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◆葛藤◆

3:転機


◇Rufeir
 状況は、相変わらずだった。
――ムリなの、かな。
 イマドやロア先輩、訓練島のおじさんに、励ましてもらって頑張ってきたけど、自信がないなんてもんじゃない。
 そんなことを考えたら、涙がこぼれそうになって、くちびるを噛む。さすがに教室で泣きたくはなかった。
 と、影が差す。
 恥ずかしくて目をこするフリをして、それから顔を上げた。
 オレンジがかったふわふわの髪。薄い水色の瞳。同じクラスの子だ。
「だいじょぶ?」
 屈託のない笑顔。
「話すの初めてだね。あたしね、ミル。ミルドレッド=セルシェ=マクファディ。んーと、ルーフェイアって長いから、ルーフェって呼んじゃっていい?」
 一気にまくしたてる。明るい声だった。
「ねぇねぇこれからお昼でしょ? 今日もイマドたちといっしょ? あたしも入れてね」
 夏の日差しにきらめく、海みたいな子だ。
「さ、早く行こ。好きなのなくなっちゃったらヤだし。
 イマドイマド、行くよー!」
 よく通る声で呼ばれて、イマドたちが振り向いた。
「げ、ミル、なんでてめぇが湧いてるんだ」
「べつにいいじゃん、なんとなくだし」
 やり取りについていけなくて呆然としてたら、ミルに腕を引っ張られて、そのまま廊下へ出て歩く。
 けどしばらく行った場所で、ミルがとつぜん、立ち止まって言った。
「ルーフェ、あのさ、だいじょぶ?」
 聞き返さなくても何のことか分かって、だからあたしは下を向く。
 だいじょうぶと答えたい。でも……そう言えない。
「そっか。そだよね。だいじょぶなワケないよね」
 イマドたちが、追いついてくる。
「何やってんだ?」
 ミルが、イマドたちのほうに、いたずらっぽい瞳を向けた。
「男が三人もくっついてて、なーんもできなすぎー」
「っ……!」
 彼らの顔色が変わる。
「あっは、やっぱ図星? そだよねー、ルーフェかわいいしー」
「てめぇ、何しにきやがった」
 イマドの表情が一気に冷たくなる。
 でも、ミルはまったく動じなかった。
「ほんとはさー、放置してよっかなーって。メンドイし。
 けど、ルーフェなんかすっごいワケありっぽいし、シーモアもちょーっと暴走気味だし」
 言って、一呼吸。彼女がなんとも言えない、底知れない微笑を浮かべる。
「だから、イタズラしよっかなって」
「え?」
 何のことか分からなくて、考え込むあたしの横で、イマドが怒鳴りつけた。
「てめぇ、タダでさえややこしくなってんのに、これ以上引っかき回したら容赦しねぇぞ!」
 すごい剣幕だ。
「きゃー、イマド怒った怒った〜」
 それでもミルはお構いなしで、楽しそうに笑ってる。
「イマド、わっかりやすすぎー。ルーフェにぞっこん?
 ま、イタズラっても、ただの実験だからー。どうせいまより、悪くなんてならないし」
「そりゃたしかに、そうだけどさ……」
 イマドたちが顔を見合わせた。
「つか、何する気だ」
「き・り・く・ず・し」
「切り崩し?」
 何のことか分からない。そもそも、切り崩すようなものなんてまわりに見当たらない。
「――ルーフェ、もしかして、話見えてない?」
「ごめん……」
 物分りの悪さが申しわけなくて謝ると、ミルがイマドたちのほうへ顔を向けた。
「三人もいて、だーれも状況説明してないんだ?」
「いや、だってこいつ、気づいてねぇし」
「ホントのこと分かったら、よけいかわいそうだよ」
 口々に言いわけするのを聞いて、ミルが言い放つ。
「ばっかじゃないの!」
 さっきまでの楽しそうな雰囲気とは一転、厳しい声と視線だ。
「何がどうなってるか分かんなかったら、ルーフェだってやりようないじゃない。
 分かんないのもアレだけど、教えないってもっとヒドいでしょ。共犯みたいなもんだよ!」
 ほとばしるような怒りかただ。
 そしてこんどは、優しい表情であたしのほうへ向き直る。
「ルーフェ、いい? あのね、ルーフェはいじめられてるの。分かる?」
「いじめ……?」
 言われてることがピンと来なかった。
「ふだんいろいろ言われたり、やられたりしてるでしょ? それ、全部そうだよ」
「え、でも、あれは……」
 あれはあたしが違いすぎて、馴染めないせいだ。
 肝心なことはひとつも知らなくて、できることと言えば……。
「あ、泣かした」
「あれ、泣いちゃった」
 下を向いたあたしを、ミルがしゃがみこんで見上げた。
「ルーフェ、だからね、ルーフェは悪くないの。それ分かる?」
「え?」
 驚いて彼女を見返す。
 くるくるっととした水色の瞳が、笑った。
「ルーフェがね、ふつうとはちょっと違うのは、たしかだけどさ。でも、それといじめは別だよ。いっしょに考えたらダメだよ」
「そう、なの……?」
「そだよ」
 ひょいっと彼女が立ち上がる。
「違う違うって言うけどさぁ、同じ人なんて、ぜったいいないじゃん。みーんなどっか違うもん。なのに比べるとか、あたし分かんないなー」
 はっとした。たしかにミルの言うとおりだ。
 何もかもすべて同じ人は、どこにも居ない。
「ちょっと、分かった?」
「……うん」
 少しだけ、楽になった気がした。
「よーし、そしたらイタズラいこー!」
 どこまでも楽しそうだ。
 そのようすに呆れ顔で、イマドの友だちが突っ込んだ。
「もしかして、ルーちゃんのためってより、単に面白そうだからって言わないか?」
「うん」
 きっぱりとミルがうなずく。
「でもさ、悪くない話だと思うんだ〜。
 あたしは楽しめちゃうし、上手く行けば片付くし。サイアクでも、現状維持ってだけだし」
 彼女の魔を秘めた笑顔。
「イマドたちも利用できるものは、利用したほうがいいんじゃない?」
「………」
 三人とも言い返せないみたいで、そのまま黙る。
「じゃぁそしたら、次の授業からやってみよっかー」
 次の授業っていったら、午後の実技だ。内容はたしか、自衛のための格闘技。
「なにを……するの?」
「んー、要するにこういうのって、勢力図がが変わればいいんだよね」
 ミルがちょっと考え込みながら言う。ただ「分からない」のじゃなくて、「どう説明すればいいか」を考えてるみたいだ。
「えーっとだからね……こういうのって誰か、中心になってるのがいるでしょ?」
 イマドたちがうなずいた。あたしは気づかなかったけど、みんな分かってたみたいだ。
「じゃぁさ、どうしてこういうふつうじゃダメなこと、やれちゃうか分かる?」
「本人が、そういう性格だからじゃ?」
 ヴィオレイの答えに、ミルは首を振った。
「それもあるけどね、それだけじゃできないよ。ひとりでやってたら、その人のほうが“おかしい人”になっちゃうから」
「――そういうことか!」
 納得がいった顔で、イマドが声を上げる。
「けど、どうやるつもりだ? 切り崩すったって、ちょっとやそっとじゃできねぇだろ」
「女子はねー。でもさ、今回って男子は日和見だから〜」
「そりゃそうだけどよ、だからってすぐ、どうにかなるもんじゃねぇぞ?」
 二人の話に、ついていけない。
「あのな……オマイら二人、何の話してんだ?」
 イマドの友だちがそう言って、ちょっとほっとする。分からなかったのは、あたしだけじゃなかったみたいだ。
「えー、こんなに説明してんのにー?」
「してないしてない」
 たいへんな話のはずなのに、なんだか笑ってしまうようなやり取り。
「だからね、切り崩す話なんだってば〜」
 ミルは自信満々だけど、あたしたちは顔を見合わせるばかりだった。
「ワケわかんね……」
「というか、ミルの言うことだから、最初から理解とか無理だってば」
 ひどい言われようだ。
 だけどこれがふつうなんだろうか? イマドは当たり前って顔をしてるし、ミルのほうは完全受け流しだ。
――彼女、強いな。
 そう思った。周りを気にしないで、自分のスタイルを貫けてる。
「ともかくさー、やってみようよ? おもしろそうだし。
 それにもう、毒流してきちゃったしー。上手くいったらいまごろ、仲間割れかも?」
 楽しそうにくすくすと笑うミル。
「――しゃぁねーな。ほかに選択肢、いまんとこねぇし。やるだけやってみっか」
「そだな。このまま何もしないじゃ、ルーちゃんいつまでもこのままだし」
 みんなの意見がだいたい一致した。
「じゃぁ決まりね!
 そしたらさっきも言ったけど、次の授業からやってみよ!」
「だからさっきも聞いたけど、何すんだよ」
「んー、わかんなーい。でもそのときになったら、ヒラメくと思うんだ。ともかくお昼お昼!」
 ミルの言うことはなんだかいい加減で、ちょっと不安な気はする。
 でも、何かが少しだけ動くかもしれない、そんな感じがした。

◇Nattiess
 授業の終わりまでもう少し。早く早くと思いながら、つまんない型の練習を続ける。
 たしかにこれが基本なのは分かるんだけど……もう少しなんか、違うことしたいもの。
「よし、じゃぁ次は……」
「せんせー!」
 とつぜん、ミルが突き刺すような声で手を挙げて。きっとまた何かとんでもないこと言って、授業かき回すのかも。
 でもそうすれば時間潰れるから、これはちょっと歓迎?
「ミルドレッド、きちんと授業を受けないと減点するぞ」
「でもー、あと時間ちょっとだしー。たまにはルーフェイアとイマドの模擬試合とか、そーゆーの見たいですー」
 意外だけどこの言葉に、教官ったら考え込んだの。
「あの二人か……たしかにそれは、見ておいていいかもしれないな」
 なんか、すごいセリフ。
 イマドが強いのは、みんな知ってる。首席はダテじゃなくて、彼相手じゃ誰も攻撃、当てられないの。
 でも教官の言い方だと、ルーフェイアとならちゃんと試合が成り立つみたい。
「よし、二人とも前へ」
「え、マジっすか……」
 しかも、イマドったらしり込み。いつだって誰が相手でも平然としてるのに、こんなの初めて。
「いいから黙って前へ来い。ルーフェイア、きみもだ」
「はい」
 彼女も立ち上がる。
 学年でもいちばん大柄なイマドと、いちばん小柄なルーフェイア。頭ひとつ以上身長が違うの。
 これで試合になるのかな……?
 さすがにちょっと心配になる。いくらなんでも、体格差がありすぎだもの。でも教官がまさか、そこまでメチャクチャしないと思うし。
「……手加減しろよな。さすがに怪我したくねーから」
「あ、うん」
 とんでもない会話に、なんか呆然としちゃったり。だって「手加減しろ」って、つまりルーフェイアのほうが、圧倒的に強いってことだもの。
 けど、どう見たって、そんなふうには見えないし。
 教官に促されて、二人が向かい合う。武器はどうするのかと思ってたら、練習用の杖が渡された。どっちも剣を使うからなんだろう。
「始め!」
 短くて鋭い声と同時に、ルーフェイアが動いた。同時に、イマドも。
 一瞬で間合いを詰めたルーフェイアの突きを、イマドがすんでのところでかわす。同時に動いてなかったら、きっと食らってたはず。
 どうにか逃げたイマドに対して、ルーフェイアがそのままの体制から即座に、手元側での返し突き。
 硬い音がして、杖がぶつかり合った。イマドが下段から、ルーフェイアの杖を跳ね上げて防いでる。
 でもルーフェイアは動じた感じもなくて、逆らわずに杖を操って、きれいに正眼に構えなおした。
 間をおかず、ルーフェイアの攻撃。突いて、返して、薙いで、変幻自在ってこのこと。
 イマドは防戦一方だ。けど、防げるだけでもすごい。ふつうならこんなの、ものの数秒で負けて終わりそうだもの。
 みんな文字通り、息を呑んで二人を見守る。
 またルーフェイアの攻撃。打ち下ろしてきたのをイマドが、横にした杖で受け止める。
 瞬間、彼女が懐にもぐりこみながら、イマドの杖を支点にして、自分のを反転させた。
 みぞおちへの返し突きを、イマドは避けきれない。
「そこまで!」
 教官の声と目にしたものに、みんないっせいにどよめいた。
 ルーフェイアの強烈な突きは、寸止め。イマドは怪我してない。
 圧倒、なんてもんじゃなかった。正真正銘の桁違い。これじゃ上級生どころか、傭兵隊の先輩たちともやりあえる。
 こんな子を、もし怒らせたら。そう思うと、背筋がちょっと凍りそう。
「強すぎ……だよね、あれ」
「ちょっと怖いかも」
 ほかの女子も同じこと思ったみたいで、あたしのそばで囁きだす。
「あたしもう、あの子に何かするのはやめる。キレたら殺されそうだもん」
「おとなしいから、それはないと思うけど……」
「でもおとなしい子のほうが、キレたらヤバくない?」
 これが決定打だった。ただでさえミルの言った、「MeS上がりとか少年兵あがりかも」って話で、みんな浮き足立ってたわけで。そこへこんなもの見せられたら、とてもじゃないけど手出しなんてムリ。
「おまえなぁ、もっと手加減しろよ。危ねぇだろ」
 イマドはなんでか知らないけど、ルーフェイアの強さには慣れっこみたいで、なんか突っ込みいれてるし。
「ごめん……」
 また謝るルーフェイアのところへ、とつぜんミルが乱入した。
「ルーフェやっぱりすごい〜! ねね、こんどあたしにも教えて。いいでしょ」
「え……」
 ルーフェイアはいつもどおり、黙ったまんま困った顔。ホントに話さない子。
「待てミル、ルーちゃんに教わるのは、この僕が先だから」
「えー、ずるーい! あ、じゃぁいっしょならいいよ」
「なんだそれは。僕は一回も、いっしょなんて言った覚えはないぞ」
 なんかぎゃぁぎゃぁ、周りのほうが騒ぎだす。
 そこへ、ほかの男子が声をかけた。
「おまえらさ、そこで教官、頭から湯気出してるぜ? 最後の挨拶くらいしろって」
「最後の挨拶って、まだ時間きてねーぞ?」
 やり取り見て、何かが動いたかも……って気がした。何がって言われると上手く答えられないけど、ともかくいままでと違くなったのは確か。
 急に心配になって、シーモアを見る。こんなの見せられたら、冷静じゃいられないと思うから。
 けど彼女、黙って自分の荷物持って、教室のほうへ向かって。
「シーモア!」
 慌てて追いかける。
 シーモアは、振り向きもしなかった。

◇Imad
 クラスの雰囲気はかなり変わった。
 恐れをなしたんだろう、女子どもはルーフェイアに悪さすんのをピタっとやめてる。
 細かいこと言うならこれもヤバいんだろうけど、とりあえずいろいろ言われなくなっただけ、ルーフェイアの顔色も良くなってた。
 あとすげぇのが、ミルだ。あの独特のノリでルーフェイアのヤツにまとわりついて、完璧な防波堤と化してる。学内のブラックリストにゃ片っ端から載ってるような、とんでもねぇ災厄娘だけど、今回ばっかは感心するっきゃなかった。
 男子のほうは、だいたい元通りだ。俺ら仲介にする格好で、ルーフェイアはそれなりにやれてる。
 いちばん気になるシーモアのやつは、だんまりだった。あれ以来クラスの女子と微妙に距離が出来てんのもあってか、目立った動きはゼロだ。ただ諦めたとか納得したふうじゃねぇから、まだひと悶着ありそうな気がする。
 ただとりあえずは、平穏ってとこだろう。
「ルーちゃん、つぎは教室移動だよ。ここで用意しちゃダメだよ」
「え? あ!」
 ヴィオレイのまとわりつき、かなり激しい。けどルーフェイアは、誰かが面倒みねぇとどうもダメだから、あんま問題になってなかった。
「あれ、えっと……あと何……?」
 それにしたってコイツ、バトルだとあんな冴えてんのに、ふだんの生活はボケ過ぎだ。
「工具だ工具、キット取って来い」
 慌ててルーフェイアのヤツが、教室の後ろへ向かう。
 途中で女子どもの脇を通ったけど、どうってことなかった。すんなり奥まで行って戻ってくる。
――けど。
 通りすがり、シーモアのところで一瞬、ルーフェイアが立ち止まる。
「なんか言われたのか?」
「ううん」
 気になって、戻ってきたコイツに訊いてみたけど、答えはNOだった。どう見てもなんか言われてきたっぽいのに、それ言わないってのは、要するになんかヤバいんだろう。
「ならいいけどな。行くぞ」
「うん」
 知らん顔して立ち上がる。
 こいつ、こういうことは頑として言わない。迷惑かけるのがイヤとかなんとかで、なんだって自分でどうにかしようとしやがる。
 ともかくなんか起こるのは間違いなさげだから、気をつけながら様子見ってセンだろう。
――アーマルとヴィオレイにも言っとくか。
 あるとしたら、授業終わってからってのは確実だ。さすがのシーモアのヤツも、授業中にやらかすほど、ムチャクチャじゃねぇし。
 だったら念のためでも、手が多いほうがいいだろう。
 授業だのの合間狙って、あの二人に伝える。
「それってさ、なんかする気満々ってことじゃ?」
「でもよ、アイツ罠とかキライじゃん」
「シーモアのことだから、サシで勝負じゃねぇか? あいつ性格、直球だかんな」
「あー、それアリかもな」
 そんな話してたら、教官に呼ばれてたルーフェイアのヤツが戻ってきた。
「どうか……したの?」
「してねぇしてねぇ。それよかおまえ、今日も訓練島行くのか?」
 はぐらかして、違うほうへ話を持ってく。
 ルーフェイアは人を疑わない――よくこれで前線にいられたな――から、それ以上突っ込んでもこないで、俺の話に乗った。
「うん。裏の施設……怒られちゃうし」
「倒しすぎで怒られて使用禁止とか、メチャクチャだろ」
 つかこんな理由、聞いたことねぇし。
「またすぐ行くのか?」
「じゃないと……暗く、なるから」
 授業終わってすぐ訓練に行くってなら、シーモア絡みの話は戻ってからってことになる。ウソついてる可能性もゼロじゃねぇけど、こいつの場合すぐ顔に出るから、今回はナシだろう。
「そか、なら早く行ってこいよ」
「うん」
 ぱたぱた、ルーフェイアのヤツが出てく。
「ルーちゃん行かせちゃって、だいじょぶなのか?」
「戻ってきたとこ押さえりゃ、どうにかなるだろ」
 今から行ったとして、戻るのに使えそうな船は、二つか三つだ。
「んじゃその前に、イロイロやっちまおうぜ」
 これにはみんな異論なしだった。
 シエラじゃ放課後もけっこう忙しい。食事は出してもらえるけど、あとはぜんぶ自分でだ。いちおう洗濯も頼めるけど、たまになくなるし、なんせ扱いが荒い。だから俺らくらいになると、自分でやるヤツが多くて順番待ちだった。
 ほかにも予習復習しとかないとヤバいし、自主訓練サボるとおもいっきり落ちこぼれる。
 まぁ今日はさすがに、休まねぇとムリっぽいけど……。
「オレ、教官に『三人で自主練』って言ってくるわ。んで休むって」
「頼むー。んじゃその間に僕は洗濯、当番だからやっとく」
 何日かに一回しか自分の割り当てがねぇから、こういうのは何人かが集まって当番決めて、まとめてやるのが普通だ。
「イマド、先輩とリティのぶんもあるんだよね?」
「あるだろな。俺も寮戻るわ」
 たぶんいつもの場所に、ひとまとめに出してるはずだ。それにもうひとつ、ほっとけねぇモンがある。
 戻って部屋のドアを開けっと、ちっちゃい女の子が奥から飛び出してきた。
「イマドおにいちゃん、おかえりー!」
「ただいま、リティーナ。いい子にしてたか?」
「うん!」
 同室の先輩の妹だ。
 この子はまだ五歳だから、シエラには入学できない。けど先輩のほうは、もともと他所のMeSに行ってたのもあって、シエラに入学しちまった。だからリティーナはひとり、孤児院に預けられたワケなんだけど……泣いてばっかで何も食わなくて、たちまち痩せちまったらしい。
 で、それじゃ命に関わるって話になって、特例で寮でいっしょに暮らしてる。
 先輩と昼飯食ったあと、リティーナはいつも部屋に一人だから、一回戻って様子見んのが俺の日課だった。
「勉強、終わったのか?」
「終わったよ、ほら、見てこれ!」
 答えを書き終わったプリントを何枚も、誇らしげに見せる。
 このまま兄貴といっしょにいるには、シエラの本校に入学しなきゃなんない。けどそれ、かなり難関だったりする。
 だからいま、リティーナは猛勉強中だ。兄貴と離れたくない一心で頑張ってる。
「あとで丸つけしてやっからな。ん? 洗濯物どこだ?」
「これー!」
 洗濯物の塊になって、リティーナが出てきた。ぜんぶ抱えてきたらしい。
「危ねぇぞ。ほら貸せ」
「はーい」
 ぜんぶ持ってやって、チビ連れて洗濯場まで行く。
「悪りぃ、ヴィオレイ、こんだけ頼むわ」
「ほーい。リティーナ偉いね、お手伝い? イマドにいじめられてない?」
 リティーナは寮じゃけっこう人気者だ。可愛がられる性格だし、ここじゃ弟妹失くしたヤツも多いから、どこへ行ってもかまわれる。
「イマドお兄ちゃんが、そんなことするわけないもん!」
「そっかー、なら良かった」
 他愛ない話しながら、洗濯物を突っ込んでく。
「ねぇお兄ちゃん、リティーナお腹すいた!」
 チビがこう言い出したら、食わせるまで黙らない。
「まだ、おやつ食ってねぇもんな。食堂行くか?」
「やだ! お兄ちゃんのパンケーキがいい!」
 こいつわりとワガママだ。
「いいだろ、食堂ので。ケーキとかうまいぞ」
「や、だ! お兄ちゃんのほうがおいしいの!」
 向こうは本職なんだから、ンなわけねぇんだけど、こう言われちまうとダメとも言えない。
「しゃぁねぇな……今日あんま時間ねぇから、少しだけだぞ」
 押し切られて、部屋から材料持ち出して、調理室まで行く。
「はやく焼けないかな〜」
「触んじゃねぇぞ、熱いから」
 フライパン覗き込もうとするリティーナを引き離しながら、手早く焼いて出してやった。
 ふぅふぅと冷ましながらコイツが、さっそくほおばる。
「おいしーい!」
 こういう顔されると、まんざらでもない。
「悪りぃけどあんま時間ねぇから、早めに食えよ」
「うん」
 言われてしばらくの間、黙って食ってたリティーナが、とつぜん口を開いた。
「イマドお兄ちゃんって、あのきれいなおねえちゃんと、ケッコンするの?」
 真顔で訊かれて思わずむせる。
「なんでいきなりそうなるんだ!」
「だって。あのおねえちゃんといると、たのしそうだもん。コイビトでしょ?」
 とんでもないガキだ。
「だから、別にそういうワケじゃなくてな……」
「うそだー」
 きゃっきゃっと騒ぎながら、空になった皿を持ってリティーナが駆けてく。
 そのリティーナが、窓の外を見ながら立ち止まった。
「あ、きれいなおねえちゃんだ」
「え?」
 コイツがそう呼ぶのは、ルーフェイアだけだ。
「どこだ?」
「ほら、あそこー!」
 ちいさな手で指差すほうを見ると、たしかにあの金髪姿があった。思ってた時間より、だいぶ早い。
 どっちにしてもこれから、シーモアのヤツと会う可能性は高かった。
「リティーナ悪りぃ、アーマルとヴィオレイ来たら、俺がルーフェイアのとこ行ったってくれ」
「ルーフェイア……?」
「『きれいなおねえちゃん』のことだ」
「あ、うん、わかった!」
 リティーナに伝言頼んで、部屋を飛び出す。
 たしか奥のほうへ行ったから、考えられる場所ってぇと……。
 だいたいの見当つけて向かうと、ナティエスの姿が視界に飛び込んできた。
 けど、ルーフェイアとシーモアはいない。校舎から出てくる間に、どっか移動されちまったっぽい。
「おい、ナティエス! ルーフェイアとシーモアどこだ」
「あれ、イマド?」
 危機感ゼロの表情だ。
「どこだって訊いてんだよ」
「それ、あたしもよく訊いてなくて。でも、たしか“秘密の場所”って」
 その一言で場所が分かった。
「あそこ行ったのか。ナティエス、行くぞ」
「はーい、ミルちゃんも行きまーす」
 予想もしなかった声がとつぜん聞こえて、頭っから冷水ぶっ掛けられた気分になる。
「ミル……てめぇどっから湧いた」
「んー、どこだろー?」
 会話が成り立たねぇし。
「あれ、行かないのー?」
「おまえも来んのかよ……」
「うん♪」
 行く場所はもともと安全とはいえねぇけど、最悪の場所にランクアップした気がしてくる。
「てかさ、二人とも、準備だいじょぶ? なんか危険な魔獣が来ちゃったからって、訓練施設ってば閉鎖だよ?
 そこ行くんだから、用意はちゃんとしないとねー」
 ミルがすげー楽しそうに、さらっと言った物騒な話に、思わずナティエスと顔を見合わせる。
「おまえ、武器ちゃんとあるな?」
「うん。イマドも平気?」
「ああ」
 互いにうなずいてから俺ら三人、その“秘密の場所”へ続く道へ、足を踏み入れた。


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