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◆抱えきれぬ想い◆

3:秘密


◇Loa side
 学院の夜は静かだ。
 特に消灯時間を過ぎると各施設が閉鎖されるため、廊下を歩く足音でさえかなり響いてしまう。
 だがロアは、例によってまだ起きていた。
 消灯時間といっても、室内までは管理されていない。テストの前などは、徹夜組も多いのだ。
 ルーフェイアの寝室のドアが閉まっているのを確認し、共用スペースの明かりを点け、そっと端末の前に座った。
 魔法の遠見水晶から発達した魔視鏡と、通話石を利用した通信技術。魔法を込める魔石から作り出された、さまざまなものを記録できる記録石。魔法をコントロールする補助具として、もっともポピュラーな杖。
 どれも単体では昔から使われてきたものだが、それらを組み合わせる技術が生み出されたとき、状況は一変した。
 記録石と魔視鏡が組み合わされ、誰でも簡単に記録を再生出来るようになった。
 次に魔視鏡と通信石が組み合わされ、映像配信が実現した。
 さらに高位通話石が発明され、独立していた多数の通話石を束ね、大規模な通信網ができた。
 加えて記録石に映像や音声だけではなく、「さまざまな動作」も記録されるようになった。
 それをコントロールするために、簡単に発動できるよう設定された専用の小さな魔法の杖が作られ、細かい指示が可能な操作盤へと進化した。
 そうして出来上がったものは……通話石の設定さえ出来れば世界中どことでもつながり、接続している端末の記録を閲覧できる、誰も予想しなかったような道具だ。
 もちろん完全になんでも閲覧できるわけではなく、ある程度の制限はされている。だがそれを差し引いても公開されている情報は膨大だし、何より今までは知り合うことのなかった相手と、直接話せるのだ。
 海と魔獣によって分断されていた世界は、いま草の根レベルで急速に距離を縮めている。物理的政治的には隔絶されながら、互いに近づく世界。これが何を生むのか、誰にも分からない状況だ。
 もっともロアにしてみれば、そんなことはどうでも良かった。自分にとって極めて有用な道具、それだけのことだ。
 眠っている後輩に気づかれないよう、細心の注意を払って端末を立ち上げる。昨日までは独りだったのでけっこうおおっぴらにやっていたが、これからはそうもいかないだろう。
 まず今までいちいち入力していたものを、一挙動で切り替わり、通信網から安全に離れるよう細工した。
 さらに通常モードからの切り替えを、今まで以上に複雑な手順にし、本人確認のステップも付ける。こうしておけば万が一ルーフェイアがこの端末を触っても、なにも起こらないはずだ。
 そして、アクセスを開始する。
――通信網に忍び込み、情報を喰らうモノ。
 それがロアの夜の顔だった。
 もっとも彼女は、記録の破壊や改竄はしない。その必要はなかった。
(今日こそ……)
 見つけてやる、そう思いながら操作盤を叩く。
 彼女にはずっと探し続けているモノがあった。だがもともとのネタが「存在はするが詳細は一切不明」という物のため、どこをどう探しても見つからない。
 普通の手順で当たれる記録は片っ端から調べ、それでも見つからず、ついにロアは不正アクセスに手を出したのだ。
 だがそれでも、手にした情報は断片的なものばかりだった。
(ったく、四年もやってて見つからないとか、ハンパじゃないよね)
 そう思いながら手元の写真を見る。
 自分と、妹と、父と、母。
 家族で撮った最後の写真だ。
 あの戦場と化した街から逃げる直前、母が焼き増しして防水加工しておいたものをロアに持たせたため、手元に残った。
 これと、妹が忘れかけたのを持って出た、魔石のはまったお守り。たったこれだけが、ロアに残された家族の思い出だ。
(きっと……見つけるから)
 父は写真を撮った直後に紛争へ駆り出されて戦死、その1ヶ月後には母と妹も死んでいる。
 だがよほど強運だったのか――それとも運がなかったのか――ともかくロアは独り生き残り、戦場をさまよっているところを自国の兵士に保護され、巡り巡ってシエラ学院へ送られた。
 それからずっと探している。
――自分から家族を奪ったものを。
 保護されたその晩、やっとありついたベッドの中で、ロアは兵士たちの会話を聞いた。
「ひでぇよな。あんな小さな子がひとりで戦場さまよってたんだぜ?」
「あぁ。よく生き残ったもんだよ、可哀相に」
「ウワサじゃ、シュマーの連中が向こうに付いたらしい」
「マジかよ。あいつらがそんなことさえしなきゃ、こんな泥沼にならないうちに終ったのによ」
「ホントホント、そうすりゃあの子だって、あんな目に遭わずにすんだよな」
 そうしてロアは、復讐の対象を知ったのだ。
 その後学院へ来てからは、「シュマー」に関するありとあらゆる情報を集めた。
 だが禁じ手の不正行為にまで手を出したというのに、分かったのは「そういう傭兵一族がいる」ということと、「その一家の子弟が戦場で育てられる」ということだけだ。
 どこの誰がそうなのかも、いったい今どこにいるのかも、全くわからない。
(でも必ず、見つけてやる)
 復讐するために。自分の家族を奪った償いをさせるために。
 鬼気迫る表情で、ロアはキーを叩き続ける。

◇Rufeir
「そこまで」
 鋭い声で、はっと我に返った。
「出来たかね?」
「あ、はい」
 慌てて答案用紙を渡すと、教官の顔色が一瞬変わる。朝から連続で試験を受けて、疲れて半分うとうとしていたのが、いけなかったのかもしれない。
 ぜんぶ答えは書いたから、だいじょうぶのはずだけど……。
「きみはたしか……五学年だったね」
「えっと、そう、聞きました」
 本当のことを言うと、自分でもよく分からない。ただ先輩や学院長が、そう言ってたはずだ。
「うーん、五学年ねぇ。それならなんで、この解法を知っているんだ? そもそも今まで正規教育を受けていないのに、これだけというのは……」
 教官、何かぶつぶつ言っている。
「あの……?」
 どうしていいか分からなくて、おそるおそる声をかけてみた。
「ん? あぁ、今日はこれで終わりだから、部屋へ戻ってかまわんよ」
「はい」
 荷物を持って立ち上がる。
「明日は実技だから、指定の時間に指定場所へ来なさい。遅れないように」
「はい」
 立ち上がって身体を伸ばす。座りっぱなしなんて初めてで、身体じゅうが重い感じだ。学院に来る前の分校でもテストを受けたけど、一週間かけて少しづつだったから、こんなことはなかった。
 本来は何のためなのかよく分からない、小さな部屋を出る。
「どうだった?」
 外でロア先輩が、待っててくれてた。
「えっと……身体、痛いです……」
「そう来るかー!」
 あたしの言葉に、先輩が笑い出す。何がそんなにおかしかったのか、お腹を抱えての爆笑だ。
「先輩……?」
「あーゴメンゴメン。えっとさ、身体じゃなくて、試験ちゃんとできた? 難しくなかった?」
 そういう意味だったのかと、やっと理解する。
「いちおう……ぜんぶ答え、書きました。でも思ったより、難しくなかった……かな」
「やっぱそうかぁ」
 思ったとおり、そんな表情でロア先輩がうんうんとうなずく。
「教えててびっくりしたもん、頭よくて」
「そう、なんですか?」
 あたしいつも、母さんたちに笑われてたのに。
「そそ、自信持っちゃってダイジョブダイジョブ。でさ、なんか食べる? 疲れたでしょ」
 言いながら先輩、あたしを食堂のほうへ引っ張ってく。答えがNOってケースは、考えてないみたいだ。
 もしかするとあたしはただの口実で、何か食べるのが目的なのかもしれない。先輩は昨日もケーキをおかわりしてたし、そのあとの夕食もちゃんと食べていた。だからきっと先輩、食べるのが好きなんだろう。
 昨日と同じようにケーキを選んでもらって、空いている席に座る。
 と、向こうのほうにイマドがいるのに気がついた。いっしょに居るのは友だちだろう。
 向こうも気がついたみたいで、視線が合う。ちょっと嬉しくなって、小さく手を振った。
 とたんにイマドが、両脇の友だちから殴られる。
――あたしの、せい?
 ほかに考えられなかった。あたしみたいな、普通の生活を知らないような人間が、親しげにしたりするから……。
 涙がこぼれそうになって、下を向いてくちびるを噛む。
「わわわ、ルーフェイアどしたの? どっか痛くした?」
 先輩が慌ててるのを見て、泣くのをやめようとしたけど、逆効果だった。よけいに涙があふれて、止まらなくなる。
 イマドに会ってからあたし、どうもダメだ。前からすぐ泣いて、どうにかしなきゃと思ってたけど、なんだかひどくなった気がする。
「ほんとにキミ平気? 部屋帰って休む?」
「あー先輩、コイツ泣き出すと当分ダメですから」
 聞き覚えのある声に、思わず顔を上げる。
「イマド……?」
 いっしょにいた二人の首根っこをつかんだ彼が、目に前に居た。こともあろうに二人を引きずりながら、ここまで来たらしい。
「オイコラ何しやがる、放せっての!」
「つかイマド、いつもとキャラ変わってるって!」
 友だちらしい二人が、口々に文句を言う。
 なんだかよく分からないけど、やっぱりあたしが原因で、騒ぎになってるみたいだ。
「あの、あたしのせいで……ごめんね……」
 申し訳なくて、引きずられてきた二人に謝る。
「あ、違うから! そのさ、悪いの俺らだから!」
 友だちの片方が、あたしに向かって謝った。
「てかおまえなぁ、なんだっていきなり泣くんだっての」
「ごめん……」
 こんどはイマドに謝ったあたしの前で、なぜか彼の頭が、ごちんと音を立てて殴られる。
「キミねぇ、何しにここまで来たか知らないけど、この子泣かせたらボクが承知しないよ!」
 ロア先輩、すごい剣幕だ。
「あの、先輩、違うんです!」
 殺気のようなものを感じて、慌てて止める。
「けどさ、こいつらが何かしたから、ルーフェイアが泣いたんだよ」
 つまりはあたしのせいで、よけいにややこしくなったらしい。
「あの、イマドたち、関係なくて……その、すみません……」
 上手く説明できなくて、だんだん声が小さくなってしまって、情けなくてまた涙がこぼれた。
「あ、先輩も泣かした」
「ちょっと、ボクは別に!」
 何がなんだか分からなくなってくる。
 どうしていいか分からず、それでも泣くのだけはやめようと必死に涙をぬぐっていると、イマドが苦笑しながら話しだした。
「先輩、こいつここ来る前、けっこーいろいろヤバかったんですよ。んでその反動で、すぐ泣いちまって」
「ありゃ、そうだったんだ」
 この程度の説明なのに、意外なくらいあっさりと先輩が納得する。
「学院来てほっとして、そうなる子けっこういるもんね。
――ルーフェイアも大変だったねぇ、でもここならもう、だいじょぶだからさ」
 言いながら先輩、あたしの頭を小さい子みたいに、がしがしと撫でた。
「まぁコイツの場合、最初っからそうとう泣き虫ですけどね」
「イマド、ひどい……」
 何もそんなこと、ここで大きな声で言わなくたっていいのに。
 先輩なんてそれ聞いて、また笑い転げてる。
「俺さ、ヴィオレイ。名前なんての? もうクラス決まったんだ?」
「おい、なに抜け駆けしてんだ!」
 こっちはこっちでお構いなしだ。
 でも……なんだかちょっと、楽しい。
「ほらキミたち、ルーフェイアおどかさない。あとこの子のクラス、まだ決まってないよ。いまクラス分けのテスト、受けてるとこだから。
――Aクラスだと思うけどね」
 なぜか自信たっぷりに、ロア先輩が言う。
「そうそう、それでこれから、この子連れて訓練でもしようかと思ってたんだよね。だから、キミたちも来なさい」
「え、マジっすか?」
 さすがにこれにはびっくりしたみたいで、イマドたち三人が目をぱちくりさせる。
「大マジだよ。てかね、キミたちだってこの子、同じクラスのほうがいいんでしょ? なら、協力してあたりまえだし」
 反対意見はすべて却下、そんな威圧感で先輩が言い放った。
「おれ、欲しい限定販売あったのに……今日発売なんだぜ……」
「そこ黙る!」
 見ているだけで楽しいやりとり。いつの間にか泣くのをやめて、笑っている自分に気づく。
 あたしが夢見ていた世界が、いま目の前にあった。

 その晩、あたしはベッドの中で寝返りばかりうっていた。
 学院の夜は、とても静かだ。
 ここはなんの音もしない。銃撃の音も、砲撃の音もしない。
 静かすぎて眠れなかった。
――これが、平和なのかな?
 こんな穏やかさ、とても信じられない。
 逆に言えばそれだけ、常に気を張っていたんだろう。でもそれは当たり前だったし、何より生き残るにはぜったい必要なものだった。
 そっと起き上がる。
 柔らかいベッド。清潔な部屋。どれもあたしにとっては、馴染みが少ないものばかりだ。
 なんとなく不安になって、枕元に置いておいた太刀を手にする。
 これだけは変わらなかった。
 柄を握っていると、いろんなことが脳裏をよぎる。
 炸裂する砲弾。えぐられていく大地。引き裂かれて死んでいく兵士たち……。
 でもなぜだろう?
 あの地獄の風景が、呼んでいるような気がする。
 無念の死を遂げた亡霊たちが、囁いてる。
 ここへ帰れ、と。
 でももう、あたしはイヤだった。ほんの少しでいいから、血の臭いから離れたかった。
 それなのに亡霊たちは追いかけてきて、囁き続ける。
――ここへ帰れ、と。
 あたしは頭を振ると、立ちあがった。
 確かにいつかは帰るだろう。それが約束だから。
 けど、今だけは……。
 もう寝つけそうになくて、寝室のドアに手をかけた。共用スペースの端末を使えば、どこか適当なサイトで暇を潰せるだろう。
 そして、気が付く。
 こんな遅い時間なのに、共用スペースからかすかに物音がしてた。
 魔視鏡の共鳴音――それに、操作盤を叩く音。どうも、先輩も起きてるらしい。
 驚かさないようにと思って、あたしはそっとドアを開けた。
 先輩が端末に向かって、何かしてる。
 なんだかすごく真剣な感じで声をかけられなくて、そのまま魔視鏡に映るものを、あたしは後ろから眺めていた。
――なんだろう、これ。
 ふだん目にする画像とかじゃなくて、何か文字ばっかりだ。それが先輩が操作するたび、すごい勢いで流れていく。
 しばらく見ているうちに、やっと幾つか見知った単語があることに気がついた。それならたぶん……記録石の中のデータ一覧だ。
 けど、自分のをこんなふうにして見るのは、聞いたことがなかった。だいいちこんな変わったことをしなくても、簡単な操作で詳しく見られる。
――だとしたら、何を?
 しばらく考えて、あたしは思い当たった。

◇Loa side
 その晩もロアは、いつもと同じように「それ」を探していた。
 次から次へと関係ありそうな場所へ侵入し、検索し、情報を漁る。万一何か引っかかれば、それがたとえ噂話でも、詳細に探っていく。
 だがそのどれもがほんとうに「単なる噂話」で、憶測の域を出ないものだった。
(ダメなのかな……)
 つい、気弱が頭をもたげる。
 年単位で、しかもかなりの危険を冒して探しているのに、いまだに証拠のカケラも見つからないのだ。
 火のないところに煙は立たない。ならばこれだけまことしやかに囁かれているのだから、必ずあるはず。
 そう思って探し続けてきたが、もしかすると自分が追いかけているのは、実体のない都市伝説だったのかもしれない。そんな気がしてくる。
 だとしたらどうするか、そんなことを考えた瞬間。
「あの、先輩、それ……」
「……!」
 不意に後ろから声をかけられて、ロアは死ぬほど驚いた。だがとっさに画面だけは切り替える。
 うすうす感じてはいたが、それ以上に恐ろしい少女だったようだ。ドアを開ける音もなければ、近づいた気配もなかった。
 心底焦りながら振り返る。
 見ればルーフェイア自身は、別にわざとではないらしい。どういう育ちかたをしたのか、これが当たり前のようだ。
 ただ少女の口から出たのは、それ以上に予想外の言葉だった。
「あ……もっと……」
「え?」
 意味が飲み込めずに一瞬考え込む。
 もっとと言うからには、何かをさらにと言うわけで、その「何か」が何かと言うと……。
 自分でもよく分からない思考ルートを、それでも大急ぎで二周ほどして、ロアは結論にたどり着いた。
「こういうの、好きなんだ?」
 さすがに怖いので、「何が」とは訊かない。
「えっと、あの、不法アクセス……ですよね?」
「うん」
 そこまで分かっているならと、ロアはあっさり認める。
「やってたんだ?」
「いえ、初めて、見ました……」
 これは意外だった。
 基本的にこういうものは映像と違って、見てすぐ分かるものではない。それなりの知識が要る。なのに初めて見てそれに思い当たるとは、けっこうカンも鋭いようだ。
「それでよく分かったなぁ。あ、そうそう、これナイショにしといてね」
 ルーフェイアはそのあたりでほいほい喋るタイプではないが、いちおう釘を刺す。
 学院では諜報活動教育の一環で、この手の不正侵入や防御も教えている。だが実際にやっていいのは、任務や授業の中だけだ。個人で勝手にやっているのを見つかったら、もちろん怒られる。
 ただ腕に覚えのある学院生ともなると、監視を簡単にかいくぐってしまい、いたちごっこだ。しかもそれが、ハイレベルな諜報員を生み出す要素のひとつにもなっているのだから、皮肉な話だった。
「さ、もう遅いし寝なくちゃね」
 ロアは魔視鏡をオフにして立ち上がった。自分ひとりならともかく、こんな遅くまで、まだ小さい後輩を起こしておくわけにはいかない。
 だがいつも素直な後輩が、珍しく不満そうだ。諦めきれないようすで、ロアの端末を見ている。
「もしかして、やりたかったりする?」
 小さく少女がうなずいた。
「そっかぁ……」
 たしかにこれは、興味を惹くだろう。
 ロアは考える。どちらにしても見つかってしまったのだ。この子はこれからも、毎晩覗こうとするに違いない。
 ならばいっそきちんと時間を取って教えてやって、終わってこの子を部屋へ戻してから自分のことをするほうが、問題が少ないのではないだろうか?
「そしたらさ、教えてあげようか?」
「え?! あの、いいん……ですか?」
 後輩の表情が、驚きと喜びへと変わる。
「うん、かまわないよ」
 どうせこの手のことは、授業を受けるようになればイヤでも覚えるのだ。それなら今から教えても、大差ないだろう。
「でも、ぜったい他の人にはナイショだからね。部屋でやってるとか、教官に知れたらヤバすぎだし」
「あ、はい」
 何も知らない後輩を巻き込んだ気がして、少々うしろめたかったが、これで一安心だ。自分もやっているとなれば口外しないだろうし、「今日はここまで」と言えばこの子なら、素直にベッドに戻るだろう。
「じゃぁ、明日から。今日はもう寝ないと」
「はい」
 ドアを開けてやって、少女を部屋へ戻す。だがそのうしろ姿が、妙に寂しそうだ。
「どしたの? だいじょぶ?」
 声をかけてやると、小さく首を振った。
「しょうがないなぁ」
 本人はだいじょうぶと言いたかったらしいが、本当は心細いのが見え見えだ。
 来たばかりで緊張していた間は感じなかったのだろうが、時間が経って少し慣れてきたから、環境の変化が身に染みてきたのだろう。
「こっちおいで、いっしょに寝よ。毛布持ってきてね」
 ぱっとルーフェイアの表情が輝いた。これはかなりの甘えん坊だ。
 ロアにしてみても、見かけがせいぜい六、七歳のこの子は、幼い妹も同然だ。よく懐いていることもあって、このくらいで安心するならいくらでも、と思う。
「ちょっと狭いけど、ガマンだよ」
 ベッドの片隅に収まった少女に、持ってきた毛布をかけてやる。
「もしかしてさびしくて、寝られなかったんだ?」
「いえ、すごく、静かすぎて……」
 人のベッドにもぐりこんでおいて、いいえも何もないのだが、ロアはそこは流してやった。きっと認めるのが恥ずかしいのだろう。
「静かすぎて、寝られなかったってこと?」
 こくりとルーフェイアがうなずく。隣で小さく丸まるようすが、ともかく可愛い。
 それにしても、うるさくて寝られないというのはよく聞くが、静かすぎてというのは初耳だった。
「……今まで、工事現場ででも寝てたわけ?」
 思わず妙な突っ込みをしてしまう。
 それが面白かったのか、少女は少し笑って答えた。
「えっと、よく砲声とか、聞こえたり……あと、非常召集とか、あったので……」
「寝る環境じゃないじゃんソレ」
 どうやらやはり、少年兵あがりらしい。
 何かが一瞬引っかかったが、安心しきったルーフェイアの表情を見た瞬間、どうでもよくなってしまった。
「まぁいいや、ゆっくり寝るんだよ」
「……はい」
 遅いせいか、たちまち寝入ってしまった少女を見ながら、ロアも目を閉じた。


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