Library


2:素顔

 アイテム屋の方はハズレだった。
 ただ店のために言っとくと、別に品揃えが悪かったわけじゃない。ルーフェイアが欲しがるものがレアすぎってやつだ。
 いきなり「従属石が欲しい」とか言われて、店のやつ目を白黒させてたし。
「欲しかったんだけど……」
「欲しいってなぁ、んな物、あるわけないだろ」
「そう……なんですか?
 けど、これからどうしよう……」
 お世辞にも明るいとは言えねぇ店内から出てきて、まぶしそうにしながらルーフェイアが言う。
「なんだ、予定ないのかよ?」
「列車の切符……夕方、なんです」
「じゃぁ、どっかほか案内してやろうか?」
「ほんとに!」
 なんかこいつ、やけに嬉しそうだ。
「あたし、こういうとこ……あんまり、来なくて」
――はい?
 いったい、どーゆー生活してんだよ?
 けど貧乏でこれない、って感じじゃねぇし……。
――ま、いっか。
 とりあえず、街の中心へ向かって歩き出す。
「小っちぇえ町だし、たいしたもんないけどな」
「いいえ」
 なんでも街中歩けるだけでいいらしい。
 にしても変わってる、つうのかな? ちょっと普通じゃ信じらんない反応だ。
 と、大きな本屋の前でこいつが立ち止まった。
「あの、ここ……入ってもいいですか?」
「ああ」
 別に入ったって、誰も困らない。
 俺がうなずくと、ルーフェイアは喜んで店内へ駆け込んだ。しかもすっげぇ嬉しそうな感情、振りまいてくし。
――それにしたって女子ってふつう、服とかなんか見て回ると思ってたけどな?
 どうもこいつ、普通とは違うみたいだ。
 ただ当人はいたく満足げで、かなり広い店内をざっと一回りしてる。それからきっと好きなんだろう、歴史関係の棚の前で動かなくなった。
「すごい。ここっていろいろある……あ、もう!」
 こいつ小柄だから、高い棚に手が届かないらしい。
「これか?」
 代わりに取ってやる。
「すみません。――あ、これ詳しい」
 やっと見つけた、みたいな調子でぱらぱら本をめくるけど、レジへ持ってく気配はなかった。
「買わねぇのか?」
「買いたいですけど……重くなっちゃう。
 でもあとで落ちついたら、買いに来ようかな?」
 本の題名を覚えるようになぞりながら、妙なことを言いだす。
 けど落ちついたらって……旅行ってワケじゃなさそうだし、引っ越してきた感じでもないし。
 なんとも見当つかない。
「これと……あとこれと……」
「なにメモってんだ?」
「ええ、いろいろ」
 結局、こいつ一冊も買わずに出てきた。なんか題名と出版社、それにちょこっと内容をメモっただけだ。
――きっと店のやつ、ヤだったろうな。
 もっとも本人はンなこと、考えちゃねぇけど。
「この地方……けっこう、暑いんですね」
「まぁな」
 真夏のこの辺は、けっこう日差しがキツい。しかもまだ昼下がりだからなおさらだ。
 けどこいつ、それを気にする様子はなかった。むしろあんまりにも白い肌に、見てるこっちが心配になる。
「どっか入るか?」
「大丈夫、です。
――いいな。こういう街中」
 つま先で石畳叩いて、にこにこしてるし。
 けど、このままぶらぶらしてるだけってのも、芸がないだろう。
「鐘楼、登ってみるか?」
 とりあえず、そう持ちかけてみる。
「あの塔、登れるの!」
 ぱっとこいつの顔が輝いた。
「んじゃ行ってみようぜ。こっちだ」
 俺が走り出すと、こいつも遅れずについてくる。どういう育ち方をしてんのかはともかく、学院の生徒並みに鍛えこんでるのは間違いなさそうだ。
 五分ちょっと走って、町の南にある塔の入り口へ着く。
「高い……」
 この子が真上を見上げながら感心した。
「いちおう、この街の観光名所だからな」
 もっとも建てられた由来は、そんな悠長な話じゃない。
 なにせアヴァン帝国が衰退してからこの方、なにかにつけて戦火に巻き込まれてたこの街だ。だからこの鐘楼は普段は時間を知らせるけど……物見やぐらも兼ねてた。
 イザとなったらこの上に何人も上がって周りを見渡して、いち早くどっかの軍隊――自国の場合だってある――を見つけようってやつだ。
 そしてヤバそうならどっか安全な場所へ、女子供から避難させる体勢が、この街には出来上がって受け継がれてる。
「じゃぁ、今も……使ってるんですか?」
「いつもじゃねぇけど、今は使ってるっぽいな。
 まぁワサールがロデスティオに併合されてからこっち、どうもこの辺キナ臭いしな」
 今じゃどの教科書にも載ってる大戦はあっさり終わったけど、そのどさくさにまぎれて力を伸ばしたロデスティオ国のせいで、どうも不穏な空気は絶えない。
「ほら、一番上にちらっと望遠鏡見えるだろ? あれが四方についてて、この近所見張ってんだ。
 昔は目がいいやつが、上がってたらしいけどな」
「そう、なんですか……」
 説明を聞いたこいつの表情は、なんか意味深だった。妙に厳しい顔して、考え込んでやがる。
「どうかしたのか?」
「え、いえ、なんでも……。
――上がれるんですよね?」
「ああ。ほら、来いよ」
 鐘楼の入り口をくぐる。
「お、イマド、帰ってきたのか?」
「ええ、今日」
 やっぱ叔父さんの知り合いの人が、入り口でいちおうチェックの役についてた。
「そっちは誰だ? ずいぶん可愛い子じゃないか」
「えっと……友達ですけど、ダメですかね?」
 適当にごまかす。
 俺はもう顔パスだからいいけど、物見に使ってると部外者は入れてもらえないことがある。
「友達――学院の子か? そんなら構わんさ。
 お嬢ちゃん、こんな遠いとこまでよく来たな。何にもないけど、ゆっくりしてってくれや」
「はい、ありがとうございます」
 そのまま俺らは螺旋の階段を上がった。
「けっこう……新しい……?」
 もうちょっと古くからある建物だと思ってたんだろう。ルーフェイアのヤツが不思議そうにつぶやく。
「何度も戦乱で壊れちゃ、建て直してっからな。
 鐘楼自体はずっとここにあるけど、こいつは七年前に建てられたやつだってさ」
「七年前……あ」
 数字を聞いて、こいつもすぐピンときたらしい。
 ロデスティオが周りの国へ侵攻し始めたのは大戦が終結したすぐ後からだけど、このアヴァンは間にワサール国が挟まってるせいで侵攻が遅れた。
 でもそれもしばらくの話で、地方へ逃れてたワサールのレジスタンスを一掃した後、このアヴァンへの侵攻が本格的になって――国境近くにあるこの町も大規模な攻略の対象にされた。
「まぁこの塔が爆破されちまった以外は、案外被害少なかったっていうけどな」
「そうなんですか?」
 階段をまだ上りながら、こいつが聞き返す。
「俺もよくは知らねぇけど。
 ただ聞いた話じゃ、学院から例の傭兵隊が派遣されて、短時間でロデスティオ軍追い出したらしいぜ」
 このおかげでアヴァンはどうにか占領を免れて、シエラ学院の傭兵隊はさらに有名になった。
「シエラ学院の傭兵隊って、噂には聞いてましたけど……」
「ま、英才教育してる傭兵学校の、エリート連中だし」
 それから俺、なんとなく訊いてみた。
「お前さ、そういや年、幾つなんだ?」
 多分俺よりは年下だろうけど、聞いてない。
「えっと……十歳ですけど?」
「――はい?」
 思わず一瞬固まった。
 こんな、華奢で俺より頭一つちっちゃいやつが、十歳?!
――マジかよ。
「あの、どうか……?」
「同い年だったとはな……」
「えぇっ?!」
 どういうわけか、こいつまで目を白黒させる。
「そっちこそ、どうしたんだよ?」
「んと、えっと……きっと、年上だって……」
「なるほど」
 確かにちっちゃいこいつを基準にしたら、俺は年上に見えるだろう。
「えっと、あの、ごめんなさい……」
「は?」
 今度はいきなり謝られて、思いっきり悩む。
「なに謝ってんだ?」
「だって、あたし、年を間違えて……」
「ンなの謝んなくていいっての。気にすんなって」
 って言うか、大柄なせいかだいたい俺は年より上に見られる。
「ですけど……」
「だから、いいっての。
 あ、そうそう、いい加減その敬語もヤメな。タメ口でいいから」
 もともと丁寧なんだろうけど、どうもこそばゆくて俺は嫌いだ。
「あ、はい、わかりました……」
「だから、それ」
「え、あ、ごめんなさい、わかった」
 そうこう言ってるうちに、階段が終わる。
 鐘楼の上には交代で見張りしてるらしい青年団の人が何人かと、防災担当のおっさんがいた。
「ども」
 下から連絡が行ってたんだろう、俺らを見ても誰も驚かない。
「お、やっと上がってきたか。
 にしても、お前がわざわざ上がってくるなんて珍しいな。やっぱそのお嬢ちゃんの案内か?」
「そんなとこです」
 叔父さんがこの町じゃ有名人なもんだから、たまに来るだけの俺まで、町のエライさんに顔知られまくってる。
 絶対に悪いことはできないってやつだ。
「ほらお嬢ちゃん、そんなとこ突っ立ってないで、こっち来て見てごらん」
――おっさん。
 美少女ぶりに当てられたのか、猫なで声でルーフェイアの面倒みてやがるし。
「あれ、ちょっと届かないか?
 そしたらほらこれで……よし、この上へ乗ってごらん」
 挙句にその辺に置いてあった木箱を動かして、踏み台にしてやってるし。
「見えるかい?」
「はい、大丈夫です」
 そうやってしばらく、町の外に広がる平原を眺めた後だった。
「あ、煙……?」
「煙?」
 妙なことをこいつが言い出す。
「どっかの改造屋の煙じゃねぇのか?」
「んと、そうじゃなくて、火事みたいな……」
「なにっ!」
 緊張が走る。
「お嬢ちゃん、どこだっ!」
「いえ、あの、そこの町中……」
 おっさんたちの剣幕に押されながらも、ルーフェイアが指差した。
 慌てて見張りの一人が望遠鏡を向ける。
「分かるか?」
「はい、どうにか――南区の十番通りっぽいですね。キナ通りと交差する辺りです」
「え?」
 耳を疑う。
 確か叔父さんとこのいちばん上の姉貴とその娘のネミ、いま住んでるのそこら辺だ。春に来たとき家建て直すってことで、仮住まいへの引越し手伝わされた。
「やべぇ、俺ちと行ってきます。姉貴とか家が今そこなんで!」
「ホントか? だが気をつけるんだぞ」
 慌てて身を翻して階段を駆け下りようとした時。
 ルーフェイアと目が合った。
 不安げでうろたえて……。
――そうか。
 ここでひとりにされるのが嫌なんだろう。
「来るか?」
 言ってやると、こいつがうなずいた。
「んじゃ行くぞ!」
 さっき上がってきた階段を二人で駆け下りて、街中を駆け抜ける。
 にしても、華奢な見かけによらずルーフェイアはタフだ。俺だって学院で鍛えてるのに、ぜんぜん遅れないでついてくる。
 そのうち、前のほうに人だかりが見えてきた。
――って、マジかよっ!
 悪い予感ってのは当たるもんだ。姉貴たちのアパートメント――ってもかなり豪勢――は火元じゃなかったものの、もう隣の炎が移ってた。
「晴天続きだったからな……」
 誰かのつぶやきが聞こえる。
「すいません、通してもらえますか!」
 どうにか人垣をかき分けて家の前まで行くと、その辺の男連中に姉貴が、取り押さえられてるのが目に入った。
「姉貴、だいじょぶか?」
「イマド!」
 声に気がついてこっちへ振り向く。幸いぱっと見、ケガだのヤケドだのはなさそうだ。
 ただほっとしたのも束の間だった。
「ネミがっ! ネミが中にっ!!」
「なんだって!」
 お土産でも買ってって――そいや忘れてた――やろうと思ってたあいつが、まだこの中に取り残されてるって言う。
 けど思いのほか火の勢いは強くて、誰もが二の足踏んでる状態だ。「消防はまだか!」とか、叫び声があがってる。
 と、気配もナシにルーフェイアが隣へ来た。
「中に……誰かいる……の?」
「それが、姉貴の子のネミってチビが――」
「わかった」
 俺の言いかけた言葉が終わらないうちに、こいつがふわりと身を翻す。
「なっ、ちょ、待てっ!」
 止める間があればこそ、あっという間にその姿が、炎が縁取る建物へ消えた。
「ルーフェイアっ!!」
 とっさに――あとで、よくンなことをしたと背筋が寒くなった――俺も後を追う。
「バカヤロっ! 死ぬぞ!!」
「イマドこそ、どうして?! あたしはともかく……死んじゃうじゃない!」
 それは俺のセリフだろ、と思う。どこをどうやったら、炎の中でこいつが平気でいられるってのか。
 けど、言い切るだけあってちゃんと理由があった。
「ちょっと待って、いま精霊、移すから」
 突然、奇妙な感覚が襲う。
――なんなんだよ、これ?
 背筋が逆なでられるような、独特の感覚。
「ごめんね、持ってた精霊……どうにか強制憑依、したんだけど」
「あ、それでか」
 シエラ学院の傭兵隊は、従属精霊を利用した強力な魔法で有名だ。だから俺もいちおう、これについての知識はあった。
 「精霊」って呼ばれる存在は、けっこうありきたりだ。ちょっと曰く付きの山だの洞窟だの滝だの、そういうところへ行けばたいていお目にかかれる。早い話そういう「場」で出来上がった、この世界を作るエネルギーの塊だ。
 しかも、それぞれに意思があったりする。
 なんでエネルギーの塊が出来たうえ意思まで持つのか、これはさすがに分かってなかった。神話の時代の超技術で作られたとか、死んだ人間の魂だとか、異世界から来てるとか、いろんな説があるけど真相は藪ン中だ。
 ともかく精霊はそういうよく分かんねーモノで、でも捕まえて従えて上手に使うと、自分を強くしたりできる。
 にしても。
 精霊を使うとこうなるっては聞いていたけど、どうにもヘンな感じだ。
 ただ、焼けつくような熱さは消えてた。
「炎と煙、だいじょうぶにしてあるから。
――いけない、早くしないと」
 なんかいまいちピンとこないけど、炎やら煙やらでやられるってことはないらしい。
「えっと……二階?」
「いや、三階だ。姉貴んち、今そこだから」
 こいつと二人、炎が舐める階段を駆け上がる。幸い石造りの階段は、まだしっかりしてた。
「ネミ、いるのかっ!」
「待って、なにか……」
 どうもこいつ、耳も鋭いらしい。
「この先……泣き声?」
 廊下の向こう、固く閉ざされた扉を指差す。
「間違いない、姉貴たちの部屋だ。行くぞ!」
「だめよっ、開けたら!
 バックドラフトでいっきに部屋が燃え上がっちゃう!」
「じゃぁどうするんだよ!」
 答えはなかった。代わりにルーフェイアのやつが、何か呪を唱えだす。
「幾万の過去から連なる深遠より、嘆きの涙汲み上げて凍れる時となせ――フロスティ・エンブランスっ!」
 瞬間、冷気系最上級呪文が炸裂した。
 通ってきた後ろに氷の壁が出来たうえ、周りの炎も弱まって消える。
――魔法って、こーゆー使い方もあんのか。
 感心しながら、俺はドアのノブに手をかけた。こっちももう冷えてる。
 それから慌てた。
「早くっ! 今なら開けられる!」
 こいつが急かす。
 けど。
「分かってるけど、開かねぇんだよ!」
 炎にやられたのか、今ので凍りついたのか。ともかくドアはびくともしない。
「どいてっ!」
 しびれを切らしたルーフェイアが、俺を押しのけた。
「ネミちゃん、ドアから離れてっ!!」
 一言警告してこいつ、目にも止まらない速さで蹴りを叩き込む。
 轟音とともに、一撃でドアが砕け飛んだ。
――信じらんねぇ。
 どこをどうやったら、あの細っこい脚でンな離れ業ができるんだか……。
「ネミちゃん!」
 もっともこいつにゃこれは当たり前らしくて、そのまままっすぐ部屋へ飛び込んでる。
「おねえちゃん、だれ……?」
「え、えっと……その、助けに、来たんだけど……」
 そこで詰まるな。
 あんだけ勢いよく魔法放ってドアを蹴り砕いたってのに、ネミの質問にしどろもどろだ。
「ネミっ、逃げっぞ!」
「おにいちゃん?」
 一瞬俺のこと忘れてたらどうしようかと思ったけど、それはなかったらしい。
「おにいちゃん、あつかったよぉ……」
 燃え始めたのと反対側の部屋にいたのがよかったんだろう、ネミはケガした様子もなかった。
「もう、だいじょぶだ」
 すがりついてきたチビを、とりあえず抱きしめる。
 けどルーフェイアのほうは、感動の再会になんざかまっちゃなかった。
「早く、ここから出ないと。火が消えたわけじゃ、ないから」
「そだな」
 まさか通ってきたほうへ行くわけにもいかないから、手近な窓へ近寄る。幸いこっち側は、向こうほどには火は強くなかった。
 でも窓を割って炎が押し寄せるのは、時間の問題だろう。
「こっからロープでも使えば、どうにか……」
「それじゃ、逃げ遅れちゃう。このままネミちゃん抱いて、飛び降りて」
「む、ムチャ言うなって!」
 俺ひとりだって三階なんてヤバいのに、抱いてたネミを落っことしたら笑い話じゃ済まない。
 でもルーフェイアのやつは譲らなかった。
「絶対、大丈夫だから。信じて」
 言いながらこいつ、水系の魔法で毛布を濡らして、ネミのやつを包む。
「冷たいけど、我慢してね。
――ねぇ、お願い」
「わかった」
 こいつのまっすぐな碧い瞳に、信じる気になる。
 それに炎の中から出るには、こうやったネミを抱いて飛び降りるのが、いちばん早くて確実だろう。
「クマさんもぉ!」
 さすが姉貴の娘。マイペース過ぎる。
「これか?」
 さっきまで持ってたんだろう、床に放り出されてたぬいぐるみを拾って持たせて、俺はネミを抱きなおした。
 窓を開けた瞬間、熱風が吹き込む。
「頼むぜ!」
「うん」
 ネミのやつを頭まで包んで、ぎっちり抱いて飛び降りる。
 近づく地面。
「――セレスティアル・レイメントっ!」
 聞いたことのねぇ呪文をルーフェイアが唱えて、落下が一瞬止まる。
 それからごく軽く、地面へ足が着いた。
 次いで今度はルーフェイアが飛び降りてくる。
「大丈夫だった?」
「ああ。
 っと、このチビ、姉貴に返さねぇと」
 とたんにこいつの顔が曇る。
「あたし……ちょっと違うとこ、行っていい?」
「へ? なんでだ?」
「だってその……目立ちすぎちゃったから……」
――そりゃそうだ。
 ただでさえ人目引くヤツなのに、こんなことすりゃ目立つどこの話じゃない。
 ともかくなんかこの辺ワケありらしくて、しかも路地の向こうから人の声が聞こえてきてるから、もう気もそぞろって風だ。
「そしたらそうだな、そこ左に曲がって真っ直ぐ行くと、ガッコの隣に公園あるんだ。
 そこだったらほとぼり冷めるまでいても、目立たないと思うぜ」
「――ありがと」
 言ってルーフェイアが駆け出して、立ち止まる。
「どした?」
「ううん、えっと……あとでそこへ、来てもらって……いい?」
「へ?」
 いきなり何を誘う、と思ったら違った。
「だって、その、精霊……」
「なら、今取ってけよ」
「え、でも、強制でつけたのに、いきなり取ったら……」
 そういうことらしい。
「分かった。んじゃこいつ返したらちゃんと行くから、待ってろな?」
「うん、ありがと」
 今度こそルーフェイアの姿は、路地を曲がって消えた。
「おねえちゃん、いっちゃった?」
「ああ。
――さて、ネミ、ママんとこ行くか?」
「うん!」
 どこまで状況がわかってんのかわかんねぇこいつを抱いたまま、ぐるっと遠回りで表通りへ戻る。
「姉貴!」
「イマド、あなた無事で――ネミっ!!」
 後はもう、言うことナシのご対面だ。
「ネミ、良かった……。イマド、ほんとにありがとう」
「いいけどさ、姉貴、今度っからネミひとりで置いてくなよ?」
「ええ、もう、絶対」
 まぁ、怖くて二度と出来ねぇだろうけど。
 それから姉貴が、思い出した顔になる。
「イマド、あの子は? 無事なの?」
「あの子?
――あ、あいつか」
 きっちりルーフェイアのこと、覚えてたらしい。
 かといって、細かいこと訊かれちゃ困るし……。
「無事だけど、なんか目立ちたくないって言ってさ。
 だから、こっそり逃げて隠れてる」
「あらまぁ。困ったわ……」
 お礼するつもりだったんだろう、姉貴が考え込んだ。
「どこへ行ったか、分かるの?」
「分かるけど、来ないと思うぜ。そゆの、キライらしいし」
「あら……」
 どうにか落ち着いてきたみたいで、姉貴お得意の妙なのんびりペースが復活のきざしだ。
――これ、苦手なんだよな。
 この姉貴のスローペースに巻き込まれると、なんか抜けらんなくなる。ついでに言うと叔父さんちの姉貴三人は妙に個性的で、いつも振り回されるのがオチだった。
 つか姉貴、マイペースはいいけど、家が焼けてるの忘れてねぇか……?
「――そ、それより姉貴、ネミ病院連れてけよ。見た目だいじょぶそうだけど、ほら、一応さ。
 それに出てくっとき、こいつ濡らした毛布で包んじまったから、このままだと風邪ひくかもしんねぇだろ?」
 なんとか別の方向へ話題を持ってく。
 状況が状況だから、姉貴もすぐ乗った。
「そうね、そうよね、そうするわ」
「それがいいって。
 ほら、ちょうど救急車来てるし」
 姉貴とネミをそっちへ押しやって、救急隊にワケを話す。もちろん即刻乗せてくれて、まっすぐ病院行きだ。
「イマド、あの子によろしくね?」
「はいはい」
 ネミが元気だから、姉貴も救急隊もなんかのんびりだ。
「きゅうきゅうしゃー」
 当人、すげーはしゃいでるし。
 消防も到着して、その辺りが池になりそうな勢いで放水してるから、もうだいじょぶだろう。
 ともかく二人を見送って、やっと俺の身体が空いた。
――早くしねぇと。
 途中で迷子ってこたねぇだろうけど、ルーフェイアのやつをひとりで待たせとくのは、なんか怖い気がする。
 で、そっちへ駆け出そうとしたとき。
「イマド!」
 呼ばれて振り向くと、今度は叔父さんと姉貴のダンナだった。
「アーネストとネミはどうしたっ?!」
 仮住まいとはいえ家焼けてるうえに、姉貴とチビの姿が見えないもんだから、半分パニクってる。
「無事だよ」
「どこにいるっ!」
「どっかの病院」
「どっかって、どこだっ!!」
「いや、俺もそれは……」
 ンなの、救急隊しか知らねぇだろうし。
「すぐ探しに行くぞ! ほら、来い!」
「ちょ、ちょいタンマタンマ」
 強引に腕掴まれかけて、慌てて逃げる。
「こらっ、どこへ行く!」
「用事あるんだって! あぁもう、細かいことは姉貴に訊いてくれよな!」
 これ以上とっ捕まらないうちにと、俺は慌てて駆け出した。

前へ戻る / 「憧憬」3章へ

図書館へ戻る