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5:旅立ち

 翌朝。
「おーい、起きられっか?」
 俺は時間を見計らって、診療室に声かけてみた。
「ん……?
 あ、うん、大丈夫」
 驚いたことに、ルーフェイアのやつが即座に目を覚ます。戦場で育っただってだけあって、抜群に寝起きがいいらしい。
「シャワーでも浴びてこいよ。着替え、叔母さんが夕べ出してってたし」
 実は朝浴びに行って、始めて気が付いただけだったりするけど。
 てか、そこまで用意しといて言い忘れる辺りが、さすがあの叔母さんらしい。
「いいの?」
「いいって」
 別に、俺が水道代払うわけでもねーし。
「えっと……どこ?」
「こっちな」
 二階へこいつを連れてく。なんせここんち一階は診療室だから、生活スペースは全部二階と三階だ。
 幸いルーフェイアのヤツは一晩寝たせいか、動けるようになってた。
「そこの廊下の奥な。終わったら、メシあるぜ」
「ほんとに?」
 信じてねぇし。
「ウソついてどうすんだよ。てか、先に行ってこいって」
「あ、うん」
 こいつを風呂場へ押し込んで、その間に急いでメシの最後の仕上げにかかる。
 俺が言ったせいもあるんだろうけど、ルーフェイアのヤツはけっこう長湯だった。
 もっともシャワーなんてしばらくぶりだろうから、気が済むまで浴びたい気持ちは分かる。おかげでこっちも、慌ててやらずにすんでいい感じだ。
 と、盛大な音が風呂場の方から響いた。
 焦って脱衣所へ飛び込む。貧血でも起こしてひっくり返ってたらヤバい。
「おい、だいじょぶか!」
「だ、だいじょぶ……」
 幸い、こいつは何でもなかったらしい。脱衣カゴがひっくり返って、服が散らばってるだけだ。
「ちょっと……滑っちゃって」
「まだ調子悪いんじゃね?」
 なんせ夕べの今朝だ。いくら寝たからって、まるっきり元通りになるわけもねぇし。
「そう、なのかな……いやぁっ!」
「へ?」
 タオルが飛んできた。
「やだっ、見ないでっ!」
「――あぁ」
 やっと言ってる意味を理解する。
――けどなぁ。
 もうバスタオル羽織ってっから、裸ってワケじゃない。しかもついでに、そのバスタオルの下が……。
「ネミ並みの幼児体型見せられてもなぁ、別にどうってことね……」
「――!」
 間髪入れずにカゴがダブルで飛んできて、どっちも俺の頭に豪快に命中した。思いっきり怒らせたらしい。
「ンな怒らな――ちょ、待てっ!」
 続けて来た蹴りをどうにかかわす。
「つかお前、タオル一枚で蹴りかますなって!」
 丸見えだっての。
「え? あっ、やぁぁぁぁっ!」
 だから自分でやっといて、悲鳴あげんなよ……。
「えーとその、ともかく服、着ろよな? 俺、外にいっから」
「うん……」
 しゃがみこんだこいつが、半ベソでうなずく。強烈な蹴りとかシャレにならねぇけど、こーゆーとこはなんか可愛い。
 外でしばらく待ってから、俺は声をかけた。
「もう平気か?」
「――うん」
 答えを待ってから開ける。さすがにおんなじこと繰り返してヒドい目に遭うのは、願い下げだった。
「さっきのすげぇ音で、お前が倒れたと思ったんだよ」
「……ごめん」
 着替えてる間に、こいつの頭も冷えたっぽい。
「ホントになんでもねぇんだな? どっかぶつけてねーだろな? 気持ち悪いとかねぇよな?」
 ぱっと見問題なさげだけど、念のために訊く。
「それは、だいじょうぶ……ごめん」
「ならいいや、メシ食おうぜ。腹減ったし」
「ご飯って……ホントに?」
 また言われるし。
「ウソ言ってどーすんだって、さっきも言ったろ?」
「でも……」
 まだ半信半疑のこいつを、食堂へ連れてく。
「すごい。料理……できるんだ」
「その辺のモン、並べただけだぞ?」
 いったいこいつ、どーゆー食生活してんだか。
 なにせテーブルの上に並んでるのなんざ、残ってた野菜のサラダとスープ、あとはトーストと目玉焼きとベーコンとミルクだけだ。
 ちなみに叔父さんたちは、夕べ駆り出されたっきりでまだ戻ってない。
「その辺、座れよ」
「うん」
 思ってたよりかは元気になってるこいつが、椅子にかけた。
「こんなちゃんとしたご飯……久しぶり」
「お前マジでメチャクチャな生活、してねぇか?」
 これが「ちゃんと」ってんじゃ、あとは推して知るべしってやつだろう。
 まぁ戦争してちゃ、しょうがねぇんだろうけど……。
 半分呆れながら、ともかく俺も座る。
「味付け、わかんねぇからほとんどしてねぇんだよ。そこの塩でもなんでも取って、自分で足してくれよな」
「うん、わかった」
 ルーフェイアが食べ始める。
――やっぱ可愛いよな、こいつ。
 金の髪で海色の瞳した、とびっきりの美少女だ。だからメシ食ってても、アンティーク人形が動き出したみてぇな雰囲気になる。
 なのにめっぽう強くて、けど繊細ですぐ泣いちまって、でも平気で炎の中へ飛び込んじまったり……。
「えっと……なに?」
「へ? あ」
 メシ食うの忘れて見てた。
「あたし……なにか、しちゃった……?」
「してねぇしてねぇ。
 それよりよ、その、えーと――あ、そうそう、おふくろさんから連絡、来てたぜ?」
 慌てて話題を変える。
「なんか、けっこーこの近くにいるらしいこと、書いてあった」
「ほんとに?」
「ああ」
 ざっとしか見ちゃいねぇけど、書いてあったことをこいつに言ってやる。
「じゃぁ、父さんも母さんも……無事だったんだ」
「よかったな」
 ただでさえ兄貴が死んじまったってのに、そのうえ「両親も」なんてことにならなくて、なによりってやつだ。
「居場所書いて返信しといたから、そのうちここ、来るんじゃねぇか?」
「母さんの性格じゃ、今日中に……来るかも」
 言い方からするとこいつの親、そうとうの行動派らしい。
「まぁいいや。ともかくメシ、食っちまえよ」
「うん」
 今度は俺も食べ始める。
 俺の通ってる学院の話だのなんだのしながらメシ食って――最後に違う話になった。
「お前さ、これからどうすんだ?」
 なんでンなこと訊いたかは、分からない。
 ルーフェイアのほうも、なんてことなしに答えた。
「しばらくは、休めると……思う」
「しばらくって、そのあとはどうすんだよ?」
 俺の質問に、ルーフェイアのやつが視線を落とす。
 海色の瞳から、涙がひとすじこぼれた。
「――やめちまえよ」
 俺が言うと、涙がさらにこぼれる。
「ヤなんだろ? だったら、やめちまえって」
 答えの代わりに、ルーフェイアが首を振った。
「なんでだよ?」
「だって……」
 あとは言葉にならない。ただ泣くだけだ。
「けどお前、ヤなんだろ? ガッコ行きたいんだろ?
 じゃぁ、そう親に言えよ」
「……だめ……」
 呆れる。
 ンなとこ頑固じゃなくたって、構わねぇだろうに。
 けど何度言っても、こいつは首を縦に振ろうとはしなかった。泣きながら、「だめ」の一点張りだ。
「お前、頭冷やせよ!
 今度はどうにかなったって、次はねぇかもしれねぇだろ!」
「だって、だって……」
 泣きじゃくる。
「やめて……言わないで……」
 泣きながらこう言われると、俺も弱い。
「その、だからさ、ともかく親に言ってみろよ。ちゃんと『イヤ』だって」
「………」
 そこへ、呼び鈴の音が響いた。
「お、お客さん……?」
「お客ってなぁ」
 医者に来るのはお客じゃなくて、患者だ。
――もっともそれじゃ、困んだけど。
 診てもらいに来る人に「帰れ」っつーのは、ちょい楽しくない。
 もっかい呼び鈴が鳴った。
「どなたかいらっしゃいませんー?」
「すいません、いま開けるんで」
 慌てて走ってって、ドアを開ける。
「すいません、今ここ医者が……あれ、もしかしてルーフェイアの?」
 ドアの外に立ってたのは、大人が二人。男と女だ。んで女の人のほうが、髪とか瞳の色とか顔立ちなんかが、ルーフェイアと似てる。
 これはどう考えたって、こいつの親父さんとおふくろさんだろう。
「じゃぁ、あなたがメールをくれたのね? ルーフェイアは今どこ?」
 おふくろさん(たぶん)が、俺にいきなり訊いてくる。
 それをルーフェイアの声がさえぎった。
「かあさん! いきなり質問攻めにしたら、だめよ」
「――なんか、元気そうね」
「うん」
 いつの間にやら涙も拭いちまって、あの落ち込んだ様子なんざ微塵も感じさせない。
――バカかよ。
 あれだけ嫌がってたってのに、親の前じゃ知らん顔してる。
 まぁもしかしたら、親子ってのはこゆもんなのかもしれねぇけど。
 ただなんせ俺、さっさと親父もおふくろもいなくなっちまったから、そのあたりはよく知らなかった。
 ンなこと考えてる間にも、ちゃっちゃと話は進んでる。
「いまね、朝ご飯……食べさせてもらってたの。
 その、太刀取ってくる」
 ルーフェイアのヤツが、ひょいと奥へ引っ込む。
 俺も思わず後を追った。
「おい、ホントに行くのか?」
「――うん。
 迎えに来てくれたのに、待たせてられないから」
 またか、そう思う。
 どう見たってこいつの本心は、そんなとこには、ない。
「いいかげんにしろよ! お前、ホントはンなこと思ってねぇだろ!」
「でも!」
 珍しく、ルーフェイアの口調が強くなった。
「でも、これはあたしの、あたしの……!」
「だから、頭おかしいってんだよっ!
 だいたい、お前が学校――」
「だめっ! それ言わな――」
「あんたたちやめなさいっ!」
 もひとつかぶった迫力の声に、思わず二人で黙る。
「まったくもう、いきなりケンカなんて始めて。何考えてるんだか」
「あー、すいません、つい」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
 一転して平謝りしだすの、こいつの習性か?
「ごめんなさい、すぐ、行くから……」
 それをおふくろさんが、止めた。
「ルーフェイア、やっぱりあなた、学校行きたいのね?」
 まっすぐ見つめられて、ルーフェイアのやつがうつむく。
「どうなの?」
「ごめんなさい! ほんとに行こうなんて、思ってない……」
 必死の表情。
――なんでだ?
 けど理由はこのときは、分かんなかった。
「どうして言わなかったの?」
「だって、だってあたし、この家に……」
 俺に分からねぇ話を、母娘が始める。
「たしかにそうね。でもだからって、行ったらいけないなんてこと、ないのよ?」
 瞬間、こいつの表情が変わった。
「なんで……?」
 何かに裏切られた。そんな顔。
「どうして今ごろ、そんなことっ……!」
 いつもとは違う涙が、こいつの瞳からこぼれる。
「みんな、だってみんな、あたしは戦うためにいるって!
 だから、だからあたし――!」
 親二人――特におふくろさん――の表情が、曇った。
「どうして、どうして……」
 よっぽどのことなんだろう、抗議しつづけるこいつを、おふくろさんが抱きとめる。
 何も言わないのに、見てるこっちのほうが辛かった。
 こいつの親は最初っから、知ってたんだろう。ただなんか、理由があって……。
「あのよ――さっきも言ったけどさ、学院、来るか?」
 なんでそう言ったかは、自分でも分からない。
 けどそれが、いちばんいいような気がした。
「お前、俺と同い年だろ。なのにダチもいないなんての、やっぱどうかしてるし。
 あとなんかお前メチャクチャ強えぇけど、そーゆーのあそこは平気だしさ」
 話聞いて、おふくろさんが顔を上げる。
「あなたの学校? でも普通のとこじゃ……」
「俺んとこ、MeSなんで」
 おふくろさんが、はっとした表情になる。
「その手があったわね……あぁもう、あたしとしたことが、そんなことにさえ気づかないなんて」
 なんかやたら傲慢な言い方だけど、この人の場合それが当然に思えるからすごい。
「それならやれるかもしれないわね。普通の学校じゃないぶん、かえって楽かもしれないし」
「……そうだろうな」
 初めて親父さんも、口を開いた。
「それに前線は、子供が居る場所じゃない」
「父さんまで、そんなこと言うの――?!」
 弾かれたみてぇに、ルーフェイアが振り向く。
「そんなの、そんなのひどい……」
 泣きじゃくるこいつの細い身体を、おふくろさんがまた強く抱いた。
「ごめんね。本当は分かってたのよ。
――でも、出来なかった。それにMeSなんて思いつかなかった」
 驚いた表情でルーフェイアのヤツがおふくろさんを見る。
「母さん……?」
 辛いすれ違い。
 ただ間違いないのは、どちらも相手のことを思ってたってことだ。
「いろいろやったけど、普通のところじゃダメだった。
 いつもあなたは、あたしたちの想像を超えてて……」
 良く似た碧い瞳が、こいつを見返した。
「けど彼の言うとおり、ああいうとこならあなたでも大丈夫だと思う」
「でも……」
 まだ困惑するこいつに、両親がうなずいた。
「お前がそうしたいなら、行くといい」
 親父さんが答える。
「MeSったらやっぱりシエラかしら? あそこの学院長は誰だったかしらね」
 おふくろさん、すげー強引。もうカンペキに行かせる気でいる。
 正直こゆタイプの親から、どうやってこゆ大人しい娘が生まれたんだか、かなり謎だ。
「シエラ学院ならついでに上級傭兵になっとけば、箔もつくから一石二鳥だし。
 そういえばアヴァンシティにもあったわよね」
 って、俺が言ってるのってそこじゃなくて……。
 まぁ部外者にしてみりゃいくつかある学院のどれも、一緒なんだろうけど。
「えーと、アヴァン分校じゃ上級傭兵、なれないですよ?」
「あら、そうなの?」
 説明書があるわけじゃないから、一から説明する。
「あれ、本校の生徒だけなんですよ。
 だから分校にいてなりたいヤツは、わざわざ本校に転校するんです」
「同じ学院なのに、複雑なのねぇ」
「俺に言われても」
 なんでそうなってるかなんざ、知りゃしねぇし。
「で、あなたはどこの生徒なの?」
 今度はいきなり話が飛んできた。
「あれ、言ってませんでしたっけ?」
「聞いてないわよ」
 あっさり切り返される。
 けど良く考えてみりゃ、そのとおりだ。このペースに巻き込まれて忘れてたけど、この人と会ったの、ほんのちょい前だし。
「一応、本校ですけど」
「あら、そうなの? じゃぁそこでいいわね」
――いいのか?
 なんかこの人、あんまりにもテキトーっつーか……。
「そこで、って、あそこ親いるとなかなか入れないですよ?」
「あらま、じゃぁ学院長にでも掛け合わなきゃだわね。あそこは学院長誰かしらねぇ」
「オーバル学院長ですけど?」
「あら、やぁね。オーバルって言ったら彼かしら? 最近音沙汰ないと思ったら、そんなところでそんなことやってたなんて、まったくあたしに黙ってそんなことして。
 でも彼なら話が早いわね。すぐ連絡入れなきゃ」
 会ったわけでもねーのに、うちの学院長を知り合いの誰かだって決め付けてるし。
 てかとっとと話、進めちゃってるし。
 ルーフェイアのヤツも話に置いてかれて、さすがに抗議する。
「母さん、そんな勝手に――!」
 けど、おふくろさんのほうが二枚くらい上手だ。
「あらあなた、行きたくないの?」
「それは……」
「じゃぁ決まりね」
 マジ、乱暴な人だし。
「でも、でも……」
「なーに躊躇ってんのよ。行きたかったんでしょ?」
 頭ごしごし撫でられて、やっとこいつがうなずいた。
 それから、訊ねる。
「……父さんと母さんは、それでいいの……?」
「いいに決まってるでしょ」
 おふくろさんは即答。親父さんの方も微笑してうなずく。
 でもそれに、まだルーフェイアのヤツは食い下がった。
「だって……もう、会えないかも……」
 重い言葉。
 確かにそうだ。戦地を渡り歩く傭兵は、いつ死ぬか分からない。
――こいつの、兄貴みたいに。
 だけどおふくろさんも親父さんも、そんなこと気にしてなかった。
「いいわよ。あたしたちがあなたが、幸せならいいんだから。
――行きたいんでしょ?」
 長い沈黙。
 そしてルーフェイアのヤツが、顔を上げた。
「……行きたい。あたし、行きたいの。
 ダメかもしれない――でも、行ってみたい!」
 こんな風にコイツが言うの、もしかしたら生まれて初めてじゃねぇのか?
 なんとなく、そう思った。
 おふくろさんが嬉しそうにうなずく。
「決まりね。すぐ入学の手続きしてあげるわ。
――ディアス、この子連れてちょっと、その辺散歩でもしてきてくれない?」
 おふくろさんがウインクして、ルーフェイアを親父さんに押し付けた。
 二人が外へ出て行く。
 それを見送りながらおふくろさん、背中向けたまま今度は俺に話しかける。
「こんなこと初対面の、しかも子供のあなたに、言う事じゃないんだろうけど」
 さすがにカチンとくる。
――どーせ俺はガキです。
 と、ルーフェイアのおふくろさんが笑い出した。
「あらゴメンゴメン、悪気はないのよ。だってあなた、子供なんだもの」
「子供ですいませんね」
 人の神経、わざと逆撫でしてんのか?
 そんな俺に向かって、お腹抱えて笑いながら、おふくろさんが言った。
「ほら、そんなに怒らないの。
 だいいちね、あたしあの子の親よ? だもの学校行ってる子なんて、みんなまとめてあたしの子供みたいなもんよ」
 まぁ確かにそうなんだろうけど、なんか釈然としねーんですが。
 もっともこの人、そんなのに構う人じゃないわけで。
 と、おふくろさんが不意に哀しい表情になった。
「ねぇ、あの子のこと、守ってやってくれる?」
「――え?」
 予想外すぎるセリフ。
 おふくろさんの表情もあって、上手い言葉が出なくなる。
「……あいつ、俺より強いですよ?」
 やっと言えたのはそれだった。
 ウソ言ってるわけでもない。火事騒ぎの時だって、あいつひとりでどうにかしたようなもんだし。
 ただ、ホントの意味はなんとなく分かった。
 あいつはめっぽう強いけど――。
 少しだけ躊躇ってから、俺は訊いてみた。
「どうして、俺なんです?」
 おふくろさんが不思議な、でも寂しい笑いで答える。
「あなたが初めてなのよ、あの子と本気でケンカしたのは」
 そして一瞬、遠い瞳をした。
 また言葉が繋がる。
「分かったかも知れないけど、うちって複雑でね」
「そりゃ分かりますって」
 ガキ連れて戦争行ってるだけでもどうかしてるって気はするけど、さっきの話はなんとなく、そんだけじゃない。
 なんつーかこう、もっとデカいバックがありそうな……ンな雰囲気だった。
 そしてあいつは当然、モロそこに巻き込まれてる。
 おふくろさんがため息をついた。
「少しだけ……うちとあの子の事、話すわ」

◇Caleana
 かなり長く続いてるうちには、ひとつの言い伝えがある。
 内容は悲劇。それもどこまでも一方的で、悲惨な話。
 悲恋物語なんか比じゃない。そんな自由さえないまま運命に翻弄されて、生きて死んでいった話だ。
 そしてそれは……あの子と関係があった。
 ただの言い伝え。自分でも、そう思うのだけれど。
 でもどうしても引っかかった。それも今になって。
 あの話には、後日談があると言われてる。
 でも、そう言われているだけだった。内容は家に伝えられてる物のどれを見ても、きれいに消されている。
 誰が何の意図で消したのかは、分からない。けど徹底してるとこから見ても、その内容を伝えたくなかったのは分かる。
 それが果たしてあの子を守るものなのか、それとも破滅へ追い込むものなのか、それも分からない。
 そんなものをなんで、いま急に気にするのか。自分でも理解できやしない。
 なのに……何かがそうしろと、頭の奥から告げてた。
 だから、この子に言う。
「あの子のこと――頼むわね?」

◇Imad
「すごい、ここが……シエラ学院?」
 船に揺られながら、ルーフェイアのヤツが呆然と見上げた。
 行く先の島は濃い緑で覆われて、その間からそびえる尖塔が見える。およそMeSっていう先入観とは、かけ離れてるってやつだ。
「けっこう、大っきいだろ?」
「うん」
 なんたって、小さいたって島が丸ごとだ。つか実地訓練用の場所まで入れたら、このチビ群島全部が学校だった。
 俺らあのあとアヴァンから海越えてユリアス国入って、そのあと列車に乗り継いで、ケンディクまで帰ってきた。
 そのあとルーフェイアのヤツがいろいろ手続きだのあるってことで、シエラのケンディク分校で三日ばっかし足止めくらったけど、今日許可が下りたとこだ。
 つか学院長、本気でこいつのおふくろさんの知り合いだったらしい。
 ホントなら親アリは審査で何ヶ月とか待たされるし、春までは分校生やるのが決まりだ。なのにこいつよっぽどなのか、速攻って言っていい速さで、分校飛び越えて本校への入学許可出てたりする。
 たぶんあの複雑な事情を話したんだろけど、それが言えるってことは、かなり仲がいいんだろう。
 逆に考えると、最初っからここ来てりゃさっくり入学できたわけで、その意味じゃルーフェイアのヤツはかなり運がない。
 まぁ、いまさらだけど。
「この本島に、寮と校舎あってさ。実地訓練なんかは別の島でやるんだぜ」
「そうなんだ……」
 その間にも船は進んで、船着場に着く。狭い場所に高速艇まで停泊させてるから、間縫って接岸するのが大変だ。
 綱が渡されて、船がしっかり繋がれる。
「気をつけろよ、時々落っこちるバカいっから」
「うん……」
 揺れる足元を確かめながら、桟橋へと飛び降りる。
 切り立った崖の間の、坂道を登ってくと、いつもみてぇに視界が開けた。
「きれい……」
 ルーフェイアが声をあげる。
 石造りなのに微妙な曲線が多い建物と、上手く配置された五つの塔。周りの木とか草花も専門の庭師――半分ボランティアのじっちゃんばっちゃん夫妻だ――がきっちり手入れしてるから、絵に描いたみたいな調和ぶりだ。
 じっさいけっこう評価も高いらしくて、年に何回か、一般解放までされてる。
「……なんか、夢みたい」
 ルーフェイアのヤツが立ち止まった。
「でも、夢じゃない……よね? あたし、ここに行けるんだよね……?」
 不安げな表情で、こっちへ振り向く。
「夢なわけねぇって。
――おい、頼むからここで泣くんじゃねぇぞ。おれが泣かしたと思われるかんな」
「だいじょぶ……」

――そしてこの後二人は、この学院で十年の歳月を重ねることになる。

Fin

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◇あとがき◇
最後まで読んで下さって、ありがとうございました。
シリーズの2作目ですが、時系列ではこれが最初です。ややこしい並びですみません
感想等をいただけたらとても嬉しいです。当分連載するので、これからも見にきてくださると嬉しいです。

Web拍手 ←Web拍手です


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