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◆抱えきれぬ想い◆

2:新入生


◇Loa said
「ほんと、エレニアありがとね。どうにか間に合いそう」
「よかったわね。新入生がっかりさせたら可哀想だもの。
 それで、同室なんでしょ?」
「うん、そーなんだよね」
 昼食には早いものの、一仕事終えたロアとエレニアは、食堂でおしゃべりに興じていた。
「まさか、夏休み中に新入生が来るなんて、思わなくてさ。あーあ、これで独り部屋ともサヨナラかぁ」
「ロアったらよく言うわよ。もともと二人部屋なのに、部屋換えのたびに記録に細工して、うまってるように見せかけてたんじゃない」
「それ、言わないでってば」
 新入生の世話は、同室の者の役割だ。そのため空きは年長者の相部屋から、順に埋まっていく。
 だがロアは気楽な独りが好きで、新入生が来る春はいつもこっそり記録を書き換え、相部屋に誰も入らないようにしていたのだ。
 とはいえずっと記録がそのままでは、怪しまれてしまう。そのためシーズンが過ぎると元に戻していたのだが、今回はそれがアダになった。
「それにしたって、珍しいよね。普通は最低でも春までは、分校にいるはずなのに」
「そうよねぇ」
 シエラ学院はもともとが特殊なうえ、本校は分校からの選りすぐりが集まっている。授業の進度も速いし、何よりある程度の訓練がされていなければ、実地で即座に落ちこぼれだ。
 だからここへの直接入学はほとんどなく、年に一度、選抜試験を通り抜けた分校生が、春に入ってくるだけだった。
「まぁ、よっぽどデキるんだろうけど」
 それしか理由は考え付かない。
「そうだとしても、実技をどこで覚えたかよねぇ」
 エレニアの言うとおりだった。学科のほうはまだ分かる。世の中やたらと勉強が出来る人間は、一定数存在するものだ。
 だが実技はそうはいかない。だいいち戦闘技術など、普通は身につける術さえない。
「少年兵上がりとかかなぁ?」
「それも珍しい気がするけど」
 実戦で鍛え上げられたなら、説明はつく。が、それだと今度は学課の説明がつかない。シエラの本校へ直接入れるほど戦闘慣れしているようでは、正規教育など受けていないはずだ。
「……よく分かんないね。まぁ、会えば分かるか」
 ここで考えても仕方ない。悩むのが苦手なロアは、そう結論付けた。
「それでその子、いつ引き取るの?」
「昼ごろってたかな。でもイザとなったら、連絡あるだろうし」
 言いながらロアは、耳飾りに仕立てた通話石をいじる。
 学院が生徒に無償で貸し出している通話石は、何かと便利だ。こういう場合に呼び出してもらえるし、いろいろ制限はあるものの一対一の直接通話も出来る。
 そのほかこの石を使ったシステムは、映像の送信などにも応用され、いまや文明の根幹を成す技術になっている。
「名前は聞いたの?」
「いちおうルーフェイア=グレイスっていう女の子、までは聞いたんだけどね。でも、それだけ」
「ふぅん、そうなの」
 食堂の向こうのほうでは、なにやら食料の争奪戦が始まったようだが、二人は意に介さなかった。
 食べ盛りが多い学院では、この手のコトは日常風景だ。時には魔法や武器を使って、実戦さながらの奪い合いが起こることさえある。
「けどさ、いまさらチビの面倒見るなんて、思いっきりめんどくさくて。あーもうヤダヤダ」
「そうでもないわよ? けっこう可愛いんだから。
 まぁ確かに、その子の性格でかなり左右はされるけど――あ、外行かない?」
「――そうしよっか」
 二人はテーブルの上のトレイをそれぞれ手にとって、立ち上がった。
 後ろのほうで、「バカやめろ」とか「早く逃げろ」などといった声が聞こえてくる。
「まったく、昼食ごときで精霊呼びだすなんて」
 その時、見慣れない少女がすれ違った。
(うっわ……)
 金髪碧眼、華奢な雰囲気の、とびっきりの美少女だ。荒っぽいMeSより、どこかのお嬢様学校の方が、よほど似合うだろう。
「ちょっとあなた、やめなさい。今入ったら巻き込まれるわよ」
 エレニアが忠告したが、少女は気にしなかったようだ。無視して中へ入っていってしまう。
「ねぇロア、もしかして新入生って、あの子じゃないの?」
「そうかも」
 あれだけの美少女だ。在校生なら間違いなく、噂になっているだろう。
「――しょうがないなぁ。ちょっと助けに行ってくる」
「あたしも行くわ」
 今出てきたばかりの食堂へ、二人して戻る。
(えーと、あの子は……いた!)
 少女はほとんど騒ぎの中心部まで、入り込んでしまっていた。
「だめだよっ! 下がって!!」
 だが美少女は動かない。
 かすかに呪が聞こえた。
「荒れ狂う魔の流れよ、いまひとたび静寂のうちに、在るべき姿に戻れ……」
 たしか効果が不安定なために使う者が少ない、無効化魔法だ。
「――カーム・フィルド!」
 ほんのわずかな間、周囲の魔法がすべて無効化される。
 だが、それで十分だった。実体化したばかりの精霊が、出鼻をくじかれてふたたび霧散する。
(本校へ直接入学するのは、ダテじゃないってことか)
 おとなしそうな見かけによらず、かなり場数を踏んでいるのは間違いない。だいいちそうでなければ、この状況でパニックも起こさずに召喚を阻止するのは無理だろう。
 この無効化魔法、普通の魔法が対象なら間に合わない。気づいて唱えても、相手のほうが早く発動する。
 が、精霊相手だと勝手が違う。実体化したあと改めて力を開放するため、上手くそのタイムラグを狙えば、強制的に非実体化させることが理論上は可能だ。
 とはいえ、術者同士にかなりの実力差がなければ簡単に力負けするし、タイミングも慣れていなければ狙えないシビアなものだ。
 それを金髪の美少女は、やすやすとやってのけた。つまり一瞬で相手との実力差を見抜き、確実にやれると判断したことになる。
「あの子、いったい何なのかしら? どうみても普通じゃないわ」
「ボクに言われても。本人に聞いてよ」
「それもそうね……
 面倒見のいいエレニアが、美少女に声をかけた。
「あなた、大丈夫?」
「はい」
 澄んだ泉を思わせる声だ。
「それならよかったわ。
 それであなた――新入生のルーフェイア=グレイス?」
「はい、そうです」
 どうやら最初の予想は当たったらしい。
「ロア、手間が省けたわね。
 ルーフェイアは聞いてるのかしら? 彼女――ロアがあなたと同室よ」
「そう、なんですか? えっと、先輩、よろしく……お願いします」
「……よろしく」
 だが独り住まいに未練たらたらの彼女は、あまりいい顔をしない。
(――ロア!)
 エレニアがロアの脇腹を肘で突付いた。
(え?)
(だめよ!)
(あっ!)
 少女の不安げな面持ち。これからどうなるのだろうと、半ばおびえているのが、その表情から読み取れた。
 ふっと、昔母親を亡くした頃の自分が重なる。
 この学院には孤児が多い。もしかすると、彼女もそうなのだろうか?
「えっと……ごめん、ちょっと考え事してたから。とりあえず部屋まで行こうか? 荷物あるよね?」
「あ、はい」
 やっと少女の顔から怯えが消える。
 思わずほっとした。それほど落ちこんでいるわけではないようだ。
「そしたらロア、私は図書館寄ってくから」
「あ、そう? じゃぁまた後でね」
 食堂を出たところでエレニアと分かれ、ロアは少女と二人になった。
 こうして見てみると、なおさらその美少女ぶりが際立つ。明日あたり――下手をすれば今日中か――には、男子生徒の間でウワサになること請け合いだろう。
 事実こうして歩いているだけで、すれ違う生徒のほとんどが振り返っていくのだ。
(――世の中、絶対不公平だよね)
 思わずひがみたくなる。
 これだけの容姿に、この学院へ直接入学できるほどの能力と学力。およそ普通の人間が欲しがるものは、ぜんぶ持っていると言っていい。
 だがルーフェイアのほうは、あまりそう思っていないようだった。
「あの……先輩、なんかみんな、こっち見るんですけど……? あたしどこか……変ですか?」
「あのねぇ」
 最初はいやみかと思ったのだが、どうやら本気らしい。
「キミが可愛いから、注目されてるんだってば」
「……え?」
 ロアの言葉を聞いて、少女はきょとんとした表情で、考え込んでしまった。何を言われたのか、理解できないようだ。
「あきれた! 言われたことないの?」
「ない……です。強い、はよく、言われましたけど……」
 思わず頭を抱えたくなる。
 この美少女、いったいどういう生活をしてきたのか、この手の常識は全く知らないようだ。
 とんでもない後輩を押し付けられた気がする。
(まったくこの年で……って、あれ?)
 そういえば、少女の年齢さえも知らなかった。
「――あのさ、キミいくつ?」
「十歳、です……」
 それにしては小柄だ。
 だがロアは、そんなことを思う暇がなかった。
――十歳。
 妹が生きていれば、ちょうどこの歳だ。
 げんきんなもので、急に少女がいとおしくなる。
「そっか。それでひとりでここへ来たんじゃ、心細かったね」
「心細いっていうか……あたし、学校とか……初めてで……」
「え、学校行ってなかったんだ」
 だとするとやはり、戦場育ちだろうか? 少年兵として前線に出ていたなら、さっきの食堂での行動も納得がいく。
 これだと学科でパスしたのが不思議だが、おそらくはもともと頭のいい子なのだろう。戦地で生き残るためにはそれなりの知識が必要だし、インテリ崩れの兵士からいろいろ学んだ可能性もある。
 何かが心の片隅に引っかかった気はしたが、ロアはそれ以上考えなかった。
「そっか、それだと心配だね。でも大丈夫だよ、きっと。うん、大丈夫」
 死んだ妹と同い年と知って、すっかりお姉さんモードだ。先刻までの嫌がっていた様子はどこへやら、根拠のない自信で少女を励ましている。
「ところでお昼は済んでる? もしまだなら、荷物置いてから食べに行こうか?」
「あ、えっと、あの、途中で……少し、食べたので……」
 少女の方も、ロアのお姉さんぶりに安心したようだ。笑顔が多くなってきていた。
「おっけーおっけー、そしたらまず荷物もらって――すみませーん!」
 寮の入り口で寮監を呼び、少女の荷物を受け取る。
「って……これだけ?」
「はい」
 彼女宛てに送られてきていた荷物は、簡単に持ち上げられる大きさのケースがひとつ、それだけだった。確かに孤児院などから学院へ来た場合、荷物が少ないのがほとんどだが、これはその中でも少ない部類に入るだろう。
 それなのにぜんぶ届いてよかったと言わんばかりの少女の表情に、なぜかこちらが切なくなる。
(まぁ、ボクも少なかったけどさ……)
 たった独り戦場に残された後、運良く保護されてここへ来たロアは、ほとんど荷物らしいものはなかった。
 少女の両親や家族がどうしたのか聞いてみたかったが、それを踏みとどまる。もし自分のような目に遭っているのなら、聞くのは酷というものだ。
 わざと知らぬふり、明るい顔をして荷物を運び込む。
「これなら整理は簡単だから、手伝わなくてもいいね? そのへんのキャビネットとか、空いてるのは勝手に使って大丈夫だから」
「はい」
「よし、いい返事。じゃぁ後は……施設の案内、かな? 教材はまだだろうし。
 どうする、今から行こうか?」
 荷物を整理しなくて済むぶん、時間が空いてしまっている。
「あ、はい。お願いします」
 少女は素直にうなずいた。こうなると見かけとあいまって、可愛さが倍増する。
 いつしかロアは、ルーフェイアを自分の妹のように思い始めていた。
「よし、じゃぁ行こう」
 少女を従えて部屋を出る。
「向かい側が男子寮は聞いた?」
 ロアが問いかけると、金髪の後輩はこっくりとうなずいた。
「夜とか、間違えちゃダメだよ。何されるか分かんないからね」
「あ、はい……」
 まだそういうことはよく分かっていなそうだが、いちおう釘を刺す。これだけの美少女だ。何か起こってからでは遅い。
 そのまま並んで寮を出た。
「食堂は……分かるもんね。向かいは診療所。え? 知ってるんだ?」
 まだ行ったワケもないのにとよく訊くと、ここへ来てすぐひと騒動起こしたという。
「最速記録だろうなぁ、それ」
 こういう学院だからけっこう荒事も多く、生徒や教官がケガをすることは確かにあるが、「入学のサイン直後に学院長に怪我をさせた」というのは、さすがに言い伝えられていない。
「すみません……」
「あ、気にしない気にしない。銃口なんか向けた学院長が、悪いんだし」
 この場合はどうみても、自業自得だろう。
「それにしても学院長、銃なんて使ってんだ。あんな古臭い武器、ここじゃたいして役にたたないのに」
 魔法を効率よく物に付与させる方法が見つかって以来、技術は日進月歩だ。武器も当然――というより真っ先にその洗礼を受け、旧来の飛び道具はたちまち時代遅れになってしまった。
 見かけは軽装でも、戦闘行為に携わるものはいまはみんな、魔法の防壁を身にまとっている。これを破って相手に傷を負わせるには、魔力の込められた武器が必要だ。
 だが手に持って使うタイプの武器と違い、飛び道具は術者の手を離れるため、持っている魔力が弱い。そのため防壁を破れず、食い止められるケースが多かった。
 この結果、武器の主力は再び、近接武器に戻ってきている。
「ルーフェイアも、銃なんて無視しちゃって良かったのに」
「でも、もし新型弾だったら、困りますから……」
 そういえばそんな話は、ロアも最近聞いていた。なんでも弾丸に新型の魔力石を使うことで、今までの数倍の魔力を持たせることができるらしい。まだテスト段階だが、もしこれが実用化されれば、戦法がまた大きく変わるような代物だ。
 ルーフェイアはその点も考慮して、身の安全のために叩き落したのだろう。学院長もイタズラのつもりが、ずいぶん高くついたものだ。
 続いて並びの、大きな建物の前へ来る。
「あっちが講堂で、こっちが図書館。
 図書館さ、けっこう本多いんだよ。でもテスト前とかけっこう混むから、早めに借りないとダメ」
 そんなことを言いながら歩き回り、最後に尖塔のひとつへ上がった。
「ここは西塔。
 えーっと、見えるかな? 校舎の裏庭が校庭兼ねてて、普段の訓練はそこでやるんだよ」
 下を見せながら説明する。
「あの、あっちの塀は……?」
 少女が校庭の奥の、がっちりした高い塀を指差した。
「ん? あぁ、あれはホントの訓練所」
「……♪」
 なぜかやけに嬉しそうだ。
「あのねぇ、訓練って言ってもホンモノの魔獣、放ってあるんだから。そんな浮かれてると、エライ目に遭うよ」
「え、でも、魔獣だけ……なんですよね?」
 それならどうという事はない、そんな表情だ。
(うーん、なんか自信過剰みたいだけど……でもたしかに、食堂でのこともあるしなぁ。
 どっちにしてもいっぺん、連れてったほうがいいかな?)
 もし一人で入り込んで、なにかあっては大変だ。
「そんなに言うなら、行ってみる?」
「はい」
 答えながらルーフェイアは、ずっと持っていた包みをほどいた。
 中から出てきたのは、一振りの見事な太刀。
「まさかそれ、キミの得物?」
「はい。両親が、これ……持ってけって」
(……あれ? この子って孤児じゃなかったんだ)
 少女の言葉に、ロアは自分が完全に勘違いしていたことに気づく。
 だがよく考えてみれば、ルーフェイアは一言も、そんなことを言っていない。こっちが思いこんでいただけだ。
 もちろん少女のほうはロアのそんな思いを知るはずもなく、慣れた調子で太刀を腰に下げている。
 見かけに比べて重量があるはずだが、よろめきもしない。かなり使いなれているようだ。
 いまひとつ狐につままれたような気がしながらも、ロアは少女と共に訓練所まで来た。
 弱いとは言え魔獣が野放しになっているここは、ルーフェイアたち低学年は原則出入り禁止だ。それどころかその上の中学年でも、それなりの資格を何か取らなければ、一人での出入りは認められない。
 当然低学年連れのロアは入り口で呼び止められたが、理由を話すと許可が出た。
 ここへ入学した低学年が、興味本位で訓練所に入り込むのを防ぐため、あえて最初に怖い思いをさせる。これ自体は、よく行われているのだ。
 ゲートの隣の、詰め所のドアが開けられた。普段の出入りは、この詰め所を通らないといけない。万一の事態に備えてのものだ。
「いい? この奥だからね」
 殺風景な詰め所を抜け、反対側のドアの前で立ち止まる。ここから奥は弱肉強食、弱いとは言え魔獣の世界だ。
 外の気配を探る。不意打ちだけは食らいたくない。
「あの、先輩、平気です……よ?」
 だがルーフェイアは、無造作と言っていいほどの調子でドアを開け、中へ入っていってしまった。
 まったく緊張感がない。
「ちょ、ちょっと待ちなよ!」
 慌てて後を追う。もし彼女に何かあれば、ロアも減点されるのだ。
「魔獣って……でもあんまり、強そうな気配……ないですね」
「後ろっ!」
 のんびりしているルーフェイアに、ここに放し飼いにしてある植物型の魔獣――足と歯が生えた雑草風味――の触手が迫っている。
 だが彼女は、悠然と首をめぐらしただけだった。
 凄惨な笑みが、その顔に浮かぶ。
「――フレイム・ロンド!」
 火炎系の下級呪文だ。
 花びらのように炎が舞い散り、魔獣が慌てて触手を引っ込めた。
「破っ!」
 さらにルーフェイアの裂帛の気合。
 ばらばらと触手が切り落とされる。
――ぎぃぃぃぃぃっ
 魔獣が耳障りな声を上げるが、少女は意に介さない。
 ざっ、と音を立てて踏みこむと太刀を振りかぶり、躊躇うことなく突っ込む。
(――速い!)
 そのまま全体重を乗せて、彼女は刃を振り下ろした。
 一刀両断。
 魔獣が叫びをあげる間もなく二つに分かたれ、さらに切り刻まれて絶命する。
(なっ、なにこの子……!)
 十歳の少女がまるで傭兵隊並み――いや、それ以上だ。
「先輩、ここの魔獣って……これだけ、ですか?」
 度肝を抜かれたロアに対し、少女のほうは平然としている。
「え? あー他にも何種類かいるけど、だいたいコイツと同じようかな? なんでか小竜族が少しいるけど、あれはさすがにヤバいし」
「……♪」
 すてきなオモチャをみつけた、そんなルーフェイアの表情に、背筋を冷たいものが走る。ここで止めなければぜったい、喜んで退治に行くはずだ。
「と、ともかく訓練はまた今度! まだいろいろあるんだし」
 名残惜しげなルーフェイアを、強引に引っ張っていく。これで見かけは華奢な美少女なのだから、始末に追えない。
(――いったい、どういうコなんだか?)
 食堂の召喚騒ぎのときもそうだったが、やはり並みの少女ではなさそうだ。
 かといって訊くのもためらわれ、腑に落ちないままロアは、最初に出会った食堂まで戻ってきた。
「せっかくだから、なんか食べよ。中途半端だけど、おやつならちょうどいいしさ」
 後輩を連れて中へ入る。
 もう昼下がりといった時間だが、小腹が空いて軽く食べようというのだろう、食堂は意外と混んでいた。
「ルーフェイアは何食べる?」
「え? えっと、えぇと……」
 あの戦闘時の切れ味はどこへやら、少女はその場で考え込む。
 自分のを決めながら、ロアはのんびりと待った。概してこういうものは、時間がかかるものだ。
――だが。
「ルーフェイア、あのさ、キミこれが何か分かってる?」
「食べ物……ですよね?」
 何か様子が違うと問いかけたロアに、案の定というべきか、激しく的外れな答えが返ってきた。
「食堂で食べられないもの、置くわけないじゃん……。ほら、これとかどうかな?」
「これ……ケーキ、ですよね? 何でこんなに、種類……あるんでしょう?」
 何かもう、次元そのものが間違っているらしい。
「まさかさ、食べたことないの?」
「えっと、あります。白いのとか……あと、黒いのも」
 その場で貧血を起こさずに済んでよかった、そうロアは心底思った。
 シエラ学院はワケありの生徒が多く、稀に少年兵上がりまでいるため、たしかに一般常識からズレている者はいる。
 いるのだが……。
「ここまで本気で何も知らないって、初めて見たなぁ」
「すみません……」
 視線を落として謝る姿は可愛いが、この子の知識や能力は、問題になるレベルで偏っているようだった。
「とりあえず、ボクが選ぶよ。えーっと、あんまり甘くないほうがいい? じゃぁこれかな」
 放っておいたら日が暮れるまで迷っていそうで、適当に選んでやる。
「ほら、そこ席空いてるから、座って座って。ボクがこれ持つからさ」
 任せるのは不安すぎて、ロアはトレイを自分で持ち、少女を先に行かせた。ちょこん、と座った目の前に、ケーキと飲み物とを置いてやる。
「きれい……」
 フルーツ類が宝石のように飾り付けられているのを見て、ルーフェイアがうっとりと言う。
「本土からちゃんと、本職来てるからね」
 もうだいぶくたびれたお爺ちゃんなのだが、腕は確かだ。ケンディクの店は子供に譲って、自分は孤児を喜ばせてやろうと、ボランティア同然でここで働いてくれている。
 ひと口食べると、少女の顔がほころんだ。
「……おいしい」
「あはは、お爺ちゃん聞いたら喜ぶよ」
 食べて喜ぶ姿がいちばんのお礼、それがお爺ちゃんの口癖だ。
 おいしそうに食べるルーフェイアを見ながら、ロアもお気に入りを口に運んだ。
「そいえばたしか、クラス分けのテストとか、あったと思うんだけどさ。どだった?」
 食べながら、思い出して訊ねる。
 この学院は毎年春になると、前年の成績でクラスが分けなおされる。そして新入生はあらかじめ、分校で編成用の試験を受けてくるはずだ。
 いまは春ではないが、試験が免除になるとは思えなかった。
「えっと、本校入学の試験は、受けました。
 あと学院長が、クラス分けの試験……たしか、あとでって……」
「うっわ、それヒドっ。一回やってんだから、それ使えばいいのに」
 テストなんていうオソロシイものを何度も受けるなど、考えるだけでも気が滅入る。
「なんか、時期が半端で、分校のテストじゃダメって……」
「あー、そゆことか」
 時期も時期なうえ、分校を飛び越えての特例入学だからだろう。万が一レベルの違いすぎるクラスに入ったりしたら当人とクラスメイトの双方が不幸だ。
 そのために万全を期しての再テストなのだろうが、やはり気の毒だった。
「んじゃさ、教えてあげよっか? 少しでもやっとけば、なんか違うかもだし」
「いいん……ですか?」
「もちろん!」
 ロアとて自学年のAクラスだ。四つも年下の勉強をみるくらいなら、どうということはない。
「このあとどうせ時間あるから、部屋帰ったらおさらいでもしよ」
「はい」
「よし決まり、んじゃまずは腹ごしらえ!」
 よく分からないこじつけをして、ロアはケーキのおかわりをしに立ち上がった。


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