を安置しておくのがもう限界で、ともかく分かった人だけでも荼毘に付すことになった。
 遺体が次々と裏庭へ運び出される。
 たいていは友達が、時々は先輩や後輩が、稀に兄弟が遺体に付き添っていた。
 あたしたちもクラスの男子に手伝ってもらって、ナティエスやアイミィ、セアニーをそっと横たえる。
「これで……お別れか」
 ぽつりとシーモアがつぶやいた。
 その言葉にまた涙が出てくる。
 あの日からあたし、ずっと泣きっぱなしだ。どうかしてるとは思うのだけど、どうやっても涙が止まらない。
 ただ今はさすがに、あちこちからすすり泣きが聞こえていた。
「ヤだ、ヤだよっ! お姉ちゃんといっしょにいるっ!」
 向こうでは低学年の子が、大泣きしながら遺体にすがりついている。
 どうみてもまだ六歳くらいのあの子には、お姉さんが亡くなった事が理解できないのだろう。
「お姉ちゃん、ねてるんだもん! だからこんなとこ、おいてったらダメなんだもん!」
 辺りに悲しみが満ちる。
 あの子が……独りになってしまった事を知るのは、いったいいつだろうか?
 お姉さんの友達らしい上級生が、その子をなだめながら抱き上げるようにして連れていった。
「そしたらルーフェイア、あたしらも向こう行くからね」
「――うん」
 シーモアたちが離れて行く。
 他の生徒たちも徐々に離れて行って、この辺りに残ったのはあたしと、上級傭兵隊の先輩たちばかりになった。
 累々と並ぶ、白い布に包まれた遺体。
 風が吹き渡る。
「全員、整列!」
 オーバル院長の号令。
 ざっと音を立てて、先輩たちが横一直線に綺麗に並ぶ。
 あたしの右にはタシュア先輩が、左にはシルファ先輩が並んだ。
「我らが家であるシエラ学院を守るべく、犠牲となった者たちに敬礼!」
 ここにいるあたしたちと、向こうへ退避している生徒全員とが、一斉に敬礼した。
 そして誰からともなく、呪文の詠唱が始まる。
「時の底にて連なる炎よ、我が命によりて形を取り、うつつの世に姿を現せ……来いっ、サラマンダーっ!」
 あたしの召喚呪文がいち早く完成し、ついでタシュア先輩の、そして他の先輩たちの召喚呪文と火炎系魔法とが、次々と放たれた。
 天高く炎が舞い上がる。
 周囲で焔が踊った。
 その中で……遺体が灰になっていく。
「――ナティエス、さよなら」
 そっとつぶやく。
 こぼれた涙が、小さな音を立ててはぜた。
 その時。
――影?
 燃え盛る焔の中で、たしかに何かが動いた。
 例えて言うなら、炎の中に別の焔があるような……。
「タシュア、あれは……?」
 シルファ先輩の言葉で、目の錯覚じゃないことを知る。
 そしてみるみるうちに、それは一つの形を取った。
 焔をまとった鳳(とり)の形に。
「まさか……?!」
 従えることの出来ない、伝説の精霊。焔に身を投じて生まれ変わるという不死鳥。
 それが目の前に現れようとしていた。
 鳳が啼く。
 喜びと哀しみとが混じった、不思議な声で。
 その声が胸に沁みて、またあたしは泣いた。
 翼が大きく広がり、焔の色が変わる。
 何よりも熱いという、白い焔に。
 そして鳳が羽ばたいた。
 風の代わりに焔が舞い上がり、不死鳥が大空へと飛翔する。
――魂を乗せて。
 遥かなる高みへ、ナティエスたちが駆け上がって行く……。

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