翌朝。
「おーい、起きられっか?」
俺は時間を見計らって、診療室に声かけてみた。
「ん……?
あ、うん、大丈夫」
驚いたことに、ルーフェイアのやつが即座に目を覚ます。戦場で育っただってだけあって、抜群に寝起きがいいらしい。
「シャワーでも浴びてこいよ。着替え、叔母さんが夕べ出してってたし」
実は朝浴びに行って、始めて気が付いただけだったりするけど。
てか、そこまで用意しといて言い忘れる辺りが、さすがあの叔母さんらしい。
「いいの?」
「いいって」
別に、俺が水道代払うわけでもねーし。
「えっと……どこ?」
「こっちな」
二階へこいつを連れてく。なんせここんち一階は診療室だから、生活スペースは全部二階と三階だ。
幸いルーフェイアのヤツは一晩寝たせいか、動けるようになってた。
「そこの廊下の奥な。終わったら、メシあるぜ」
「ほんとに?」
信じてねぇし。
「ウソついてどうすんだよ。てか、先に行ってこいって」
「あ、うん」
こいつを風呂場へ押し込んで、その間に急いでメシの最後の仕上げにかかる。
俺が言ったせいもあるんだろうけど、ルーフェイアのヤツはけっこう長湯だった。
もっともシャワーなんてしばらくぶりだろうから、気が済むまで浴びたい気持ちは分かる。おかげでこっちも、慌ててやらずにすんでいい感じだ。
と、盛大な音が風呂場の方から響いた。
焦って脱衣所へ飛び込む。貧血でも起こしてひっくり返ってたらヤバい。
「おい、だいじょぶか!」
「だ、だいじょぶ……」
幸い、こいつは何でもなかったらしい。脱衣カゴがひっくり返って、服が散らばってるだけだ。
「ちょっと……滑っちゃって」
「まだ調子悪いんじゃね?」
なんせ夕べの今朝だ。いくら寝たからって、まるっきり元通りになるわけもねぇし。
「そう、なのかな……いやぁっ!」
「へ?」
タオルが飛んできた。
「やだっ、見ないでっ!」
「――あぁ」
やっと言ってる意味を理解する。
――けどなぁ。
もうバスタオル羽織ってっから、裸ってワケじゃない。しかもついでに、そのバスタオルの下が……。
「ネミ並みの幼児体型見せられてもなぁ、別にどうってことね……」
「――!」
間髪入れずにカゴがダブルで飛んできて、どっちも俺の頭に豪快に命中した。思いっきり怒らせたらしい。
「ンな怒らな――ちょ、待てっ!」
続けて来た蹴りをどうにかかわす。
「つかお前、タオル一枚で蹴りかますなって!」
丸見えだっての。
「え? あっ、やぁぁぁぁっ!」
だから自分でやっといて、悲鳴あげんなよ……。
「えーとその、ともかく服、着ろよな? 俺、外にいっから」
「うん……」
しゃがみこんだこいつが、半ベソでうなずく。強烈な蹴りとかシャレにならねぇけど、こーゆーとこはなんか可愛い。
外でしばらく待ってから、俺は声をかけた。
「もう平気か?」
「――うん」
答えを待ってから開ける。さすがにおんなじこと繰り返してヒドい目に遭うのは、願い下げだった。
「さっきのすげぇ音で、お前が倒れたと思ったんだよ」
「……ごめん」
着替えてる間に、こいつの頭も冷えたっぽい。
「ホントになんでもねぇんだな? どっかぶつけてねーだろな? 気持ち悪いとかねぇよな?」
ぱっと見問題なさげだけど、念のために訊く。
「それは、だいじょうぶ……ごめん」
「ならいいや、メシ食おうぜ。腹減ったし」
「ご飯って……ホントに?」
また言われるし。
「ウソ言ってどーすんだって、さっきも言ったろ?」
「でも……」
まだ半信半疑のこいつを、食堂へ連れてく。
「すごい。料理……できるんだ」
「その辺のモン、並べただけだぞ?」
いったいこいつ、どーゆー食生活してんだか。
なにせテーブルの上に並んでるのなんざ、残ってた野菜のサラダとスープ、あとはトーストと目玉焼きとベーコンとミルクだけだ。
ちなみに叔父さんたちは、夕べ駆り出されたっきりでまだ戻ってない。
「その辺、座れよ」
「うん」
思ってたよりかは元気になってるこいつが、椅子にかけた。
「こんなちゃんとしたご飯……久しぶり」
「お前マジでメチャクチャな生活、してねぇか?」
これが「ちゃんと」ってんじゃ、あとは推して知るべしってやつだろう。
まぁ戦争してちゃ、しょうがねぇんだろうけど……。
半分呆れながら、ともかく俺も座る。
「味付け、わかんねぇからほとんどしてねぇんだよ。そこの塩でもなんでも取って、自分で足してくれよな」
「うん、わかった」
ルーフェイアが食べ始める。
――やっぱ可愛いよな、こいつ。
金の髪で海色の瞳した、とびっきりの美少女だ。だからメシ食ってても、アンティーク人形が動き出したみてぇな雰囲気になる。
なのにめっぽう強くて、けど繊細ですぐ泣いちまって、でも平気で炎の中へ飛び込んじまったり……。
「えっと……なに?」
「へ? あ」
メシ食うの忘れて見てた。
「あたし……なにか、しちゃった……?」
「してねぇしてねぇ。
それよりよ、その、えーと――あ、そうそう、おふくろさんから連絡、来てたぜ?」
慌てて話題を変える。
「なんか、けっこーこの近くにいるらしいこと、書いてあった」
「ほんとに?」
「ああ」
ざっとしか見ちゃいねぇけど、書いてあったことをこいつに言ってやる。
「じゃぁ、父さんも母さんも……無事だったんだ」
「よかったな」
ただでさえ兄貴が死んじまったってのに、そのうえ「両親も」なんてことにならなくて、なによりってやつだ。
「居場所書いて返信しといたから、そのうちここ、来るんじゃねぇか?」
「母さんの性格じゃ、今日中に……来るかも」
言い方からするとこいつの親、そうとうの行動派らしい。
「まぁいいや。ともかくメシ、食っちまえよ」
「うん」
今度は俺も食べ始める。
俺の通ってる学院の話だのなんだのしながらメシ食って――最後に違う話になった。
「お前さ、これからどうすんだ?」
なんでンなこと訊いたかは、分からない。
ルーフェイアのほうも、なんてことなしに答えた。
「しばらくは、休めると……思う」
「しばらくって、そのあとはどうすんだよ?」
俺の質問に、ルーフェイアのやつが視線を落とす。
海色の瞳から、涙がひとすじこぼれた。
「――やめちまえよ」
俺が言うと、涙がさらにこぼれる。
「ヤなんだろ? だったら、やめちまえって」
答えの代わりに、ルーフェイアが首を振った。
「なんでだよ?」
「だって……」
あとは言葉にならない。ただ泣くだけだ。
「けどお前、ヤなんだろ? ガッコ行きたいんだろ?
じゃぁ、そう親に言えよ」
「……だめ……」
呆れる。
ンなとこ頑固じゃなくたって、構わねぇだろうに。
けど何度言っても、こいつは首を縦に振ろうとはしなかった。泣きながら、「だめ」の一点張りだ。
「お前、頭冷やせよ!
今度はどうにかなったって、次はねぇかもしれねぇだろ!」
「だって、だって……」
泣きじゃくる。
「やめて……言わないで……」
泣きながらこう言われると、俺も弱い。
「その、だからさ、ともかく親に言ってみろよ。ちゃんと『イヤ』だって」
「………」
そこへ、呼び鈴の音が響いた。
「お、お客さん……?」
「お客ってなぁ」
医者に来るのはお客じゃなくて、患者だ。
――もっともそれじゃ、困んだけど。
診てもらいに来る人に「帰れ」っつーのは、ちょい楽しくない。
もっかい呼び鈴が鳴った。
「どなたかいらっしゃいませんー?」
「すいません、いま開けるんで」
慌てて走ってって、ドアを開ける。
「すいません、今ここ医者が……あれ、もしかしてルーフェイアの?」
ドアの外に立ってたのは、大人が二人。男と女だ。んで女の人のほうが、髪とか瞳の色とか顔立ちなんかが、ルーフェイアと似てる。
これはどう考えたって、こいつの親父さんとおふくろさんだろう。
「じゃぁ、あなたがメールをくれたのね? ルーフェイアは今どこ?」
おふくろさん(たぶん)が、俺にいきなり訊いてくる。
それをルーフェイアの声がさえぎった。
「かあさん! いきなり質問攻めにしたら、だめよ」
「――なんか、元気そうね」
「うん」
いつの間にやら涙も拭いちまって、あの落ち込んだ様子なんざ微塵も感じさせない。
――バカかよ。
あれだけ嫌がってたってのに、親の前じゃ知らん顔してる。
まぁもしかしたら、親子ってのはこゆもんなのかもしれねぇけど。
ただなんせ俺、さっさと親父もおふくろもいなくなっちまったから、そのあたりはよく知らなかった。
ンなこと考えてる間にも、ちゃっちゃと話は進んでる。
「いまね、朝ご飯……食べさせてもらってたの。
その、太刀取ってくる」
ルーフェイアのヤツが、ひょいと奥へ引っ込む。
俺も思わず後を追った。
「おい、ホントに行くのか?」
「――うん。
迎えに来てくれたのに、待たせてられないから」
またか、そう思う。
どう見たってこいつの本心は、そんなとこには、ない。
「いいかげんにしろよ! お前、ホントはンなこと思ってねぇだろ!」
「でも!」
珍しく、ルーフェイアの口調が強くなった。
「でも、これはあたしの、あたしの……!」
「だから、頭おかしいってんだよっ!
だいたい、お前が学校――」
「だめっ! それ言わな――」
「あんたたちやめなさいっ!」
もひとつかぶった迫力の声に、思わず二人で黙る。
「まったくもう、いきなりケンカなんて始めて。何考えてるんだか」
「あー、すいません、つい」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
一転して平謝りしだすの、こいつの習性か?
「ごめんなさい、すぐ、行くから……」
それをおふくろさんが、止めた。
「ルーフェイア、やっぱりあなた、学校行きたいのね?」
まっすぐ見つめられて、ルーフェイアのやつがうつむく。
「どうなの?」
「ごめんなさい! ほんとに行こうなんて、思ってない……」
必死の表情。
――なんでだ?
けど理由はこのときは、分かんなかった。
「どうして言わなかったの?」
「だって、だってあたし、この家に……」
俺に分からねぇ話を、母娘が始める。
「たしかにそうね。でもだからって、行ったらいけないなんてこと、ないのよ?」
瞬間、こいつの表情が変わった。
「なんで……?」
何かに裏切られた。そんな顔。
「どうして今ごろ、そんなことっ……!」
いつもとは違う涙が、こいつの瞳からこぼれる。
「みんな、だってみんな、あたしは戦うためにいるって!
だから、だからあたし――!」
親二人――特におふくろさん――の表情が、曇った。
「どうして、どうして……」
よっぽどのことなんだろう、抗議しつづけるこいつを、おふくろさんが抱きとめる。
何も言わないのに、見てるこっちのほうが辛かった。
こいつの親は最初っから、知ってたんだろう。ただなんか、理由があって……。
「あのよ――さっきも言ったけどさ、学院、来るか?」
なんでそう言ったかは、自分でも分からない。
けどそれが、いちばんいいような気がした。
「お前、俺と同い年だろ。なのにダチもいないなんての、やっぱどうかしてるし。
あとなんかお前メチャクチャ強えぇけど、そーゆーのあそこは平気だしさ」
話聞いて、おふくろさんが顔を上げる。
「あなたの学校? でも普通のとこじゃ……」
「俺んとこ、MeSなんで」
おふくろさんが、はっとした表情になる。
「その手があったわね……あぁもう、あたしとしたことが、そんなことにさえ気づかないなんて」
なんかやたら傲慢な言い方だけど、この人の場合それが当然に思えるからすごい。
「それならやれるかもしれないわね。普通の学校じゃないぶん、かえって楽かもしれないし」
「……そうだろうな」
初めて親父さんも、口を開いた。
「それに前線は、子供が居る場所じゃない」
「父さんまで、そんなこと言うの――?!」
弾かれたみてぇに、ルーフェイアが振り向く。
「そんなの、そんなのひどい……」
泣きじゃくるこいつの細い身体を、おふくろさんがまた強く抱いた。
「ごめんね。本当は分かってたのよ。
――でも、出来なかった。それにMeSなんて思いつかなかった」
驚いた表情でルーフェイアのヤツがおふくろさんを見る。
「母さん……?」
辛いすれ違い。
ただ間違いないのは、どちらも相手のことを思ってたってことだ。
「いろいろやったけど、普通のところじゃダメだった。
いつもあなたは、あたしたちの想像を超えてて……」
良く似た碧い瞳が、こいつを見返した。
「けど彼の言うとおり、ああいうとこならあなたでも大丈夫だと思う」
「でも……」
まだ困惑するこいつに、両親がうなずいた。
「お前がそうしたいなら、行くといい」
親父さんが答える。
「MeSったらやっぱりシエラかしら? あそこの学院長は誰だったかしらね」
おふくろさん、すげー強引。もうカンペキに行かせる気でいる。
正直こゆタイプの親から、どうやってこゆ大人しい娘が生まれたんだか、かなり謎だ。
「シエラ学院ならついでに上級傭兵になっとけば、箔もつくから一石二鳥だし。
そういえばアヴァンシティにもあったわよね」
って、俺が言ってるのってそこじゃなくて……。
まぁ部外者にしてみりゃいくつかある学院のどれも、一緒なんだろうけど。
「えーと、アヴァン分校じゃ上級傭兵、なれないですよ?」
「あら、そうなの?」
説明書があるわけじゃないから、一から説明する。
「あれ、本校の生徒だけなんですよ。
だから分校にいてなりたいヤツは、わざわざ本校に転校するんです」
「同じ学院なのに、複雑なのねぇ」
「俺に言われても」
なんでそうなってるかなんざ、知りゃしねぇし。
「で、あなたはどこの生徒なの?」
今度はいきなり話が飛んできた。
「あれ、言ってませんでしたっけ?」
「聞いてないわよ」
あっさり切り返される。
けど良く考えてみりゃ、そのとおりだ。このペースに巻き込まれて忘れてたけど、この人と会ったの、ほんのちょい前だし。
「一応、本校ですけど」
「あら、そうなの? じゃぁそこでいいわね」
――いいのか?
なんかこの人、あんまりにもテキトーっつーか……。
「そこで、って、あそこ親いるとなかなか入れないですよ?」
「あらま、じゃぁ学院長にでも掛け合わなきゃだわね。あそこは学院長誰かしらねぇ」
「オーバル学院長ですけど?」
「あら、やぁね。オーバルって言ったら彼かしら? 最近音沙汰ないと思ったら、そんなところでそんなことやってたなんて、まったくあたしに黙ってそんなことして。
でも彼なら話が早いわね。すぐ連絡入れなきゃ」
会ったわけでもねーのに、うちの学院長を知り合いの誰かだって決め付けてるし。
てかとっとと話、進めちゃってるし。
ルーフェイアのヤツも話に置いてかれて、さすがに抗議する。
「母さん、そんな勝手に――!」
けど、おふくろさんのほうが二枚くらい上手だ。
「あらあなた、行きたくないの?」
「それは……」
「じゃぁ決まりね」
マジ、乱暴な人だし。
「でも、でも……」
「なーに躊躇ってんのよ。行きたかったんでしょ?」
頭ごしごし撫でられて、やっとこいつがうなずいた。
それから、訊ねる。
「……父さんと母さんは、それでいいの……?」
「いいに決まってるでしょ」
おふくろさんは即答。親父さんの方も微笑してうなずく。
でもそれに、まだルーフェイアのヤツは食い下がった。
「だって……もう、会えないかも……」
重い言葉。
確かにそうだ。戦地を渡り歩く傭兵は、いつ死ぬか分からない。
――こいつの、兄貴みたいに。
だけどおふくろさんも親父さんも、そんなこと気にしてなかった。
「いいわよ。あたしたちがあなたが、幸せならいいんだから。
――行きたいんでしょ?」
長い沈黙。
そしてルーフェイアのヤツが、顔を上げた。
「……行きたい。あたし、行きたいの。
ダメかもしれない――でも、行ってみたい!」
こんな風にコイツが言うの、もしかしたら生まれて初めてじゃねぇのか?
なんとなく、そう思った。
おふくろさんが嬉しそうにうなずく。
「決まりね。すぐ入学の手続きしてあげるわ。
――ディアス、この子連れてちょっと、その辺散歩でもしてきてくれない?」
おふくろさんがウインクして、ルーフェイアを親父さんに押し付けた。
二人が外へ出て行く。
それを見送りながらおふくろさん、背中向けたまま今度は俺に話しかける。
「こんなこと初対面の、しかも子供のあなたに、言う事じゃないんだろうけど」
さすがにカチンとくる。
――どーせ俺はガキです。
と、ルーフェイアのおふくろさんが笑い出した。
「あらゴメンゴメン、悪気はないのよ。だってあなた、子供なんだもの」
「子供ですいませんね」
人の神経、わざと逆撫でしてんのか?
そんな俺に向かって、お腹抱えて笑いながら、おふくろさんが言った。
「ほら、そんなに怒らないの。
だいいちね、あたしあの子の親よ? だもの学校行ってる子なんて、みんなまとめてあたしの子供みたいなもんよ」
まぁ確かにそうなんだろうけど、なんか釈然としねーんですが。
もっともこの人、そんなのに構う人じゃないわけで。
と、おふくろさんが不意に哀しい表情になった。
「ねぇ、あの子のこと、守ってやってくれる?」
「――え?」
予想外すぎるセリフ。
おふくろさんの表情もあって、上手い言葉が出なくなる。
「……あいつ、俺より強いですよ?」
やっと言えたのはそれだった。
ウソ言ってるわけでもない。火事騒ぎの時だって、あいつひとりでどうにかしたようなもんだし。
ただ、ホントの意味はなんとなく分かった。
あいつはめっぽう強いけど――。
少しだけ躊躇ってから、俺は訊いてみた。
「どうして、俺なんです?」
おふくろさんが不思議な、でも寂しい笑いで答える。
「あなたが初めてなのよ、あの子と本気でケンカしたのは」
そして一瞬、遠い瞳をした。
また言葉が繋がる。
「分かったかも知れないけど、うちって複雑でね」
「そりゃ分かりますって」
ガキ連れて戦争行ってるだけでもどうかしてるって気はするけど、さっきの話はなんとなく、そんだけじゃない。
なんつーかこう、もっとデカいバックがありそうな……ンな雰囲気だった。
そしてあいつは当然、モロそこに巻き込まれてる。
おふくろさんがため息をついた。
「少しだけ……うちとあの子の事、話すわ」
◇Caleana
かなり長く続いてるうちには、ひとつの言い伝えがある。
内容は悲劇。それもどこまでも一方的で、悲惨な話。
悲恋物語なんか比じゃない。そんな自由さえないまま運命に翻弄されて、生きて死んでいった話だ。
そしてそれは……あの子と関係があった。
ただの言い伝え。自分でも、そう思うのだけれど。
でもどうしても引っかかった。それも今になって。
あの話には、後日談があると言われてる。
でも、そう言われているだけだった。内容は家に伝えられてる物のどれを見ても、きれいに消されている。
誰が何の意図で消したのかは、分からない。けど徹底してるとこから見ても、その内容を伝えたくなかったのは分かる。
それが果たしてあの子を守るものなのか、それとも破滅へ追い込むものなのか、それも分からない。
そんなものをなんで、いま急に気にするのか。自分でも理解できやしない。
なのに……何かがそうしろと、頭の奥から告げてた。
だから、この子に言う。
「あの子のこと――頼むわね?」
◇Imad
「すごい、ここが……シエラ学院?」
船に揺られながら、ルーフェイアのヤツが呆然と見上げた。
行く先の島は濃い緑で覆われて、その間からそびえる尖塔が見える。およそMeSっていう先入観とは、かけ離れてるってやつだ。
「けっこう、大っきいだろ?」
「うん」
なんたって、小さいたって島が丸ごとだ。つか実地訓練用の場所まで入れたら、このチビ群島全部が学校だった。
俺らあのあとアヴァンから海越えてユリアス国入って、そのあと列車に乗り継いで、ケンディクまで帰ってきた。
そのあとルーフェイアのヤツがいろいろ手続きだのあるってことで、シエラのケンディク分校で三日ばっかし足止めくらったけど、今日許可が下りたとこだ。
つか学院長、本気でこいつのおふくろさんの知り合いだったらしい。
ホントなら親アリは審査で何ヶ月とか待たされるし、春までは分校生やるのが決まりだ。なのにこいつよっぽどなのか、速攻って言っていい速さで、分校飛び越えて本校への入学許可出てたりする。
たぶんあの複雑な事情を話したんだろけど、それが言えるってことは、かなり仲がいいんだろう。
逆に考えると、最初っからここ来てりゃさっくり入学できたわけで、その意味じゃルーフェイアのヤツはかなり運がない。
まぁ、いまさらだけど。
「この本島に、寮と校舎あってさ。実地訓練なんかは別の島でやるんだぜ」
「そうなんだ……」
その間にも船は進んで、船着場に着く。狭い場所に高速艇まで停泊させてるから、間縫って接岸するのが大変だ。
綱が渡されて、船がしっかり繋がれる。
「気をつけろよ、時々落っこちるバカいっから」
「うん……」
揺れる足元を確かめながら、桟橋へと飛び降りる。
切り立った崖の間の、坂道を登ってくと、いつもみてぇに視界が開けた。
「きれい……」
ルーフェイアが声をあげる。
石造りなのに微妙な曲線が多い建物と、上手く配置された五つの塔。周りの木とか草花も専門の庭師――半分ボランティアのじっちゃんばっちゃん夫妻だ――がきっちり手入れしてるから、絵に描いたみたいな調和ぶりだ。
じっさいけっこう評価も高いらしくて、年に何回か、一般解放までされてる。
「……なんか、夢みたい」
ルーフェイアのヤツが立ち止まった。
「でも、夢じゃない……よね? あたし、ここに行けるんだよね……?」
不安げな表情で、こっちへ振り向く。
「夢なわけねぇって。
――おい、頼むからここで泣くんじゃねぇぞ。おれが泣かしたと思われるかんな」
「だいじょぶ……」
――そしてこの後二人は、この学院で十年の歳月を重ねることになる。
Fin
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