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3:約束

◇Rufeir
 炎の中からどうにか女の子を助け出した後、あたしは教えてもらった公園へ向かった。
――確か、左へ曲がって真っ直ぐって。
 思い出しながら、道路を歩いていく。
 遠い空。
 優しい風。
 強い日差しも夏を思わせて、すてきだ。
 道を行き交う人たちもなんだか、みんな楽しそうだった。
 いいな、こういうの……。
 公園までは、意外なくらいすぐだった。改造屋さんを探してあれだけ迷ったことを思うと、なんだか信じられない。
 中へ入ってみると、まぶしいくらいの緑が生い茂っていた。それにとっても静かで、大通りの賑やかさが嘘みたいだ。
 木々の間からの木漏れ日。
 さらさらと流れぬける風。
 石を並べて作られた、小さな水路のせせらぎ……。
 覗きこんでみると、ちゃんとお魚まで泳いでいた。
 誘われるようにしてブーツを脱いで、足を入れてみる。
――気持ちいいな。
 熱くなっていた足が、冷やされていった。
 まだちょっと暑いせいか、公園内はそれほど人はいない。きっともう少し遅くなってから、みんな夕涼みにでも来るんだろう。
 隣には聞いた通り、学校があった。やっぱり石造りの立派な建物で、威風堂々、という感じだ。
 けど、人の気配はなかった。校庭も校舎も静まり返ってる。
 ちょっと寂しかった。
 学校がどんなとこなのか、あたしは知らない。もちろん何度か目にしたことはあるけど、入ったことは一度もなかった。
 当然だけど、中で何をするのかはもっと分からない。
――勉強だって、いうけど。
 ただそれを、たくさんの人と一緒にやるんだって言う。
 うまく想像できないけど、楽しそうだと思った。
 きっと、分からなかったりしたら、みんなに訊いて……。
 つい泣いてしまいそうになって、あたしは慌てて唇を噛んだ。こんなところで泣いていたら、周りの人だって呆れるだろう。
 なによりあたしには……関係ない話だ。
 考えを無理矢理、明日からのことにもっていく。地形、スケジュール、必要な装備、それから連絡手段。
 かなうわけのない夢よりずっと、そのほうが大事だから……。

◇Imad
 叔父さんと姉貴のダンナを振り切って、俺はどうにか約束の公園まで来た。
――まさか、着いてるよな?
 まぁあいつ方向音痴じゃなさそうだし、さっきの場所とちがって今度は簡単だから、ちゃんと行き着いてるだろう。
 って、あれ?
 広い公園の中をざっと見回しても、ベンチにあいつの姿はなかった。
「自分で返せって言ったくせに、どこ行きやがったんだか」
 独り言いいながら、その辺をふらふら探す。
 もっともどっかの自然公園ってワケじゃねぇから、あいつの姿は割とすぐ見つかった。人工のせせらぎの、水源?に近い奥のほうだ。
 暑かったのか、ブーツ脱いで水に足突っ込んでる。
「悪りぃ、ちょい時間食っちまってさ」
「あ、イマド……?」
 金髪が振り向く。
 なんか、ひどく寂しげな表情だった。
「どした?」
「あ、ううん、なんでもない……」
 口じゃそう言ってるけど、伝わってくるのは涙だ。
――それも、こっちまで悲しくなっちまうような。
 そのまま俺らは沈黙した。
 木の葉がざわめく音と、水の流れる音とが吹きぬける。
 そのうち耐えきんなくなったんだろう、こいつが取ってつけたふうにつぶやいた。
「精霊、回収しなくちゃ……」
「そいや、そだっけな」
 話に乗ってやる。
「えーと、どうすりゃいい?」
「えっと……そのまま動かないで、くれる……?」
 言いながらこいつが水から上がった。
 んでそれから、どっからかタオル出して足拭いて、靴下とブーツ履いて……。
「おーい、早くしてくれって」
「ご、ごめん!」
 慌てたら今度は、足もつれてやがるし。
「落ち着けって」
「う、うん」
 結局、仕切り直してもっかいになった。
「ごめんね、ほんとに今度は……動かないでね」
「分かってるって」
 なんでも強制憑依ってのは、合わねぇ形のとこに無理矢理押し込むようなもんらしい。だから外す時は、引っ張り出す(?)のが大変だって話だった。
 こいつがなんかしてるんだろう。ずーっとしてた違和感が強くなる。
――マジで気持ち悪りぃぞ?
 しかもルーフェイアのやつもなんだか、苦労してるみてぇだった。
「おい、だいじょぶなのか?」
「たぶん……」
 コワいこと言うし。
「もうちょっと……待って。なんだかしっかり、くっついちゃってて……」
「そゆもんなのか?」
 岩場に貼っついてる貝みてぇな言い方だ。
「あたしもこんなの、初めて……あ、戻ってきそう」
 それからまた少し騒いで、ようやく精霊が取れた。妙な感じ同時に収まる。
「ごめんね、その……大丈夫?」
「ぜんぜんなんでもねぇぞ?」
 答えに、こいつがほっとした表情になった。
「んでよ、それ、精霊か?」
「うん」
 ルーフェイアの手の上に二つ、水晶の塊みたいなのがある。ひとつは碧っぽい色で、もひとつは妙にきらきらした感じだ。
「なんか、いっぱい持ってんだな」
「母さんの……借りたの」
「ンな簡単に、貸せるもんなのか?」
 学院の先輩たちなんざ、ほとんど見せてもくれねぇのに。
 ルーフェイアのほうは、俺のつぶやきは聞いてなかったらしかった。公園の中をひととおり、眺め渡してる。
 そして、言った。
「いいよね。こういう……平和なの」
「あ、あぁ……?」
 なんか不思議な言葉だった。
 誰でも言う。この言葉は。それに実際ここは、どう見たって平和だ。
 けどこいつが言うと、この言葉はなぜか重かった。
 そしてまた、沈黙。
 と、流れる風に押されたみたいに、ふわりとこいつが顔を巡らした。
「学校、誰も……いないね」
「夏休みだからな」
 俺が暮らしてる学院はその成り立ちの関係から、孤児を優先的に受け入れてる。だから帰る場所がないやつがかなりの数で、夏休みでもけっこうがやがやしてた。
 だけど普通の学校ってやつはこの時期は完全に休みだから、人がいるほうが珍しいだろう。
「何、するのかな……?」
 分かりきったことを、どういうわけかこいつが訊いた。
「勉強だろ?」
「そっか。
 みんなで……するのかな?」
 ルーフェイアの言うことは、どう考えてもヘンだった。俺だって学院生だから普通といろいろ違ったりってのはあるけど、もうそゆレベルじゃない。
 信じられねぇ思いで、訊く。
「お前さ、もしかして学校、行ったことねぇのか?」
「――うん」
 予想通りの、いちばんヤな答えだった。
 俺は経緯がちょい変わってっから、そゆことはなかった。けど学院にいるおんなじ孤児連中には、前はガッコも行かずに働いてたり悪さしてたりってヤツが多い。
 だから、こいつもたぶん……。
「そしたら、俺と一緒に学院来るか?」
「え?」
 意味が飲み込めなかったらしくて、ルーフェイアのやつがきょとんとした顔になる。
「いや、だからさ、お前親とかいねぇんだろ?」
「ううん、いるけど?」
「は?」
 この答えは予想外だった。
「ちょい待てよ。親がいるのにガッコもいかねぇで、何してんだ?」
「――戦争」
「な……」
 文字通り絶句する。
 確かにこれなら、こいつがめちゃくちゃ強そうだったりいろんなアイテム持ってたりってのは、説明つくだろう。
 けど、ンな話があっていいワケない。傭兵学校に住んでる俺だって、実戦なんざ未経験だ。
 そんな俺へルーフェイアのやつは、別段珍しくもねぇこと言ってるみたいな調子で説明する。
「あたしのうち……父さんも母さんも、傭兵で……だからあたしも、ずっと一緒で……」
「なんなんだよ、それ!」
 聞いた瞬間、俺は大声出してた。
 親と一緒は分かる。けどだからって、こいつまで巻き添え食ういわれはない。
「でも、しょうがないから……」
 諦めきったみたいなこいつの表情が、よけいカンに触った。
「だからって普通、ンなとこガキ連れてくかよ!」
「そうかも、しれないけど……でも、しょうがないの。
 それに父さんも母さんも、あたしと一緒に、いたいみたいだし……」
「あ……」
 それ以上言えなくなる。
 俺はルーフェイアとは、反対だった。おふくろは三歳で死んじまってるし、五歳になると同時に学院に押し込まれて、親父と過ごした記憶もほとんどない。
 そしてある日親父が『亡くなった』って連絡が来て、それで全部終わった。
――どっちが、幸せなんだろうな?
 やむを得ない理由があったとはいえ親父から放り出されちまった俺よりは、ルーフェイアのほうが可愛がられてるだろう。
 でもその代償は、「戦場」。これ以上とんでもねぇ話は、たぶん世の中ないはずだ。
「どうにか、なんねぇのかよ?」
 俺の問いに、こいつは静かに首を振る。
 そして微笑んだ。
「大丈夫、あたし慣れてるし……勉強もちゃんと、してるし……」
「ま、マジメ、なんだな」
 俺なんざ勉強は、逃げられるだけ逃げてるってぇのに。
 ルーフェイアのほうは俺の答えに不思議そうな顔になって、「勉強がいちばん楽しい」っつー、とんでもないこと言ってる。
「お前さ、少しダチと遊ぶとかなんとか、したほうがいいぞ?」
「ダチ……?」
 なんか言葉、通じてねぇし。
「んと、友達。いるだろ?」
「ううん……。
 あ、でも、兄さんとか隊員の人とか……ヒマなら相手、してくれるの」
「なんだよそれ――」
 もう、ガッコどこの話じゃない。
 要するにこいつはどっかの軍の中みてぇなとこで、ダチもなしにただ戦って……。
 なんか腹が立った。
 こいつから伝わってくるのは、悲しさばっかだ。なのに口と表情じゃ、平気な顔してる。
 だからよけい、腹が立った。
「やめろよ」
「え?」
「そんな生活、やめちまえよ!」
 自分でも、何で腹が立つかはわからない。けどどうにも許せなかった。
 そんな俺を呆然と見るルーフェイアの瞳に、急に涙があふれる。
「ごめん……」
「え? あ、いや、泣くなよ。そのさ、お前に怒ったわけじゃ、ねぇから」
 女子に泣かれたことなんかねぇから、めちゃくちゃ対処に困る。
 けどよっぽどこたえちまったのか、どんだけ慰めてもこいつは泣きやまなかった。
「な、頼む、もう泣くなって」
「ごめんなさい!」
 ずーっとこれの繰り返しだ。
 結局俺は、泣きやむのを待つしかなかった。
 ルーフェイアのやつを見ながら思う。
 たぶんこいつは……今の生活が、気にいってるわけじゃないんだろう。でもなんでだか、それをやめようとは思ってない。
 不思議だった。
 それとも、なんか弱みみてぇなのがあって、どうにもならないのか。
「……だいじょぶか?」
 少し収まってきたのを見て、訊いてみた。
 さっきとちょこっとだけ、違う答えが返ってくる。
「ご、ごめんなさい……うん、だいじょうぶ……」
 言いながらルーフェイアのやつが、涙をぬぐいながら顔を上げた。
 あんだけ泣いてさすがにばつが悪りぃのか、俺のほうは見ないで時計に目をやる。
「あ、いけない……」
 もっかい涙をぬぐって、こいつが立ち上がった。
「どした?」
「時間が……」
「へ?」
 間抜けすぎる返事をしちまってから、思い出す。
「そいや、列車がどうとか言ってたっけな」
「うん」
 ルーフェイアのやつがうなずいた。
「急がないと。
 えっと、駅、どっち……?」
 俺が街中引きずり回しちまったから、現在位置がわかんなくなったらしい。
「こっちだ」
 この町だったら俺のほうが断然土地カンがあるから、言葉と一緒に走り出した。
 ルーフェイアも走り出す。
「どのくらい、かかるの?」
「走って十分ちょいってとこだな」
「よかった、近いんだ」
 この答えに内心悩む。
――近くはねぇと思うぞ?
 まぁ日常的に戦争してちゃ、近い部類に入っちまうのかもしれねぇけど……。
 なんか複雑な気分になりながら、それでも俺は走った。
 駅が見えてくる。列車も停まってて、どうやら間に合ったらしかった。
「よかった……」
「乗るまで気ぃ抜くなって」
 目の前で行かれた日にゃ、シャレにもなんねぇだろうし。
 ルーフェイアのやつがポーチから、長距離線専用の、記録石がはまったカードを出す。最近駅で切符代わりに売るようになったやつで、これがないと乗っても客室へは入れねぇから、デッキであっさり車掌に掴まるって寸法だ。
「どこまで行くんだ?」
「国境超えたとこで降りて、あとは車……かな?」
 けっこう遠い。
「ンなとこから、日帰りで来たのか?」
「だって、太刀をちゃんと研げる人って、少ないから……」
 そういやコイツ、元々は太刀を受け取りに来たんだった。けどあの改造屋のオヤジがそんなの出来るなんて、俺は初耳だ。
「あのオヤジ、ンな隠し芸あったのか」
「え?
 確か研ぎ師だけじゃ食べてけなくて……改造屋も始めたって、聞いたけど……?」
「へぇ」
 改造屋のほうもあんだけ腕がいいのに、それが副業だってんなら、そうとうのもんだ。
 そのとき、アナウンスが流れた。もうすぐ発車らしい。
「行かなきゃ。
 ありがと。すごく、楽しかった」
 言ってこいつが列車のデッキへ上がりかけて――振り向いた。
「あのね、えっと……」
「どした?」
 歯切れ悪くためらってから、こいつが口を開く。
「この町から――逃げて」
「は?」
 思いっきり意味が飲み込めなくて、悩んだ。だいいち俺、逃げなきゃヤバくなるような話にゃ、首突っ込んだことない。
 けどこいつは、けっこう真剣だった。
「理由が言えないけど……お願い、ここから早く、離れて」
「あ、あぁ……」
 ともかくうなずく。
 もっともルーフェイアのほうも、それ以上は期待しなかったらしい。
「ごめん、ヘンなこと……言って。
――さよなら」
 背を向けたこいつの金髪が、落ちてきた陽を受けて見事なくらいに輝いた。
「あ、あのな」
 呼び止める。
「え?」
 ルーフェイアのやつがもっかい振り向いて、ふわりと髪が踊った。
 なんか、どきっとする。
「そ、その、俺さ、シエラ学院の寮にいるんだ。だから気が向いたら……遊びに来いよ」
「ほんとに?」
 陽の光以上に、こいつの表情が輝いた。
 同時に海の碧の瞳から、また涙がこぼれる。
「そんなふうに言われたの……初めて……」
 当てなんざ、ホントはどこにもねぇ約束。
 けどそれでも、友達ってのを知らないこいつには、嬉しいらしかった。
「ありがと。きっと、きっと行くから……」
「ああ、待ってる」
 発車を知らせる汽笛が鳴った。

◇Rufeir
 国境を超えてすぐ、予定の駅であたしは降りた。
 改札口を抜けて、あたりを見回す。
 そして、見つけた。
「――兄さん!」
 急いで走り寄る。
「お帰り、ルーフェイア」
 兄さんはあたしと同じ髪で、瞳だけがちょっと薄い。それと、本当は従兄だ。
 でも、そんなこととは関係なしに大好きだった。何でも知ってて、すごく頼りになって……。
「太刀はどうだった?」
「えっと、これ……」
 急いで差し出す。
「すごくよく……出来てるの……」
「さて、本当かな」
「え……」
 信じてもらえない。
「でも、試し切りさせてもらって……ちゃんと石、切れたから……」
「刃こぼれするぞ?」
「ご、ごめんなさい!」
 言われてみれば、あたりまえだ。せっかく研ぎに出したのに……。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
 謝っても済まないけど、でもそれしか出来なくて、何度も謝る。
 そんなあたしの頭を、不意に兄さんが撫でた。
「分かってるよ。お前の腕は、一流だからな」
「……♪」
 褒めてもらった。
「さ、行くぞ」
「うん」
 歩き出した兄さんの後ろを、ついていく。
 あたしの面倒を見てくれるのは、いつも兄さんだった。父さんと母さんも一緒にはいるけど、任務に出てたりどっかへ行ってしまったりで、顔を合わせることがちょっと少ない。
――なにより、変わってるし。
 娘のあたしからみても、両親――特に母さん――は常識外れだった。適当な言葉が見つからないけど、あれは絶対に「普通」っては言わないだろう。
 兄さんが車を置いた場所は、少し距離があるみたいだった。駅前の広場を過ぎても、まだ着く気配がない。
「どこまで……行くの?」
「どこだろうな」
 不安になるようなことを言われる。
「車、だよね……?」
「そんなこと言ってないぞ」
「え……」
 まさかキャンプまで歩くことは、ないはずだけど……。
 けど兄さんはそれ以上何にも言ってくれなくて、あたしは困惑したまま、あとをついて行くだけだった。
「ねぇ、兄さん、ほんとにどこまで……」
「日程が決まったぞ」
 はっとする。
「いつ、なの?」
「五日後だ」
 それで十分だった。
 これでもう――遊びの時間は終わりだ。
「戻ったら、もう少し細かいことを詰めるからな」
「うん」
 日暮れて闇に包まれ始めてるあたりが、また暗くなった気がした。

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