◇Imad
俺は、暗くなって静まり返ったあの公園に居た。
あれから五日過ぎてる。
――ムダに、しちまったな。
あいつが最後に言ったことの意味はずっとわかんねぇで、結局俺はこの町に居っぱなしだった。
ようやく理由がわかったのは、昨日。それもニュースになったからだ。
誰も知りゃしなかったけど、実はロデスティオ軍、国境のすぐ向こうに展開して奇襲するつもりだったらしい。それを軍に関係あるあいつは知ってて、俺に「逃げろ」って勧めたんだろう。
ただ、結果的にはなんにもなかった。奇襲が失敗に終わったからだ。
報道でしか聞いてねぇから細かいことはわかんねぇけど、どうも徴兵されてた元ワサール人の兵士が裏切って、アヴァン側に密告してくれたらしい。
その話が元になって、このアヴァン公国はすぐシエラ学院に傭兵隊の派遣を依頼、合わせて自前の陸軍(そんなたいした部隊じゃない)も動かして、上手いこと奇襲部隊を奇襲したってコトだった。
今はロデスティオ軍の一部の部隊が壊滅、残りはもちょっと奥地の基地目指して敗走してる。
でもそんなことより、俺には気になることがあった。
こないだ会ったあいつは、今どこでどうしてんのか……。
ロデスティオ軍の奇襲の話を知ってて、俺に忠告してくれたくらいだ。たぶん向こうの軍に属してるってやつだろう。
だけど向こうの軍は、敗走してる。壊滅した部隊もある。
「……ルーフェイア、お前バカかよ」
俺に忠告しときながら、自分はその真っただ中だとか、どう考えたってバカの極みだ。
耳を澄ますと静まり返った闇の向こうから、ごく稀に「音」が聞けた。だからたぶん、まだ戦闘は終了してない。
その中で、あの俺よりちっちゃいあいつは、戦ってる。
それとも、もう……。
「ンなわけ、あるかよ」
思わずそう、口に出した。
なにせあいつはあの強さだ。かすり傷だって、そう簡単には負いやしねぇだろう。
けど、自分で確かめたわけじゃない。
だから俺に後できるのは――あいつに何もないうちに戦闘が終わることを、祈るくらいだった。
「イマド、ここに居たのか」
あんまりいつまでも帰らねぇから心配したんだろう。叔父さんが探しに来た。
「いい知らせだぞ」
「知らせ?」
たぶんこの戦闘関係だろう。ただそれがホントにいいか悪いかは、わかんねぇけど。
叔父さんのほうは俺の口調には気づかなかったらしくて、そのまま話し始めた。
「ロデスティオとの間で、停戦協定が結ばれるらしい。お前の先輩たちのおかげだな」
「………」
答えらんなかった。
俺らの先輩が活躍したのは、はっきりいえばまぁ嬉しい。
――けど、あいつは?
でも停戦すれば、ここまで無事ならあとはどうにかなるだろう。
その時。
(イマド……)
声が――声じゃねぇかもしんねぇけど――確かに、聞こえた。
「ルーフェイア?」
「ここ……」
声を頼りに、公園の奥へ走る。
暗がりからあの金髪が現われた。なんかふらついてる感じで、慌てて支えてやる。
――って、ちょっと待て!
服をべったり染めてるのは、血だ。
「お前、ケガしてんのか?」
「ううん……ぜんぶ、返り血……ふふ、やられた……」
こいつが低く嘲う。
たぶん自軍のやつが裏切ったことを、言ってるんだろう。
「なんか、元ワサール人のやつが、密告したんだってな」
「それも……あるんだけど」
また低く、こいつが嘲った。
「他になんか、あるのか?」
「ロデスティオの正規軍、あたしたち傭兵隊を見捨てて盾にして……部隊、壊滅したの」
「じゃぁ、あの壊滅ってのは、まさか――」
「うん。そういう……こと」
俺は、うちの先輩たちがやったことだと思ってた。
けど違う。あれは味方に、見殺しにされたってワケだ。
「考えとくんだった……読みが、甘かった……」
こんなちっちゃいやつが言うとは、思えねぇセリフ。
なんか一瞬背筋に冷たいものを感じて、俺は慌てて話題を変えた。
「でもよ、なんでお前、こんなとこにいるんだ?」
こっから国境はたいして距離はねぇけど、戦闘やってた場所はそのまた向こうの、けっこう離れたトコだ。
まして敗走してんなら、こっちへ来るワケがない。
「たまたまあたし、最前線にいて……前線が、後退してたから……」
疲れてんのか、そこでこいつはいっかい言葉を切った。
「ともかく、下手に撤退するより……こっちへ来た方が、助かると……思って。
それにあたし……小さいから大人みたいに、言われないし……」
よくわかんねぇけど、要するに自分がガキなのを逆手に取って、うまく大人の兵士の目を躱しちまったらしい。
で、あとはどさくさ紛れに国境超えて、町へ入っちまったんだろう。
けど確かにこいつが公園あたりで血だらけで倒れてても、敵だなんて誰も思わねぇはずだ。あとは当人がそゆことさえ言わなきゃ、それで終わる。
――すげぇヤツ。
内心舌を巻きながら、俺は違うことを言った。
「ともかく叔父さんち行こうぜ? 医者だからさ、診てもらえるし」
「うん、ありがと……」
まともに歩けそうもねぇこいつに、手を貸す。
「だいじょぶか?」
「だい……じょうぶ……」
言ってるうちに、こいつの身体から力が抜けた。
「お、おい、しっかりしろよ!
――叔父さん、こっち来てくれ!」
叔父さんは医者だから、こゆ時は頼りになる。
「どうした? お、こりゃ大変だ」
わけもわかっちゃねぇまま、でもばっちり、叔父さんがこいつを抱え上げた。
「すぐ、うちへ運ぶぞ。
イマド、その懐中電灯で足元照らしてくれ」
「わかった」
叔父さんと二人、いつもの道を戻る。
「うん、呼吸はしっかりしてるな。ひどい出血もなさそうだし、顔色もそれほど悪くはないし……。
しかし驚いたな、これは全部他人の血か?」
ルーフェイアのやつ運びながら、しっかり容体チェックしてるし。
「叔父さん、こいつだいじょぶなのか?」
「外傷も見当たらないし、顔色から見て内臓の損傷もなさそうだから、たぶん大丈夫だろう」
「そっか……」
とりあえず、ホッとする。これならたぶんよっぽどじゃなきゃ、ヤバいことにはならねぇだろう。それに叔父さんの家はたいして遠くねぇから、すぐ手当てもできる。
町ん中は、通りも含めてほとんど人影はなかった。外出禁止令なんかは出てねぇけど、やっぱ状況が状況だから、みんな家にこもってる。
けどこれも、明日辺りには解消だろう。
一階が診療所を兼ねてる家まで戻って、俺は呼び鈴を押した。
「はいはい、今開け――あらら」
叔母さんがドアを開けかけて、あんまり驚いてなさそうな顔でびっくりする。この辺、いちばん上の姉貴とそっくりだ。
「可愛いわねぇ。
どこで拾ったの? あたしこんな子、欲しかったのよねぇ」
「叔母さん……」
「あら、違った?」
どっと疲れる。
――ってか看護士なんだから、見りゃ状況分かるだろに。
ただこの人の場合、ほとんどが本気だからかなり怖かったりする。
叔父さんの方は慣れっこだから、まるっきり気にもしねぇで、奥の診療室へルーフェイアのやつを寝かせた。
「ふむ。やっぱり眠ってるだけみたいだな。
――ところでイマド、この子があの、ルーフェイアって娘なのか?」
「そだよ」
ずいぶん迷いはしたけど、結局俺はあの日火事場であったことを、叔父さんたちにはぜんぶ話した。だからネミを助けたのがこいつだってのは、知ってる。
ただ直接見たわけじゃねぇから、叔父さんはイマイチ信じられないみたいだった。
「そうか、こんな子がなぁ……」
「すっげぇ強かったけどな」
あいつにして見りゃ炎の中も、そのヘンの通りと大差ない気がするし。
「まぁいい、ともかく今は診るのが先だな。お礼ならあとから、ゆっくりできるだろう」
叔父さんがその辺から、いろいろ要りそうなモンを出す。
「ほらほら、あなたいつまで居るの?」
「え?」
ぼーっと眺めてっと、叔母さんが妙なことを言い出した。
「だってこいつ、ホントに……」
当人がケガないって言ってたから、たぶん平気だろうけど、やっぱ心配だ。
でも叔母さん、ぜんぜん違う理由だった。
「女の子に興味があるのは分かるけど、やっぱりだめよ?」
「ちっ、ちがっ――!」
「はいはい大丈夫、分かってるわよ」
結局誤解されまくったまま、俺の部屋じゃなくて待合室(なんでだ?)へ追い出される。
「ちょっと待っててね、すぐ終わるから」
「………」
なんか言う気力も失せて、俺はその辺のソファに座り込んだ。
備え付けの通話石が着信の合図を出したけど、無視する。だいいち遊びに来てるだけの俺が出たって、話がこんがらかるだけだ。
――あいつ、何してたんだろな。
戦ってたってのは、だいたい分かる。けどその中で、あいつは何を見てきたのか。
あの時、泣き出しちまったルーフェイア。
ガッコで何するのかも、友達がどんなものかも知らずに、ただ戦う毎日。
けどそれが、あいつにとっての日常で……。
ンなことをぼんやりいろいろ考えてたら、奥から叔父さんが顔を出した。後ろになんか叔母さんも一緒で、診療材料一式抱えてる。
「イマド、すまん、留守番しててくれるか?」
「いいけど叔父さん、こんな時間にどこ行くんだよ?」
この暗いのにと思って訊くと、けっこーシビアな答えが返ってきた。
「町の病院へ昨日から負傷兵が運ばれてるんだが、予想より多かったらしくてな。手が足りないから来てくれと、さっき連絡があったんだ」
――あ、あれか。
俺が無視したのが、そうだったらしい。
「悪いが、頼むな」
「ん、わかった」
まぁ街中は外出禁止令同然の状態だし、こゆ理由なら誰か来ても、すんなり帰ってもらえるだろう。
「あの子は、できるだけ寝かせておくんだ。
それから私たちは裏手の学校にいるから、何かあったらすぐ連絡しなさい」
「了解」
近いってのも、なによりだった。あの公園の隣のガッコなら、走ってきゃすぐの距離だ。
「じゃぁ、頼んだわねー」
妙にうきうきしたふうな叔母さんの声を残して、二人が出てった。
今まで以上に、家の中が静まり返る。
――にしても、もういいよな?
このまま待合室にいるってのも癪に障るから、俺は奥の診療室のドアを開けた。
ベッドの上に、眠ってるルーフェイアの姿がある。
辛そうだった。
眠ってるはずなのに、それでもまだ心が痛そうだ。
「……バカやろ」
小さくつぶやく。
んなに辛いのに、なんでやめねぇんだか……。
と、不意にルーフェイアのヤツが目を覚ました。
「え、あ、その、悪りぃ。
えーと、起こしちまったか?」
「ううん……」
言いながらこいつが起き上がりかけて――がくりと手を付く。
「ムリすんなよ」
「……うん。
けど、これだけ、やらなきゃ……」
大事な話らしくて、こんだけ身体が参ってるってのに、ルーフェイアのヤツはやめようとしなかった。
見かねて訊く。
「何すんだ?」
「あのね……通話石の通信網入れるとこ、ある……?」
「通信網?」
なんでいきなり、と思ってたら、訊くより早くこいつが説明してくれた。
「連絡、したいの……」
「だったら二階の、叔父さんのが使えるぜ」
隣の診療室にもあることにゃあるけど、あれは俺が登録されてねぇから使えない。
「ありがと、わかった……」
でもルーフェイアのやつ、やっぱ起き上がれないらしい。これじゃ二階の部屋どこか、どうやったって三歩も進めねぇだろう。
「明日じゃ、ダメなのか?」
「けど、きっと心配してる、から……」
――そりゃそうだ。
行方不明のままってのと、居場所だけでも分かってるのとじゃ、天と地以上の開きがある。
かといってこの調子じゃ、どうやって連れてったもんだか……。
少し考えて、俺はこいつにもちかけてみた。
「俺が、やっといてやろうか?」
「……いいの?」
「いいぞ?」
町を十キロランニングしろとか言うわけじゃ、ねぇし。
「そしたら……場所、書くから……」
どっからか引っ張り出した紙切れに、ルーフェイアのやつが連絡先を書き付ける。
「ここに、おねがい……」
「オッケー。んで、なんて書きゃいい?」
沈黙が降りた。
こいつの碧い瞳から、涙がこぼれる。
「えっと、おい、だいじょぶか?」
けど答えはなくて、もうひとつぶ涙が落ちた。
それからやっと、こいつが口を開く。
「ルーフェイア=グレイスは無事、同行した兄さん……じゃない、ラヴェルは死亡。
――そう、おねがい」
それだけ言って、ルーフェイアのやつが膝に顔をうずめる。
気持ちは、想像ついた。
俺も親父が死んだって聞かされた時は――目の前で見たわけじゃねぇのに――こたえたなんてもんじゃ、なかった。
ましてやこいつは兄貴を、たぶん目の前で亡くしてる。
「ルーフェイア、一人のほうが……いいか?」
親兄弟の間にゃ、他人は立ち入れない。学院でも独りにしといて欲しいってやつは、けっこういる。
けどこいつは、違うみたいだった。
「ううん、ここにいて……」
辛すぎて、独りじゃいられないんだろう。
その辺の椅子を引っ張ってきて、かける。
でも俺は、何も言わなかった。こんなときになんか言っても、傷つけるだけだ。
死んじまったやつは、戻らないから……。
それからどんくらい経ったのか、やっとルーフェイアのやつが顔を上げた。
「なんか……ごめん」
「気にすんなって。俺もさ、親父死んだときはそうだったし。
軍人だから覚悟してたはずだってのに、いざそうなるとすげーキツいんだよな」
答えながら立ち上がって、冷蔵庫を開ける。中には思ったとおり、薬と並んで幾つか缶ジュースが放り込まれてた。
「飲めよ」
放り投げる。
きれいな放物線を描いて缶が飛んで、上手いことルーフェイアの手の中に収まった。
「ありがと……」
夜の診療室に、缶をあける音が響く。
俺も自分のぶんを出して、今度はベッドの脇に腰掛けた。
「これ飲んだら、寝ろよ?」
「うん、そうする」
そのあとはどっちも何にも言わなくて、ただ夜だけが過ぎてった。