かのシエラ学院の危機より遡ること四年。
アヴァン領内にある国境の町、ルアノンにて……。
◇Imad
「四ヶ月ぶり……か?」
昼過ぎのキツい日差しを手のひらで遮りながら、俺はつぶやいた。
ここはアヴァンとロデスティオとの境にある、国境の町だ。長距離線のアヴァン駅から南、バルディオン渓谷の近くにある。
そこへ俺、学院の夏季休暇を利用して遊びに来たところだった。
俺の両親とうの昔に両方死んでるけど、この町には親父の弟――ようは俺の叔父――がいる。この叔父さん息子がいないせいか、俺のことを可愛がってくれてた。
「さて、どうすっかな?」
まっすぐ叔父さんの家へ行ってもいいけど、「夕方に着く」って連絡しちまったから、あんま早いと悪いだろう。
だいいちあの家は開業医だから、真っ昼間に行っても邪魔なだけだ。
――ホントのこと言うと、時刻表見間違えてただけだったりするけど。
どっちにしても時間は余りまくってた。
駅のホーム――どゆわけか町外れにある――で、少し考え込む。
「……歩いてくか」
ここから叔父さんの家まではけっこうあるけど、まぁ歩けねぇ距離じゃない。どうせ時間はあんだから、たまにはいいだろう。
荷物を持ちなおして、俺は歩き出した。
街並みはほとんど変わってなかった。ただ前はまだ冬っぽい時期だったから、人の服装や華やかさがまったく違う。
――個人的にはこのほうがいいんだよな。寒いの苦手だし。
俺、この町好きだ。
首都のアヴァンシティを思わせる、重厚で華やかな石造りの町。いちおう交通の要所に近いし、周囲の自然を観光に来る人も多いから、辺境の割には人の出入りも多い。
けど俺がこの町を好きなのは、そういう理由じゃない。何度も戦火に巻き込まれてるのに、そのたんびに昔の姿で復興を続けてきてるってとこだ。
だからなんだろうけど、この町見てると、人間ってなんでも出来そうな気がしてくる。
どっちにしてもけっこう来てる町だ。慣れた道をときどき店先のぞきながら、ぶらぶら歩いてく。
――ネミのやつになんか、お土産でも持ってくかな?
でもあいつそろそろ四つになるから、前みたいに適当なもの買ってっても喜ばねぇかも。
そんなことを考えながら歩いてて俺、思わず立ち止まった。
通りの向こうに、ひとり女子がいるんだけど……。
なんか、むちゃくちゃかわいい。
思わず口笛でも吹きたくなるような、とびっきりの美少女だ。色白の肌に、きらめく背中までの金髪。瞳は海みたいに透き通った碧。
なんでかショートパンツにポロシャツっつー、男子みたいなあっさりしたカッコだけど、それがまた似合ってる。正直これほど「美少女」って言葉がしっくりくるやつ、いままで見たことがなかった。
そしてもひとつ。
色がなかった。
俺から見ると人ってのは、それぞれ独特の色を持ってる。けどこの美少女は、そういった色を一切持ってなかった。
ただどこまでも透明な、風に見える。
――って、なんか探してんのか?
少し困った調子で手にしている紙切れを覗き込んでいるところを見ると、迷ったか、どこかへ行きたいか、なんだろう。
つい気になって、俺は立ち止まったままその子を見てた。
この子がメモから顔を上げて辺りを見回すと、長い金髪が動きにあわせてふわりと舞う。
そして少しのあいだ街並みを眺めて、その子がまた下を向いた。
ダイレクトに伝わってくる、感情。
――泣いてる?
胸がしめつけられるようで、俺は思わずその子のほうへ歩き出した。
◇The Girl
――困っちゃったな。
家族みんなが手が放せなくて、あたしが預け物の引き取りに来たのだけど……店の場所が分からない。
近くまで来てるのは間違いないけど、その先がさっぱり、だった。
この町は古くからあるせいかとても道が入り組んでて、おかげで一本路地を間違えると、ぜんぜん違う方へ出てしまう。
時計を見ると、もうかれこれ三十分くらい迷ってた。
ぜったい、母さんには言えない。こんなこと知られたら、それこそ何を言われるか……。
もう一度メモで番地を確かめて、顔を上げる。目標物から見てもこの周辺、そう思いながらあたりを見まわした。
首都のアヴァンシティに似て、落ち着いた石造りの街並み。
立ち並ぶ建物はさほど高さはないけど、窓辺が色とりどりの花で彩られてとってもきれいだ。
――こんな街で、すごしてみたいな。
なんとなくそう思った。
あたしは今まで、ひとつの場所に落ち着いて住んだことがない。長くても半年、短いと一週間そこら――もっとひどいと、毎日移動しながらだ。
だからいつも、こんな普通の暮らしに憧れてた。
普通に毎日を過ごして、みんなでテーブルを囲んで……それが出来たら、きっと楽しいだろう。
でもそれがムリなことも、十分わかってた。
一瞬泣きたくなって唇を噛む。
誰が悪いわけじゃない。だから諦めるしかない。けど、けど……。
その時あたしは視界の隅の、こっちへ来る男子に気がついた。
慌てて涙をぬぐう。
ダーティーブロンドの髪に、琥珀色の瞳。年はあたしと同じくらいか、もう少し年上だろう。ただあたしが普通より小柄なせいもあって、けっこう身長差がある。
まっすぐこっちを見てるのが印象に残った。
畏怖も何もない、ストレートなまなざし。
――こんな風に、あたしを見る人がいたんだ。
対等に、あたしを見てくれる人が……。
その彼が目の前まで来て、あたしはまたうつむいた。
どうしていいかわからない。
けど、彼が先に声をかけてきてくれた。
「そんなに泣くほど――何困ってんだ?」
その声がなぜか信じられないほど胸に染みて、また涙がこぼれた。
◇Imad
「そんなに泣くほど――何困ってんだ?」
なるべくキツくならない調子で言ったのに、またこの子が泣き出しちまった。
「あ、いやその、悪りぃ。だからさ、なんか困ってるみたいだったから……」
「ごめんなさい!」
俺が謝ったはずなのに、なんかこいつが謝ってまた泣いちまうし。
ただ、俺以上にこの子のほうが戸惑ってるのが分かった。
しょうがねぇから少し待って、また声をかけてみる。
「どこ行きたいんだ?」
近づいてみるとこの子は俺より頭ひとつちっこくて、二つか三つ年下って感じだった。
――けどそれにしちゃ、妙にしっかりしてるよな?
年齢が下になるほど伝わってくるものは漠然としてることが多いけど、この子の場合は年の割に、筋道だった考え方をしてる。
まぁこんなのあくまでも目安だから、アテにはできねぇけど……。
「そのメモが行き先か?」
「え? あ、はい」
そう答えて、この子があっさり俺にメモを差し出した。
――前言撤回。
しっかりしてると思ったのは、俺の思い違いってやつだったらしい。困った顔で俺を上目遣いに見上げる様子ときたら、どう見たって迷子になったチビだ。
可愛いけど。
瞳の碧がすげーきれいだし。
「多分……この近くだと、思うんですけど……」
「えーと、ちょっと待てよ――って、何語だ、これ?」
俺、普通に使われてる言葉なら、ほとんど読めるんだけどな……?
けどここに書かれてる言葉ときたら、アヴァン語どころかロデスティオ語でもねぇし、ワサール語とも違う。
で、俺が悩んでたら、この子がまた泣きそうになりながら説明した。
「ご、ごめんなさい!
あの、ここに書いてある……バディエンの店っていう、改造屋さんなんです」
「あ、なんだ。その店か」
相変わらず字は読めねぇけど、その店なら知ってる。この町じゃ腕がいいので有名な改造屋で、しかも店主は叔父さんの友達だから、知らないわけがない。
もっともこの店、初めて行こうとした人間が必ず迷うのでも有名だった。
「あそこ、分かりづらいからな。
えーとここからだと、まずこの通りをこのまま向こうへ行って……」
「え? それじゃここから……離れちゃうんじゃ……?」
「入り口がこの辺にないんだよ。んであそこの十字路を右へ曲がって三つ目の右手の路地を入って、今度は四つめで左、それから二つめを右へ行ってすぐもう一回右で……」
「――え? え?」
案の定、こいつも混乱した。
気持ちはわかる。
俺だってこの街を知んなかったら、この説明じゃ絶対わかんねぇだろう。けどマジであそこ、これ以外に説明のしようがない。
「えっと、十字路は右で、次も右で……二つ目?」
「三つ目」
ついでに言うとあそこ、「地図を見て」ってのも役に立たない。なんか裏路地やら行き止まりやらで、地図と実際とがどうも合ってなかったりする。
「ごめんなさい、ちょっと何かに書かないと……」
「一緒に行ってやろうか?」
初対面の相手に差し出がましい気はしたけど、一応訊いてみる。
そしたら意外にも、この子がぱっと顔を上げた。
「あの、本当にいいんですか?!」
「ああ、かまわねぇよ」
どうせ時間、余りまくってるし。
「――ありがとうございます」
しかも、エラく素直にお礼言うし。
普通これだけカワイイともう少しお高くとまりそうなもんだけど、この子はそういうものの持ち合わせは、なかった。
「いいって。俺もどうせ、時間あるからさ」
並んで歩き出す。
それにしても近くで見ると、その美少女ぶりがさらに際立つ。
陽の光がきらめく、黄金色の髪。
吸い込まれそうに澄んだ色合いの、碧い瞳。
顔立ちの方も、これをつかまえて美少女といわないほうがおかしい。
これに加えてこの濁りのない色だ。
――天は二物を与えず、っつーけどさ。
あれぜったいウソで、神様とやらはえこひいきしまくりだろう。 けど俺、そのうちとんでもないことに気づいた。
ちょっと見じゃ分かんねぇけど、こいつのベルトやブーツ、いろんなモンが仕込んである。しかも全部戦うための道具ときてる。
身のこなしも、明らかに何かの格闘技を使うヤツの動きだった。見かけで判断して手なんか出した日にゃ、間違いなく返り討ちだろう。
でもどうみたってこいつ、俺より年下かせいぜい同じくらい――つまり十歳かそれ以下だ。それなのにこんな技術を身に付けているなんざ、マトモな話じゃなかった。
――うちの生徒、じゃねぇよな?
俺と同じでMeSの生徒っつーのがいちばんありそうだけど、うちの学院にゃこんな子いねぇし。
だいいちこんだけの美少女が在学してりゃ、絶対噂になってる。
「あの……」
呼びかけられて、はっと我に返った。
「次はどっちへ行けば……?」
「あ、悪りぃ。ここは右だよ」
そう言って、先に立って角を曲がる。彼女がすぐ後からついてきた。
だけど足音がしない。当然気配もない。
――どうなってんだよ?
すごく気になる。
けっきょく俺、ためらったけど尋ねてみた。
「おまえさ……どっかMeSの生徒?」
この年でこんな技術を身につけているなんて、やっぱそれ以外に考えつかない。
けどこいつ、不思議そうな顔をした。どうも俺の質問が意外だったらしい。
「学院? 違いますけど……でも、どうしてですか?」
「いや、あっちこっちに凄いもの仕込んでっからさ……」
とたんに瞳が険しくなりやがった。
けっこう迫力がある。
「これが、分かるなんて――」
「そんな顔すんなよ」
なんか思わず慌てながら、ともかく俺は説明した。
「俺、シエラ学院の生徒だからさ。
んであの学校、そのくらい分かんなかったら、やってけないんだよ」
「シエラ学院……いちばん古いMeS、私設の傭兵学校?」
彼女は学院のことは良く知らないらしかった。まるでパンフレットでも読み上げてるみたいな言い方だ。
けどそれで、一応は納得したっぽかった。
「じゃぁ……わかっちゃいますね」
少しほっとしたような表情をみせる。
「でも、あの、このこと……誰にも言わないで、もらえますか?」
「言わない、約束する」
こんな美少女に頼まれて、約束を破れる男いるのか?
少なくとも俺にゃ、出来そうにない。
「すみません、ありがとうございます」
俺の約束に、少女が笑顔になった。大輪の花が咲き誇る感じだ。
そして、あ、と小さく声をあげる。
「あの店?」
『改造屋・バディエンの店』と書いてある小さな看板を、目ざとく見つけたらしい。
たたたっと走って、扉に手をかける。
――ってあの子、やたら素早いぞ?
俺も慌てて後を追っかけた。
「あの、すみません……」
「おっさん、お客だよ」
俺たち二人、店の奥に声をかける。出てきたおっさんは逞しい体つきで、改造屋ってより鍛冶屋って風貌だ。
「なんだ、イマドか。お、今日はずいぶんかわいい連れがいるんだな?」
「おっさんがヘンなとこに店構えてるから、わかんなくて捜してたんだよ。だから案内してきたんだ」
このおっさん、なにかと絡む。
彼女の方は、俺らのやりとりを不思議そうに見てた。けど途中で「そうだ」って小さく言って、おっさんの方に向き直る。
「あの、兄がお願いしてたの……出来てますか? 太刀、なんですけど」
「ん? ああ、出来てるよ。えーと……」
おっさんがごそごそ、その辺を探す。
「あぁ、これだろ?」
出てきたのは小太刀なんかじゃなくて、ホントにまともな太刀だった。
それをこいつ、受け取ってすらりと鞘を外す。
刃の重さなんて感じさせない動作。
そして一瞬、彼女の顔に嬉しそうな、なのに凄絶とも言える笑みが浮かんだ。
◇The Girl
声をかけてきてくれたその人は、とても親切だった。
お店のことを知ってたし、この町にも詳しいみたいで、案内役まで買って出てくれたのだ。
――途中で素性を見抜かれかけたのには、慌てたけど。
けど黙っててくれるって言うし、「世間」っていい人が多いんだと実感した。
ともかく彼の案内で、無事店までたどり着く。
「あの、すみません……」
「おっさん、お客だよ」
奥へ声をかけると、熊みたいな男の人が出てきた。普通改造屋って言うと器用そうな人が多いから、これは珍しいかもしれない。
「なんだ、イマドか。お、今日はずいぶんかわいい連れがいるんだな?」
「おっさんがヘンなとこに店構えてるから、わかんなくて捜してたんだよ。だから案内してきたんだ」
どうやらこの彼、ここの店主と知り合いだったらしい。どうりで店の場所を知ってるわけだ。
けど「可愛い連れ」って……?
別にあたしたち、イヌとか連れてないのに。
それに二人だけで、なにか話が弾んでる。
――あ、そうだ。
そのうちやっとあたし、自分が何をしに来たのか思い出した。
「――兄がお願いしてたの、出来てますか? 太刀なんですけど」
これを受け取らないことには、帰るに帰れない。
「ん? ああ、出来てるよ。えーと、これだろ?」
一振りの太刀を出される。
受けとって鞘を外すと、店内の明かりに照らされて刃が光った。
腕がいいというウワサは本当だったらしい。みごとな仕上がりだ。魔力もよく伝わって、刃との一体感がある。
でもこういうのはやっぱり、試してみないと、と思った。服の試着と同じで、使って初めて分かることは多い。
「あの、試し切りしても……いいですか?」
「え?お嬢ちゃんがかい?」
あたしがそんなこというなんて、思わなかったんだろう。おじさんがとても驚いた顔をする。
でもおじさんに限らず、だいたいの大人の人は、そういう反応だ。
「まぁ、裏のガラクタなら構わないが……」
「ありがとう、ございます」
了解を取った上であたし、店の裏へと回った。
◇Imad
――試し切りしてもいいですか、だって?
太刀を抜く動作だけでも驚いてたのに、こいつとんでもないことを言い出しやがった。
まぁあの身のこなしじゃ無いとは言えねぇけど、それにしたってこの太刀、ちょっとやそっとで使いこなせるわけじゃない。
けど当人は「あたりまえ」って感じで、さっさと店の裏へ回っちまう。しかも不安や迷いは、ぜんぜん伝わってこない。
なんとなく、俺とおっさんも後に続いた。
ワケわかんねぇ妙なアイテムやら木切れやらが置いてある裏手で、こいつがぴたりと止まる。
――ってちょっと待て、普通そんなもんに狙い定めるか?!
そうはいっても俺の思いなんて、他人に伝わるわけがない。
一方でこいつのほうは、何の躊躇いもなく太刀を正眼に構える。
外見からは想像できないような、すさまじい気迫。
こいつが太刀に流してる魔力が、見る見るうちに高まってく。
辺りの空気が張り詰める。
ややあって、すうっとこいつが太刀を振りかぶった。
「破っ!」
裂帛の気合と共に刃を振り下ろす。
――あれ? なにも起こんねぇ?
少なくともそん時、俺にはそう見えた。けどこいつは満足げに微笑む。
そして伝わってくる、自信。
「ありがとうございます。いい仕上がりですね」
同時にこいつが狙い定めてた、腰掛け代わりの石が真っ二つに割れた。
「あわわ……!」
おっさんが腰をぬかす。
「マジかよ……」
俺も心底、度肝をぬかれた。
これでも俺、入学してからずっと、かのシエラ学院じゃ学年首席だ。だからまぁ、手前ミソをさっぴいてもけっこう出来る部類に入る――はずだ。
だけどこいつ、そんなのとはケタが違う。
もっとも当人にとっちゃ、これは別段変わったことじゃないらしかった。
「あの、これ、代金です。
それと……どこか珍しいアイテム置いてる店、ご存知……ありませんか?」
何事もなかったって顔してる。
「え? あ、ああ、アイテムね……? ゲイルの店ならいいかもしれないが……」
おっさんがようやく身を起こした。
「そのお店……どこですか?」
「そうだなぁ、ちょっとややこしいとこにあるから……お、そうだ。イマド、お前案内してこい」
「へ、今なんて?」
もの思いにふけってたからおっさんの声、よく耳に入ってなかった。
「なんだ、また聞いてなかったのか」
あきれた調子で、おっさんが同じことを繰り返す。
「ってわけだから、お前が案内するんだ」
「分かったよ。えぇと……?」
名前を呼ぼうとして、まだ聞いていなかったことに気づく。
「そういえば、名前も言ってなかったよな。俺、イマド=ザニエス。よろしく」
言いながら俺、右手を差し出した。でもこいつ、握らない。
「イマド――? 珍しい名前……ですね。あたしはルーフェイア=グレイスです。
それとすみません、あたし右手出す自信がなくて……」
――とんでもねぇヤツ。
ただ言葉といっしょにすまなそうな感じが来てるから、根は悪いヤツじゃない。
「なんか、すごいんだな。まぁいいや、行こうぜ」
「はい」
俺らまた、並んで歩き出した。