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◆葛藤◆

4:真相


◇Rufeir
 時間を気にしながら、校舎の裏手、敷地のいちばん奥へと走る。じっさいは間に合ってるのだけど……それでもなんとなく、急ぎたかった。
 さっき授業の前、シーモアが初めてあたしに話しかけてきた。時間と場所を指定してきて、「そこで待ってる」と。
 理由は分からない。ただ、彼女が何か真剣なことだけは分かった。
 だから、早めに行きたい。
 着いてみるともう、炎のような髪をした彼女が居た。
「思ってたより早く来たね」
 何を言ったらいいのか分からなくて、ただうなずく。
「こっちだ」
 シーモアがうながして、塀のほうへ向かった。
「これ……」
「そうさ」
 茂みをかき分けた奥に、子どもが1人やっと通れるくらいの穴があった。
 そこへ、彼女が入っていく。慌ててあとへ続くと、シーモアは訓練所の中を、さっさと歩き出してた。
 どこへ行くのか訊きたかったけど、厳しい表情に圧されて、訊くことができない。
 そのまま岩の隙間を通り、崖の足場を降りて、最後に洞窟のあるちいさな海岸へたどり着く。
「ここなら、見回りも来ないからね」
 たしかにそうかもしれない、と思った。
 入り組んだ地形と、隙間を抜けてきた岩のせいで、この砂浜は完全な死角だ。
――けど、何のために?
 それになにより、この気配……。
 不思議に思っていると、シーモアのほうから切り出した。
「あんた、なんでこうなったか分かるかい」
 首を振る。こうも何も、まったく話が見えない。
「まったく、どこまでいい子ぶるんだい。
――あんた、気取りすぎなんだよ」
「え……?」
 考えたけど、意味が分からなかった。
 意を決して、訊く。
「……どういう、こと?」
 訊いたら、シーモアがよけいに怒った。
「それが気取ってる、っていうんだ!」
「ごめん、言ってる意味……わからない……」
 彼女が怒ってしまったのは分かるけど、言われてる意味が分からない。
 よほど何かに触ってしまったみたいで、シーモアがすごい剣幕で、吐き捨てるように言う。
「だから、ここはあんたみたいなお嬢さんが来るとこじゃないって言ってんだよ!」
 これは少し分かった。
 何故そうなったかは分からないけど、何か勘違いされたんだってことは分かる。
 だから、答えた。
「あたし、そんなじゃ、ない……」
 でもシーモアには、伝わらなかったみたいだ。
「嘘言ってんじゃないよ。あんたが持ってるものなんて、どれも高級品ばっかじゃないか。
――特にその太刀!」
「え?」
 また意味が分からない。
「だって、そうじゃなきゃ……」
 きちんとした武器や装備を携行しなかったら、生き延びることさえ怪しくなる。自分の装備に責任を持つのは、初歩の初歩だ。
 けどシーモアの考え方は、少し違うみたいだった。
「だからお嬢さんだってんだよ!!」
 激昂した彼女が、あたしに手を伸ばしてくる。
 そこから先は、考えるより早く身体が動いた。
 身体を入れ替えてかわしながら、一瞬のちには、あたしはシーモアの首に太刀を押し付けてた。
 動けなくなった彼女を見て、泣きたくなる。
「お願い、こういうの、やめて……。とっさだとあたし……殺しちゃうかも、しれない」
 太刀を納めながら、やっとそれだけ言った。
 泣かないように奥歯をかみ締めて、でもやっぱり、涙がこぼれる。
「あんた、いったい……」
 シーモアの問いに答えようとしたけど、上手く声が出せなくて、答えられない。
 そのとき、感じた。
 思考回路が切り替わる。五感が研ぎ澄まされる。
 ひさびさの、『戦う』感覚。
「あんたさ――」
 言いかけたシーモアを手で制す。
 洞窟の奥から、気配の質が変わったのを感じる。
――逃げ場は?
 ダメだ、海と崖とに囲まれてて、行き場がない。
 唯一の逃げ道は上だけど……あの足場を伝って登るのに、どれだけの時間がかかるか。
 なら、方法はひとつ。
 そのとき洞窟の奥から、くぐもった音が響いた。
「な……」
 中から、“それ”が姿を現す。
「飛竜……!」
 彼女の様子に、今初めて敵の正体を知ったのだと気がつく。
――これが、ふつうの同い年の子なんだ。
 そんな驚きを感じながら、出てきた飛竜を睨んだ。
 竜にしては、かなり小さい。それにたしかこれは、知能もそんなに高くない。でも人間を捕食する、獰猛な種類のはずだった。
 よく見ると、翼が折れてる。だからこの洞窟で、治るまで潜んでるつもりだったんだろう。しばらく食べてないみたいで、気が立ってる感じだった。
 それを知らずに縄張りに入り込んだあたしたちも、迂闊だったとは思うけど――エサにはなりたくない。
 浮き足立ったシーモアに、言う。
「先に、戻って」
「なんだって?」
 彼女から返ってきたのは同意じゃなくて、疑問だった。
「だから……今のうちに、逃げて」
「冗談言うんじゃない、あたしだって戦えるよ!」
「バカ言わないで!」
 思わず言い返す。状況が分からないにもホドがある。
「あなたがいたら、全力出せない!」
「なっ……」
 絶句するシーモアに、さらに言う。
「せめて、下がって。じゃないと、心中だから」
「――わかった」
 やっと彼女が下がったけど、状況は不利になった。もう気づかれてしまってる。うまく逃げられればと思ってたけど、ムリそうだ。
 飛竜が動きを止めて構えたのを見て、とっさにシーモアに体当たりする。
 直後、炎がさっきまで居た場所を駆け抜けた。
「行ける?」
「あ、あぁ……」
 炎を吐かれてやっと、どれほど危険かを飲み込んだみたいだ。
「けど、あんたは?」
「ひとりなら……だいじょうぶ」
 本当はちょっと不利だけど、それは言わなかった。それにひとりの方が楽なのは、たしかだ。
「目くらましで低位魔法、使うから。その間に」
「分かった」
 間をおかず、立て続けに低位の、炎魔法を放つ。
 飛竜の注意があたしに向く。
「早く!」
 シーモアが隙を突いて、回り込むように走った。
――良かった。
 飛竜は彼女に気がついてない。あたしと、あたしの魔法に完全に気を取られてる。
 これなら、あとは崖を登りさえすれば……。
 そのとき、視界の隅に思わぬものが映った。
 崖を降りてくる、三つの人影。
 飛竜を牽制しておいて、そっちに視線を向ける。
――イマド?
 たしかに目が合った。
 彼が「やれるのか」と、問いかけてるのが分かる。
 隙さえ作れれば、あたしがそう思いながら見返した瞬間、彼が動いた。身長の倍近い高さから、一気に飛び降りて、走る。
「こっちだ!」
 大声を上げながら、魔力石をばら撒く。
 そこへ、銃声。絶妙のタイミングで、いっしょに来てたミルが、弾を撃ち込んだ。
 飛竜が完全にそれに引っかかって、イマドたちのほうを向く。
 魔力石が撒かれた場所へ、足を踏み出す。
――爆発。
 次々と石が爆ぜ、炎を上げた。
 飛竜の動きが止まる。
「幾万の過去から連なる深遠より、嘆きの涙汲み上げて凍れる時となせ――」
 すかさず、呪を唱えながら走りこむ。
 飛竜の身体の下へもぐりこんで、手を触れる。
「フロスティ・エンブランスっ!」
 至近距離での発動が、竜族の持つ魔法障壁を打ち破る。
 身体の中から凍り付いて、飛竜は倒れた。

◇Nattiess
 信じられなかった。
 イマドとかといっしょに、危ないって知らせるために、シーモアたちを追いかけて。
 途中でイマドがいきなりスピード上げて、あたしも慌ててくっついてって、崖を降りたの。けど降りきらないうちに、洞窟から飛竜が出てきちゃって、修羅場になった。
 なのに……倒されたのは、飛竜のほうだなんて。
 たしかに連係プレーで、ルーフェイアったら後ろからの不意打ちだったけど、それでも。
 あの魔法、たしかふつうに覚えられるやつの中じゃ、最上級クラス。しかも、威力だってハンパじゃない。
 飛竜が倒れてから少しして、やっとルーフェイアが緊張を解いた。
――寂しい横顔。
 誇らしげとか、そういうのはまったくナシ。むしろ、悲しそう。自分のしたこと、嫌がってるみたいにも見える。
 だからなんとなく、分かった気がした。
 ルーフェイアがここへ来た理由、たぶん……これだよね。
 その辺のMeSなんかじゃ、手に負えない。それどころか、このシエラの本校でだって、ずば抜けちゃってる。
 あたしから見たら、それってすごく羨ましいけど。でもルーフェイアにとってはそれ、すごく嫌なことみたいだった。
「ルーフェイア、あのね……」
 崖から降りて、なんて言っていいかわかんなくて、でも話しかけようとして。でも、できなかった。
「このバカっ!!」
 いきなりイマドの怒鳴り声。ルーフェイアの胸倉掴んでる。
「な、なに?」
「また平気で、ひとつ間違えば死ぬようなマネしやがって!!」
 すごく怒ってるし。まぁ、分からないでもないけど。
「でも! それに、倒さなきゃみんな、死んじゃう」
「そう言う問題じゃねえだろうがっ!!」
 あたしとシーモア、顔を見合わせて。だっていきなり、痴話喧嘩見せられるとは思ってなかったし。
「ねぇ、止めたほうがいいのかな?」
「多分そのほうが、いいんだろうけどさ……」
 シーモアも呆れ顔。
「放してっ!!」
 ルーフェイアも、たしかに嫌がってるんだけど。
 でもあの子が本気なら、イマドあっさり倒されちゃってそうだし。それしないんだから、手加減してるんだろうな、なんても思うし。
 そうは言ってもこのまま放っておくわけにもいかないから、とりあえず二人を引き離してみた。
 でも剥がしてみたら、怒ってたのはイマドだけみたい。
「おいコラ離せよ! 俺はテメーらとじゃなくて、ルーフェイアと話があんだっての!」
「――イマドぉ、落ち着きなよ。なんかカッコわるー」
「ンなのかんけーねーだろっ!」
 ぎゃぁぎゃぁウルサイったらありゃしない。
 ルーフェイアのほうは、けっこう落ちついてた。
「――あんた、ケガないのかい?」
 シーモアがルーフェイアに聞く。
「あ、うん、だいじょうぶ。
 それよりあの、さっき……ごめんなさい……」
「え?」
 シーモアが驚く。あたしも驚いた。だって彼女に謝られるようなこと、心当たりないもの。
「だってあたし、さっきひどいこと……言った、から」
「シーモア、なんか言われたの? とゆか、ルーフェイアが言うってなんか珍しくない?」
 思わず言ったら、シーモアも苦笑して。
「言われたってホドのことじゃ、ないけどねぇ。あれに限っては、ルーフェイアのほうが正しかったしさ」
「そなんだ」
 なのに謝ってるとか、えーっとこの子、もしかしてなんか激しく勘違い?
 シーモアが、ルーフェイアのほうに向き直る。
「助けてもらったのは、こっちなんだ。それでいい」
「あ、うん」
 見てて思った。要するにルーフェイアって……すっごいおとなしくて、気が弱いだけ?
 シーモアに「いい」って言われて嬉しそうな彼女、なんだか小さい子みたいだし。
 あんな強くて気が弱いってどうかと思うけど、でもそれで間違いないみたい。だとすると、喋らないのも、イマドたちとばっかりいっしょにいるのも、単純に人見知りってことになる。
――結局あたしたち、なにしてたんだろ?
 なんだかあんまりにもくだらなすぎて、笑えてきちゃったり。
 あたしたちってばカンチガイしまくりだったっぽいし、この子はこの子で全然違うこと考えてたみたいだし。
 何より、あそこでシーモア無視したってよかったのに、わざわざ助けてたし。
 シーモアもおんなじこと思ったみたいで、やれやれって顔。
 そこへ、ミルが言った。
「ねー、もうそろそろ、こゆのヤメにしちゃえばー? こんなのしてたって、つまんないもん。
 だいいちさ、Aクラスの女子ってば、あたしたち四人だけだしー」
 ミルの言う通りかも、って思った。
 Bクラスにはけっこう女子がいるけど、Aクラスってば今年はこの四人だけ。だからこそ、あたしたちいつもBクラスの子たちと、いっしょにいるんだし。
 で、その四人ばっかしが、ホントに仲悪いならともかく思い違いで……ってのも、なんだかなーって感じ。
 けど、Bクラスの子たちがどうかなぁ、なんても思ったり。
 ミルが見透かしたみたいに、また言う。
「どーでもいいじゃん、Bクラスなんて。どうせあの子たち、ルーフェイアにはもう関わらない、ってたもん」
「それはそうだけど……」
 でもたしかに、考えたってキリないかも。どうなるかも分かんないし。
「それにしてもルーフェイア、あんたいったい、どこでそんだけバトル覚えたんだい?」
 シーモアがいちばんの疑問を尋ねたら、ルーフェイアったら下向いた。あんまり、言いたくないことなのかも。
「あー、ルーフェってばね、少年兵あがりだからー」
「ミル、てめっ、何バラしてんだ!」
 イマドの矛先がミルに向いたとこみると、これホントみたい。まぁミルは気にもしないで、きゃぁきゃぁ言いながら逃げ回ってるけど。
「あ、でもでもね、それ以上はナイショだよー」
「当たり前だろバカっ!」
 狭い海岸をミルとイマドったら、二人で追いかけっこ。言ったら怒りそうだけど、子犬のじゃれあいみたい。
 なんかもう、ペース乱されっぱなしかな。
 おかげでなんだかぜんぶどうでもよくなっちゃって、ため息ついて、ルーフェイアに言ってみた。
「ルーフェイアって、どっかのお金持ちのお嬢さんで、遊びでここ来たと思ってたの」
 最初の誤解の出発点、どうみてもここだし。
「え……あたし、そんなじゃ……」
「あ、うん、今は分かる」
 こんなことだなんて、想像もしなかった。でも冷静に考えてみればたしかに、お嬢さんが遊びでとか、ありえないし。
「そのね、その太刀とか見てね、そうかなって。すごくいい物みたいだし。
――それ、どしたの? もらったの?」
 ちょっと気になるから訊いてみたら、ルーフェイアの表情が沈んで、目に涙が浮かんだ。
「兄さんの、形見……」
「え、あ、ごめっ! そういうつもりじゃなかったんだけど、そうなんだ……」
 悪いこと訊いちゃった。でもおかげで、何がどうなってるかはだいたい飲み込めたかも。
 要するにルーフェイアったら、少年兵上がりでお兄さんと前はいっしょで。でもそのお兄さんは亡くなっちゃって、ここへ来たってことみたい。
 本校へ直接来たのも、事情が事情だし、別に成績も悪くないから、ってことなんだと思う。いろいろきちんとしたもの持ってるのは、お兄さんが何か財産みたいの、残してくれてたのかも。たまにそういう子いるし。
 必死に涙拭いてるルーフェイアの前に立って、シーモアが言った。
「ともかく、悪かったよ。あたしらの思い違いで、いろいろさ」
 潔いな、って思った。
 シーモアはけっこう性格キツいけど、悪いと思えばちゃんと謝るし、ふだんはだいたい公平。だから彼女のこと、あたし好きだった。
「許しちゃもらえないかもだけどさ、でも、ごめん」
「あたしもゴメンね。もうヘンなこと言わないから」
 ルーフェイアが顔を上げる。
「みんな、許して、くれるの……?」
『いやそれ反対』
 思わずそこにいたみんなが、突っ込みいれちゃったり。
「こっちが謝ってるのに、なんでそうなるかな、あんたは」
「そうだよねぇ、ルーフェイアが悪いこと、したわけじゃないし」
「ごめん……」
 また泣きそうになるルーフェイア。すっごいこの子、泣き虫かも。
「まぁまぁまぁまぁ、ここは穏便に、ね?」
 ミルが意味不明なこと言い出して。
「誰も争ってねーだろ」
「あ、そぉ?
 ともかくさ、ルーフェもナティもシーモアも、なかなおり!」
 強引にあたしたち三人の手を取って、重ねあわせる。
「よし、仲直りの握手おっけー! ぜんぶばっちり!」
「これ、握手かなぁ……?」
「細かいことは気にしちゃダメー」
 ミルのペースに引きずられて、あたしとシーモアとルーフェイア、互いに顔を見合わせてつい笑った。
「ま、いっか。ちょっとヘンな気もするけど、これ以上めんどうだし」
「だね。これで終わりにしとこう。なんかあったら、ミルの責任ってことでいいじゃないか」
「えー!」
 ブーイングあった気がするけど、それは無視して。
「ヤバいな、暗くなってきた。減点食らったらマズいし、そろそろ引き上げよう」
「そだね。ルーフェイア、一緒にいこ」
「――うん」
 あたしたち、みんなで歩き出した。

Fin


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◇あとがき◇
最後まで、ありがとうございました。感想等をいただけたらとても嬉しいです。
なお連載はまだまだ続いているので、お時間がありましたら他もぜひどうぞ。

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