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◆葛藤◆

1:誤解


◇Imad
「答案を返すぞ」
 教官の言葉で教室ン中が、ざわっと騒がしくなる。
「まったくお前たち、何を勉強していた? かなり平均点が悪いぞ」
 そりゃお前の教え方が悪りぃんだろ……と内心つっこんだ。
 夏開けてから変わったコイツ、メチャクチャ授業ヘタだ。教科書丸写しの棒読みするだけなら、授業なんざいらねーし。
 教官は順々に名前読んでっけど、ようするにいつもの順番だから、俺らみんなさっさと立ち上がる。並んどいてさっくりもらって、あわよくば教官に帰ってもらおうって魂胆だ。
 なんか知らねーけどこのクラス、その辺の団結力「だけ」はバツグンだった。
 で、俺も答案もらって。
――あ、やべぇ。
 頭ン中で点数計算してみたけど、どうもルーフェイアのヤツに、実技以外でもトップ持ってかれたっぽい。
 分校飛び越えて本校へ入学したって時点で、バトルだけじゃなくて頭もそうとうだろうっては思ってたけど、あいつマジでハンパなかった。
 実技で張り合うのは、最初っから諦めた。つか、ぜったいムリだ。ただでさえいろいろ桁外れだってのに、それを実戦で鍛えたようなヤツ相手じゃ、はっきり言ってうちの先輩たちだってヤバい。
 けど学科もあんだけってのは、さすがに反則だろう。
 語学系は実際に使ってたらしくて、主な言葉はほとんど全部読み書きまでできる。魔法に関する知識なんかも、ふだん使いまくってるだけあって、腹立つほどきっちりだ。
 古い家系だからか、歴史も暗誦するほどよく覚えてやがるし。
 しかも当人、何が難しいのかも分かんねーときてる。
――やっぱカミサマっての、えこひいきだろ。
 そういうのがいるかどうかってのは別にして、いろんなモン偏りすぎだ。
 ルーフェイアのヤツ、クラス分けのテスト受けた時点で、飛び級の話まで出たんだとか。本人が嫌がったんでナシになったけど、教官たちマジで残念がってたから、けっこー本気だったっぽい。
 あいつが嫌がった理由聞いたら教官たち、のけぞっちまうだろうけど。「飛び級」が何か知んなくて、どっか他所へ飛ばされることだと思ったから断ったとか、度を越した無知だ。
 それにしてもこの新任教科担任、本気でクズらしい。模範解答手ぇ抜いて、ルーフェイアの答案のコピー配ってやがる。いくらあいつの答えが正確で詳しいからって、やっていいコトと悪りぃコトがあるだろうに。
「あとは各自、模範解答と突き合わせて訂正しておくように」
 挙句に、これだけ言って帰っちまうし。
「イマド、お前どうだった?」
 悪友どもが寄ってくる。
「一問落とした」
「マジ? つかそれ、ヤベぇんじゃん?」
 こいつら、俺の答案奪ってくし。
「うわ、これ惜しすぎってやつ?」
「惜しくたって間違いだって。つか、返せ」
 いくら俺でも、また答案破られたくない。
「細かいコト気にするなって。
 にしてもルーフェイア、めっちゃデキるよな。さすがのお前も首席アブないってか?」
「実技と併せたら、あいつ相手じゃ最初っから取れねぇって」
 実技のテストは学期の最後だけだから、こいつらルーフェイアの実力はまだ知らない。けどルアノンでの火事騒ぎだのなんだの見たら、ぜったいおんなじこと思うだろうし。
「ルーちゃんって、そんなすごいのか……」
「オマエが最初っから諦めるとか、ハンパねーな」
 教室の後ろのほうを見っと、当のルーフェイアはひとりで、けどけっこう楽しそうだ。
 もっともアイツのことだから、満点――配られたコピー見りゃ一目瞭然――が楽しいとかじゃなくて、学院生活自体がおもしれぇんだろう。
 と、気配を感じたらしくて、こっちへ振り向いた。
 視線が合う。
 ちょっと首をかしげたルーフェイアに軽く手を振ってみせると、嬉しそうにこっちへ来た。
「ルーちゃん、満点すごいね! おめでとう!」
「え? あ、ありがとう……」
 ヴィオレイのヤツ、すっかりルーフェイアの太鼓持ちだ。
「でも、どうして……知ってるの?」
 コイツの天然ボケも、治る気配ねーし。
「おまえなぁ、たったいま自分の答案配られたってのに、もう忘れたのか?」
「あ! やだ、どうしよう……」
 今ごろ困るなと。
「だいじょうぶだいじょうぶ、満点なんだから問題ないよ」
「そう……なの?」
 なんか丸め込まれてやがるし。
「そうそう、こいつみたいに点が悪いとかじゃないから、ぜんぜん平気だよ」
「どーせオレは頭ワルいよ、悪かったな!」
 アーマルのヤツがヘソ曲げて、その隣でなぜかルーフェイアが脈絡もなく謝りはじめて。
 どーしようもねぇほど、いつものしょうもないやり取り。
 けどそのとき、なんか視線を感じた。
 不思議に思って、さりげなく辺りを見まわす。
――なんだ?
 女子どもが、敵意むき出しの瞳で、こっち見てやがる。
 視線の先は……ルーフェイアだ。
 こいつが満点取ったから、反感でも買っちまったのか。それともほかの理由か。
 イマイチよく分かんねぇけど、なんかヤな感じがした。

◇Natties
 答案用紙返してもらって、授業サボった教官が出てって、そのあと遊んでチャイムがなって。
 これで午前中はおしまい。シーモアとあたし、それにクラスのほかの女子、みんなで食堂に行く事に。
 しかも廊下へ出たら、いろいろいっしょにやる事が多いBクラスの女子と会って、なんだか大所帯になっちゃったり。
 みんなでわいわい、おしゃべりしながら歩いてく。
「ねぇ、シーモア、何点だったの?」
「94。ナティエス、あんたこそ何点だったのさ」
 あたしのいちばんの親友のシーモアって、けっこう美人。炎の色みたいな綺麗な赤毛を、肩くらいで切りそろえてるの。瞳ははっきりした翠。
 あたしなんてふつうのブラウンの髪と瞳だから、すっごくうらやましい。
 で、いつもちょっとぞんざいな喋り方する。でもそれがまた、カッコいいんだよね。
 けど今日は、いまいち不機嫌な感じ。
 理由ははっきりしてる。
 じつは夏休み中、うちのクラスに新入生が入った。でもこれ、すっごく珍しい話。だってここ、本校のAクラスなんだもの。
 本校ってば分校からの選抜組みばっかりだから、年度途中の入学とか、ふつうはゼッタイなし。次の春までどっかの分校にいて、試験受けて、それでやっと入れるとこ。
 もちろん、あたしたちもやったし。
 なのにあの子ったら、そういう常識ぜーんぶ無視して、年度途中でAクラス。
 ただルーフェイアっていう新入生、めちゃめちゃデキる子だったのもホント。あの首席のイマドと平気で学科で張り合ってるし、なんか技能なんてもっと上みたい。
 で、いままで次席だったシーモアったら、とうぜん首席争いから転落しちゃったわけで。
 けど、そーゆー理由で怒ってるの、責める気になんない。だってあのルーフェイアって子――性格良くないんだもの。
 さっきだってイマドたちと話してたし、今はいっしょに食堂へ行ったみたいだし。
 どうもあの子ったら自分が可愛いの承知してるみたいで、男子とばっかり仲良くしてて、すっごいヤな感じ。媚びてるみたい
 そのくせあたしたちが話しかけても、黙ってばっかり。ちょっと付きあおうって気さえないの。
 しかも、どっかのお嬢さまだってウワサ。だから持ち物なんか、一流品ばっかり。時々実地訓練の時に持ち出してくる太刀なんて、あたしたしが見ても分かるくらいのモノだったりする。
 こっちはみんな親ナシとかで、そんなもの絶対手に入らないの、分かってるの?
 だから最初はみんなで気を使ってあげてたけど、最近はもうこっちから話しかけたりしなくなってる。
「あの子さ、なんで学院なんかに来たんだろうね? ここってどっかのお嬢さんが来るとこじゃ、ないじゃない?」
「そうだよね。そういうのなら、ちゃんと本土に専用の、お嬢さんMeSあるんだし」
 どう考えたって、シエラの本校ってドレス着て踊るとこじゃない。バトル教えるところだもの。
 そりゃ確かに彼女強いみたいだけど、でもバトル屋っていう雰囲気じゃないし。
「ムカツクな〜。お遊びじゃないんだよね」
 ぼそっとシーモアが言った。
「だよね」
 思わず同意しちゃう。
 あたしたちほとんどみんな、帰るとこもない。だから気合の入り方だってハンパじゃないんだから。
 ちなみにあたしは両親がいない。八歳の時に死んじゃった……はず。
 じっさいは、いったい何がどうなったのか説明してくれる大人がいなかったから、今だにわかんない。ただたぶん、自殺したんじゃないかって思ってる。
 だってあたしが小さい頃は会社やっててけっこうお金があったけど、そのうちよく「お金がない」って言うようになったから。
 ともかくある日突然両親がいなくなって、家を追い出されて、親戚のところへ連れてかれて。
 でもそこ、どうやってもいいところじゃなくて。たまりかねてその家を抜け出して街をうろうろしてたとき、シーモアに会った。
 彼女のほうはスラムの生まれで、あたしと会った頃にはしっかりストリートキッズしてた。
 家出したあたしがどうにか路上生活できたのは、彼女のおかげ。同い年だけど、巡り巡ってこの学院へ来るまで、ずいぶんいろいろ面倒みてもらった。
 我ながら、苦労してるかなって思う。けどこれあたしだけじゃなくって、学院に居る子って、だいたいそんな感じ。
 でもあの子ったら、そんな雰囲気ない。いつもすっごく楽しそうにしてる。
 きっと帰る家もあって両親もいて、お金にだって困ったことないんだろうな。
「なんか……バカにしてるよね」
「へぇ、ナティエスでもそう思うんだ?」
 あたしがぽろっと言った言葉に、誰かが相槌をうった。
「でもさ、ほんとそうだよね。なんかあの子、チャラチャラしてるし」
「お嬢さんだから、しょうがないって?」
「でもさぁ、もうちょっと考えたっていいんじゃない?」
「そうそう。いっくらカワイくたって、あの性格じゃね」
 みんな、おんなじことを思っているみたい。
「シカトしちゃう?」
「シカトって、いまだって似たようなもんじゃん」
「あ、そうか」
 広がるクスクス笑い。
「そういえばこれ、ミルにも言っとく?」
 誰かが言った。
「ミル? 放置でいいんじゃない? どうせあの子、メチャクチャだし」
「そっか」
 名前の出たミルって子は、すっごい変わり者。悪い子じゃないんだけど、やること成すことメチャメチャ常識外れで、周りを振り回す天才。
 だからこういうコトには、さいしょっから人数に入れないほうがイイと思うし。
「世間知らずのお嬢さんには、思い知ってもらうさ。ここがどんなとこかっての」
 シーモアの言葉に、みんなうなずいた。

◇Loa side
「ルーフェ遅いな、何してんのかな、教室まで見に行こうかな」
「落ち着きなさいよロア」
 うろうろと歩き回る同級生を、エレニアがたしなめる。
 午前のカリキュラムが終わった昼休み、広いはずの食堂はこの外から見える部分だけでも、かなり数の生徒たちでごった返していた。
「そもそもクラスの子と仲良くなって、私たちと食べなくなるなら、そのほうがいいって言ってたじゃない」
「それはそうなんだけどさ……」
 そのあいだもロアは、しきりに低学年の校舎へと視線をめぐらせる。
「それにしても、変われば変わるものねぇ。あんなに後輩と相部屋になるの、嫌がってたのに」
「だってあのコ、カワイイんだよ」
 ロアとルーフェイアはクラスはもちろん、学年も校舎も違うので、朝部屋を出ると夕方まで顔を合わせることがない。だが年度途中の入学では、何かと慣れずに困るだろうと、ロアはルーフェイアといっしょに昼食をとるようにしていた。
 もちろん当の本人には、「友だちに誘われたらそっちを優先」と、きちんと言い渡してある。
 だが引っ込み思案なルーフェイアは、まだそこまで行かないようだ。だいたい同じ時間に、いつもここへ来て、ロアたちといっしょに食べていた。
「あ、ほら、来たわよ」
 エレニアが指差すほうを慌てて見ると、たしかにあの目立つ金髪があった。
「あら、今日はクラスの子といっしょみたいね」
「ほんとだ」
 ただ、顔ぶれはロアも見知ったものだ。
「おとなしいのに男子と仲いいとか、ルーフェも面白いなぁ」
 たしかあの子の話では、イマドという同じAクラスの男子に、シエラへ誘われたと言っていた。いっしょに居る中で、いちばん大柄の子がそうだ。
 手を振ると、ルーフェイアが嬉しそうに早足になって、目の前まで来る。
「今日はみんなと来たんだね」
「はい」
 にこにことうなずく――この子のこういう顔はそう多くない――少女に、ロアは少し考えてから言った。
「エライエライ。
 そしたら今日は、ボクたちいないほうがイイね。ルーフェ、みんなとゆっくり食べておいで」
「え……」
 そんなことを言われるとは思ってもみなかった、そういう表情だ。
「先輩、コイツ先輩とメシ食うって、ここまで来たんですよ?」
「けどせっかく友だちと来たんだよ、やっぱりここは、クラスメイトといっしょに食べなきゃ」
 ルーフェイアがクラスの子と馴染めないのは、こうして自分がいっしょに昼食を食べているせいではないか、そんな気がしてならない。
 と、エレニアにつつかれた。
「ちょっとロアってば」
「え? あ!」
 やり取りが悪かったのだろう、ルーフェイアが下を向いて泣きそうになっている。
「わわわ、ルーフェ泣かないで! ゴメン、ちゃんといっしょにご飯食べるよ!」
 苛酷な環境から抜け出したばかりの少女は、まだかなり情緒不安定で、ちょっとしたことで泣き出すのだ。
――単に泣き虫の可能性もあるが。
 どちらにせよ、このまま泣かせておくわけにはいかない。
「と、ともかくホラ、いっしょに食堂行こ」
 慌てて手を引いて食堂へ向かおうとすると、一瞬ルーフェイアが、クラスメイトのほうに視線を向けた。
(なるほど)
 さすがにこんどは、この子の望みがロアにも分かる。
「ほら、そこの3人! キミたちもこっち来て、いっしょにご飯食べなさい」
「へ? オレらっすか?」
 そういうつもりはなかったのだろう、彼らが面食らう。
「オレら、食堂までいっしょに来ただけなんスけど……」
「こらこら、先輩の言うことはきかなきゃダメだろ。ルーちゃんとご飯食べられるなんて、うん、大賛成」
 このあたりはいっしょにつるんでいても、温度差があるようだ。
「けどなぁ……」
 今ひとつ煮え切らないクラスメイトの前で、ルーフェイアが悲しそうに視線を落とした。
――一撃必殺。
「あー分かった分かった、いっしょに食うから泣くなっての」
「そそ、ルーちゃんだいじょうぶ、心配しなくていいからね」
 エレニアが、やれやれとため息をついた。
「まったく、みんなルーフェイアには弱いわよねぇ」
「そう言われてもさー」
 なぜと問われたら困るのだが、この子を見ていると、守ってやらなければならない気がしてくるのだ。年より小柄で、性格も幼いせいかもしれない。
 そんなルーフェイアを真ん中に、ぞろぞろと食堂へ移動する。
 シエラの食事のメニューはシンプルだ。日替わりで朝は一種類、昼夜は二種類のセット物、あと飲み物がお茶など何種類か。ただおかわりは自由だし、味もけして悪くない。
 何よりここに来る子の多くは、満足に食事もできなかった時期がある。そのせいもあって、タダでお腹いっぱい食べられればとりあえず十分、という子がほとんどだった。
「ルーフェはさっぱりセットだね」
「あ、はい」
 選んでやり、そろえてやり、席を取ってやり、重そうなら代わりに持つ。孫に甘い祖父母もかくやというほどの、可愛がりぶり過保護ぶりだ。
「ルーちゃん良かったね、先輩にすごく可愛がってもらって」
「いや、なんつーか、可愛がりすぎだろ」
「そうよねぇ、私もちょっと心配で」
 うしろでエレニアはじめ、一同のそんなつぶやきが聞こえたが、ロアは気にもしない。
「これでだいじょぶ? 椅子遠くない?」
「だいじょぶです」
 そんなやり取りを横目に、ほかのメンバーもテーブルに着く。
「イマド、そんなに……食べるの?」
 同級生の昼食の量を見て、ルーフェイアが目を丸くした。おそらく二人前は、ゆうにあるだろう。
「ふつうだろ。てか、これじゃたぶん足りねーし」
「え……」
 同年代の子をあまり知らない少女には、かなりのインパクトだったようだ。
「つか、お前が食わなすぎだって。そんなんで夕メシまで持つのかよ」
「イマド、お前とルーちゃんを同じにするなよ。かわいそうじゃないか」
 すかさず外野が茶々を入れる。
「オマエ図体デカいから、そのぶん食うもんなー」
「るっせ」
 軽快なやり取りのあいだで、少女は楽しそうだ。ロアが見るかぎり、ルーフェイアはこの男子たちとは、上手くやれている。
 しゃべりながらの、昼食の時間が始まった。つまらない話でしらけてみんなから突っ込まれてみたり、おかわりをしに行ったりと、なかなかにぎやかだ。
「あー、オレ今学期のテスト、ヤバかったんだよな。マジ勉強しないと」
 たあいない会話の中から、唐突に深刻なものが飛び出す。
「たいへんだな、頑張れよ」
 イマドは他人事だ。たしか彼は入学してからずっと、学年のトップを独走している。だからテストなど、どうということもないのだろう。
「テスト……悪いと、ダメなの?」
 ルーフェイアが、不思議そうな顔をした。
「あーそっか、ルーフェは知らないか」
 学院へ来て日の浅いこの子に、ロアは説明する。
「こないだテストやったでしょ? あの成績の総合で、翌年のクラス分けが決まるんだよ」
 この学院は全体的に、生徒の自主性を重んじる。だがそれは同時に、生徒たちに相応の責任も負わせるものだ。
 勉強しろとは一言も言わないが、成績が落ちれば容赦なく降格する。規律も守れとは言わないが、破れば即ペナルティーが課される。
 しかもこれらが積み重ねれば、強制退学だってあり得るのだ。だから、どの生徒も必死だった。
 だがこの少女は、まだよく分からないようだ。
「クラス、分け……?」
 きょとんとした表情で、首をかしげている。
「えーっと、これでダメだと、どう説明すればいいのかなぁ」
「先輩、放っといたってそのうち、イヤでも覚えますって」
「それもそうか」
 この子が学院へ来てから、まだいくらも経っていないのだ。焦ることもないだろう。
「ルーフェイア、私デザート取りに行くから、食べるならいっしょに行きましょ」
「あ、はい」
 エレニアに声をかけられ、少女も立ち上がる。
 質問ではなく提案の形を取るあたり、彼女もいいかげん慣れてきたと、ロアは思った。おとなしいうえに日常生活全般でズレているルーフェイアには、こうして道を作ってやり、選ばせたほうがスムーズだ。
 何より彼女ひとりでは、「選べない」という致命的な問題もある。
 二人が仲良く話しながら、離れていく。
「今日はなににする?」
「えっと……」
 その後ろ姿を見送るロアの視界に、低学年らしい女子の集団が入り込んできた。
――昼食に似つかわしくない、異様な雰囲気。
 一様にルーフェイアのほうに視線をやるさまは、どこか殺気立っている。
 ロアは考え込んだ。
 面倒見がよく美人のエレニアは、後輩に人気がある。いわゆる「お姉さま」として憧れられるタイプだ。
 そのエレニアに、親しげにルーフェイアがくっついているから、妬まれたのか。
 一団の中心は、赤い髪の子のようだ。他より少し背が高いうえ、堂々とした振る舞いで、遠目にも目立つ。
「先輩、エレニア先輩ついてんだから、いくらルーフェイアのヤツがボケてても、平気ですって」
「違うってば」
 それもたしかに心配だが、今はそれよりもあの一団のほうが気になる。
「さっきから何見てんです?」
「うん、あの集団なんだけどさ」
 指差した先を見て、男子三人が口々に答えた。
「あれ、ウチのクラスの連中ジャン?」
「Bクラスの女子も、いっしょじゃないかな」
「だな」
 訊けばルーフェイアたちと同じAクラスの女子と、合同授業でいっしょになることが多いBクラスの女子、両方合わせた一団らしい。
「なんで、あの子たちいっしょに……」
「女子ども、数があんまいねぇから、合同クラスともよくつるんでますし」
「それは分かるってば」
 気になるのはそんなことではなく、なぜ彼女らがみな、同じような敵意を見せるのかだ。
 エレニアのファンというだけならいいのだが、ルーフェイアと同じクラスというのが引っかかる。
(まさか……)
 イヤな予感がした。

◇Imad
 ロア先輩の「予感」は当たってた。
 おとなしくて引っ込み思案なのもあって、ルーフェイアのヤツは前から女子と馴染めねぇだけと思ってたけど、どうも違ったみてぇだ。
 つか、ここんとこもっとあからさまで、聞こえよがしにいろいろ言うヤツまでいるし。
 仕切ってんのは、シーモアのヤツだろう。スラムあがりのあいつは性格がキツいうえ、良くも悪くも統率力はある。
 ただ幸い、いまんとこ持ち物に手出されたりはしてないっぽい。むしろヤバいのは、クラスの雰囲気のほうだ。
 このクラスは女子は少なめだけど、そんでも数人はいる。これがツルむとすげぇうるせぇし、口じゃまずかなわねぇ。しかも中心にいるシーモアのヤツは、ケンカもハンパなく強かったりする。
 このせいでAクラスの男子連中も最近は、ルーフェイアに近づかなくなってた。シーモアたちにからまれたらヤバい、ってんだろう。
 ただ当のルーフェイアのほうは、まだ状況を理解してない。自分が簡単には馴染めないと思ってるから、そういうもんだとヘンなとこで納得してる。
「数学と理科、どうしよう……」
 ルーフェイアのヤツが心配そうに言う。テストの点が、この二つはこいつ、イマイチだった。
――あれで「どうしよう」とか言われたら、怒るヤツ山盛りだろうけど。
 そんでも当人に取っちゃ、大問題だ。
「おまえ、難しく考え過ぎなんだよ。単純に公式だけ当てはめてけって」
「だって……」 
 ちょっと視線落として、困りきった表情しやがる。
「ったくしょうがねぇな、教えてやるよ。移動すっぞ、自習室な」
「いいの?」
 ひさびさに、こいつの表情がほころんだ。
「いいって。つか、荷物取ってこいよ」
「うん」
 ルーフェイアが自分の荷物を取りに、自分の席へ行く。シエラは成績順で席が決まるから、ホントならあいつは前のほうだけど、途中入学の関係でいまはいちばん後ろだ。
――って、なんだ?
 たむろってる女子のあいだを通り抜けるルーフェイアに、足出してるヤツがいる。どうも引っ掛けて、転ばせようって魂胆らしい。
 まぁやられてんのがルーフェイアだから、ほとんど無意識に避けちまって、意味ねぇんだけど。
 ただ状況は、俺が思ってたよりさらに悪りぃってことだ。
 気になってそのまんまルーフェイアのやること見てっと、こいつが机の上に手を伸ばした瞬間、かすかに空気がふるえた。
 けど、そんだけだ。つか空気がふるえたのだって、ほかの連中は気づいてねぇだろう。
 ルーフェイアのヤツが、教科書だの抱えて戻ってくる。
「おまえさ、机んとこ、なんかしてあんのか?」
「えっと……結界のこと?」
 よく訊いてみっとこいつ机だのなんだの、ともかく自分だけが使う場所ならそこらじゅうに、簡単な結界張ってるらしい。
「なんでそんな、面倒なマネすんだ?」
「え? 持ち物って、放置……しないでしょ?」
 なんか激しくズレた答えが返ってきやがった。
「盗まれたり、攻撃で壊されたら、困るし」
「ここで攻撃はねぇだろ……」
 危機管理って意味じゃ間違ってねぇけど、ちと行きすぎだ。
 けど、それを言うつもりはなかった。なんせ状況が状況だから、このまんまにしといたほうが、ぜったい被害が少ねぇはずだ。
 なるたけ手を出されねぇ状態を保って、そのあいだにどうにかする。自分でもモヤモヤすっけど、こんくらいしかテが思いつかない。
「行くぞ」
「うん」
 俺自身も含めて、いろんなモンに腹立つのを押し隠して、部屋を移る。
「あのね、ここ……」
 移動するなり、ルーフェイアのヤツが訊いてきた。
「あーこれか。勘違いするヤツ多いからな」
「そう、なんだ」
 解法が複雑になってくっと、ルーフェイアは弱い。特に逆転の発想、みたいなヤツが苦手だ。
「あと、この計算……」
「おまえこのへん、根本的なとこ分かってねぇだろ。図にしてみろって」
「え? だってこれ、ただの計算……」
 首をかしげるこいつの目の前で、簡単に描いてやる。
「だからこいつを一辺に見立てて、こうやって面積で考えてみろよ。公式の意味分かっから」
「……あ!」
 まぁこのへん、こうやって教えねぇ教官も、しょうもねぇんだけど。ただ公式並べて覚えろ覚えろ言うだけなら、授業要らねぇし。
 ともかくそうやって、あれこれやって。一段落したとこで、かなりためらったけど、思い切って訊いてみた。
「おまえさ、平気か?」
「平気って……えっと、何が?」
 訊くだけムダだったかもしんない、そう一瞬思う。
 けど、このまま様子見ってのは、そろそろ限界ってヤツだろう。被害が出てねぇってだけで、もう直接手を出す段階に移ってやがるし。
「あー、ほら、あいつら女子の――」
 ルーフェイアがうつむいた。
「最初から……馴染めないと、思ってたから……」
 最後のほうは言葉にならない。
 学校へ行きたい。
 友達がほしい。
 こいつが望んでる、たったそれだけのことが壊れかけてんのに、なんもできねぇ自分に腹が立つ。
 ホント言うとあのバカ女子どもに、こいつがいままでどこで何してどんな思いだったか、ぶちまけてやりたかった。
 でも、ルーフェイアの場合はそれはぜったい、できねぇワケで。万が一そのへんから、シュマーの話にたどり着いたらヤバすぎる。
 かといって、ほかにどうしたらいいかも分かんねぇし。
 ルーフェイアとシーモアがガチでやりあえばそれで終わる気もすっけど、シーモアはともかく、ルーフェイアのヤツはぜったいンなことしねぇだろう。
「――ゴメンな」
「ううん、イマドは、違うから……」
 そう言うルーフェイアの瞳から、涙がこぼれる。
 なのに俺は、どうしようもなく非力だった。

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