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◆温もり◆

2:神話


◇Imad
「やっぱ昼間とは、雰囲気違うな」
「うん」
 茜に染まった夕暮れン中、俺とルーフェイア、また港へ降りてきたところだ。ちなみにシーモア他の連中は、気を利かせてちゃっちゃと学院へ戻ってる。
――けどなぁ。
 気を利かせたのが悪いってこたねぇけど、ルーフェイアの場合はンなものどっかへ落としちまってるわけで。
「すごい、海が金色!」
 なんせこの調子だ。
 もっとも年より見かけが幼いから、これもけっこう似合っちゃいる。しかもいつもと違って可愛らしいカッコしてるから、言うことナシだった。
「こんな色……初めて」
 たしかにこいつの言うとおり、今日の海はきれいだった。夕焼けに染まった海が、陽の光に煌めいて、文字通り金粉でも撒いたみたいだ。
「撮影機でも、持ってくりゃよかったな」
「ううん、いい」
 写すと色が消えるっていうのが、こいつの言い分だった。
「それに戦場じゃ、そんなの写すヒマ、なかったし……」
「――そうだよな」
 こいつの心から、やるせないほどの悲しさが伝わってくる。
 優しくて泣き虫で――なのにこいつが育ったのは、地獄とも言える戦場だ。
 その辺のことは、俺はこいつのお袋からある程度聞かされてた。しかもついでに、保護者を頼み込まれてる。
 ただ……昼間の騒ぎを見る限り、実際はもうちっと複雑らしかった。少なくともでかいバックを持ってるのは、間違いない。
 少しだけ迷って、俺は口を開いた。
「昼間のナティエスじゃねぇけど……お前って、ホントはなんなんだ?」
 ルーフェイアのやつがうつむく。
「別に言いたくなきゃ、かまわねぇんだけどよ」
「――シュマーなの」
「はい?」
 思わず妙な返事を返す。
 っつーか、今とんでもないこと聞いた気が……。
「まさかとは思うけどよ、シュマーって――あのシュマーか?」
「イマドがどのシュマーを言ってるのか、わかんないけど……。でも多分、そうだと思う」
「――マジかよ」
 ほかに言いようがなかった。
 シュマーってのは、軍事関係者の間じゃ裏で有名ってやつだ。っても実態はなんだかほどんど分かってなくて、代々傭兵をしてて、ガキを戦場で少年兵として育てちまうって話だけが知られてた。
 けどまさかこの華奢なこいつが、その「シュマー」って……。
 しかも昼間の様子じゃ、同じシュマーでもルーフェイアのヤツ、そうとう上のほうの身分(?)だろう。
 ただどっか、俺は納得もしてた。
「どうりでお前、上級傭兵並みなワケだよな。つかシュマーなら、そうじゃないとダメなんだろうし」
 こいつのバトルはたまに目にすっけど、はっきり言って上級の先輩たちをヘタすりゃ上回る。
 だけど俺の一言に、こいつときたら、メチャクチャ悲しげな表情になった。
「それ……違うの」
「違う?」
 泣き虫のこいつが泣かないのが、コトの重さを現してた。

◇Rufeir
 話して……いいんだろうか?
 あたしは悩んでいた。
 自分がシュマー家だと言うのは、どのみちイマドには話さなければならないと思っていた。
 だからそれは、別にいい。
 だいいち今でも、イマドはあたしの特異体質に併せた薬を持ってくれていて、何かあったときは対応してくれることになっている。
 でも……その先は別だ。
 聞けば、いやでもあたしにまつわる一連の流れに、巻き込まれるだろう。
 そんなことに、イマドを巻き込んでしまっていいんだろうか?
――グレイスは死神。
 そう、昔ファールゾンが言っていたのを思い出す。
 でもそんなあたしに、イマドが意外な言葉をかけた。
「『グレイス』は、ンなに珍しいのか?」
「知ってる……の?」
「お前の普段のラストネームが、ホントはミドルネームだってことはな」
 どうやら母さんから聞いたらしい。
――またお節介して!
 ほんとうに母さんと来たら、油断も隙もない。
 あたしの本名は、ふだん学院などで使っているのとは、少し違う。グレイスは実際には、ラストネームではなくミドルネームだ。
 ルーフェイア=グレイス=シュマー。それが本当の名前だった。
 シュマー家と言うのは、軍関係者の間ではわりあい有名だ。かなり長い間続いている傭兵の家系で、子弟を戦場で育てることで知られている。
 ただこの家の人間は実際にはシュマー姓を名乗らないから、ちまたじゃ噂だけで誰も実態はしらない、という状況になっていた。
 それにしてもいったいどこまで聞いているのか、不安になる。
「けどそしたら……何を、知ってるの?」
「だから、お前の名前だけだって。
 けどグレイスってのがメチャクチャエライのは、さっき分かった」
「そっか……」
――こんなに察しがいいなんて。
 けど、次に思い出す。イマドに隠し事は、できたためしがない。
「で、グレイスってなんなんだよ?」
 気軽な調子で彼が訊いてきた。
 どう説明するか迷う。
 だいたい、ちょっと説明して分かるようなものでもないし……。
 違う。
 それ以前にあたし、どうしてこんなにすらすら話してるんだろう?
 イマドは……関係ないのに。
 知ってほしいのと、言ってはいけないのとの間で、あたしは黙ってしまった。
「ま、さっきも言ったけど、言いたくなきゃそれでいいしな。
 けどよ……他に誰も知らないっての、けっこうつらいぜ」
 はっと顔を上げる。
 イマドと視線が合った。
 寂しいのか哀しいのか分からない、イマドの不思議な表情に、なぜか涙がこぼれた。
「いい、の……?」
「いいって」
 その瞬間――あたしの中で何かが、ふっと軽くなる。
 ずっと辛かった。
 父さんや母さんと一緒だったころと違って、誰もあたしの本当の姿を知らなくて、でもそれを知られないように隠して……。
 こぼれる涙が止まらない。
「あたし……シュマー家の、次期総領なの……」
「――なるほど」
 なんだかあっさりとイマドが納得した。
「これだけで、分かるの……?」
「いや、わかんねぇけど。でもよ、よーするにそゆ立場なんだろ?」
 いい加減と言えばいい加減だけど、イマドなりに理解はしているらしい。
 あたしはひとつ息を吸って、話し出した。
「うちの家、ふつうは『次期総領』はいないの。
 けどあたしは……グレイスの名前を持ってるから、特別で……」
 うちの家でこれを名乗るのは、あたし一人だ。逆に言えばそれだけ、この「グレイス」という名前には重さがあるということになる。
 もともとの由来は、家の始祖メイア=グレイスから来ていた。
 遠い昔、まだ人が神と争っていたころ――彼女は神を封じたのだという。
「あれ、それって言い伝えと違わねぇか?」
「うん、少し違う」
 一般に伝えられている伝説では、神は封じられたんじゃなくて、「逃げた」ってことになってる。
「魔法の力を手に入れた人間は、軍を組織して天へ攻め込んで……」
「けど、居なかったんだよな」
「うん」
 世界を創りなおすという神に、人は逆らった。門をくぐり天へ攻め込み、それを見た神は地上を予定より早く焼き払った。
 同時に天界に怪物を大量に放ち、人間を襲わせた。一瞬にして人々はパニックに陥り、散り散りになって地上へと逃げ戻った。
 戦い慣れたごく少数は、それでも天の城へ攻め入り玉座までたどり着いたが、そこに神の姿はなかった。
「だから、逃げたんじゃないか、って話だろ」
 イマドの言うとおりだ。
 そのあと、人は天界から魔獣に追われて逃げ戻り、焼かれて以前よりさらに貧しくなった大地のせいで、互いに争うようになった。
 そして消えた神は、いまもどこかに潜んでいるのかもしれない。そう伝説は締めくくっている。
「ただ、うちじゃ、そこが違うの」
「えーっとつまり、シュマーじゃそのメイアとやらが、封じたってなってるワケか?」
 考えながら言う彼に、うなずく。
 そして、続けた。
「そのとき、始祖メイアは亡くなって……その子供たちが、シュマー家を作ったの。
――いつか帰りし神を、倒すために」
「なんか、やたら壮大な話だな。
 けど、ずっと昔のことだろ? どうだっていいんじゃねぇのか?」
 イマドの言葉に首を振る。
「ううん、違うの。昔のことじゃ、ないの……」
 シュマー家にとってこの話は、「昔のこと」じゃない。
「“神”は封じられただけ。だから今も……復活のチャンスを狙ってる。
 そしてシュマー家には、稀に産まれるの。始祖メイアと同じ――ううん、それ以上の力を持った、子供が」
「――それがお前ってワケか」
 何も言えなくなってしまったあたしを見て、イマドがひとつ、ため息をつく。
「じゃぁ……学院なんか連れてきちまって、悪かったな。昼間のヤツも言ってたけどお前、自分ちだったら大事にされそうだし。
――帰ったほうが、いいんじゃないのか?」
「それはイヤ」
 自分でも驚くくらい間髪いれずに、答えてしまった。
「なんでだ?」
 不思議そうな顔で、イマドが聞く。
「だって、特別扱い……されるから」
 いきなり彼がお腹を抱えて笑い出した。
「――はは、あはは、ははっ、お、お前らしいや」
「そんなに……笑わなくたって……」
 なんだか妙に悔しい。
「いや、悪りぃ悪りぃ。でもよ、普通は特別扱いされたくて、みんないろいろやるんだぜ?
 それをお前ときたら、あっさりヤダって言い切るから」
 イマドはまだ笑い転げてる。
「みんなはそうでも、あたしはいや……」
 つい、いろいろなことを思い出して悲しくなる。
 あたしは……普通がよかった。
 普通の女の子みたいにとまでは言わない。でもせめて、他のシュマーの子供たちと同じくらいでいたかった。
 けどそれは、到底ムリな話で……。
 三歳の時に「グレイス」の名を継ぐ――始祖とあたしを含めても7人しかいない――と分かってから、ずっとあたしは特別扱いだった。
 次期総領の座を得、絶大な権力を得て……もしあたしが死ねと言えば、うちの人間はためらわずに自殺するだろう。
 総勢で数百人にのぼるシュマー家。
 そしてそこから分かれて、後方支援的なことや様々な研究をするようになったロシュマー家の数万人。
 それだけの人間の命運が、あたしみたいな小娘の手に握られてしまっている。
 こんな、右も左も分からないような小娘に。
「あと四年で……あたし、総領になるの。でも、あたしには……ムリ……」
 こんなことを人に言ったのは、初めてだった。今まで周囲にはシュマーの人間しかいなくて、とても言えなかった。
 あたしにとってシュマーの人間たちの、あの敬愛のまなざしは重荷だった。
 彼らはあたしを疑わない。そういうふうに出来ていない。グレイスと総領には絶対服従、それがシュマーだ。
 だから、間違うなんて許されない。
「そんなの、あたしに、出来るわけ……」
 うつむいてため息をつくあたしに、イマドが言葉をかけた。
「ん〜、お前ならできるんじゃねぇかな」
「――どうして?」
「すぐ泣くから」
「え?」
 これは――初めて言われた。当然意味などわからない。
 あたしの驚いた様子に、イマドは「上手くいえない」と言いながら、言葉を続けた。
「なんつーのかなぁ……お前マジ泣き虫だろ? ぜんぜんリーダーっぽくないって言うか」
 気のせいか、ひどいことを言われてるような?
「でもよ、だからいいと思うんだ。リーダー然としてるヤツって確かに頼り甲斐あるけど、どっか雲の上って感じじゃん。
 だけどお前だと、誰かになんかあっただけで泣いちまってさ。そりゃそーゆーの、リーダー向きじゃないかもしんねぇけど、ついてく側にはありがたいぜ?」
「そう、なの……?」
 あたしはいつも周囲から、泣くのを止めろとばかり言われていた。
「全員が全員そうとは言わねぇけどさ。
 でもお前みたいなのがトップだと、『あ、心配してくれてるんだな』って気になるんだよな。自分たちのこと、ただの駒みたいに考えてねぇなって。だから言われなくたって、ついてきたくなるんだ。
――だから、できると思うぜ」
 毎度のことで我ながら情けないけど、また涙が出てくる。
「ほらな。これだけで泣いちまうし。
 まぁ、お前自身はそうとうツラいだろうけどさ、周りは好きでついてきてる、ってパターンになるんじゃねぇのか?
 だから、やってみろよ」
 最大級の、励まし。
 イマドにそう言われると、できそうな気がする。
「ありがと……」
 泣きながらだけど、笑ってみる。
 そんなあたしを見て、彼も笑った。
「そうそう、その顔な。
――あ、そうだ。すっかり忘れてたぜ」
 何かを思い出したようで、イマドがポケットをまさぐった。
「ほら、これやるよ」
「え?」
 あたしの目の前に、小さな包みが差し出される。
「これ……?」
「いや、いちおうその――俺からな」
「くれるの?」
 あたしがそう言うと、困ったように彼が頭を掻いた。
「だ〜か〜ら、俺からだって!」
「えっと、何が……?」
「だから、誕生日のプレゼントだっつーの!」
「あ……!」
 やっと意味を飲み込む。
「えっと、その、もらっていいんだよね……?」
「お前がもらわなかったら、誰がもらうんだ」
「あ、そっか」
 イマドがため息をついた。
「ったく、どこまでボケてんだ」
「ご、ごめん……」
 自分がなさけなくなって、なんだか泣きたくなる。
 でもその前に、イマドが包みをあたしに持たせた。
「開けられっか?」
「う、うん」
 リボンをほどいて、包み紙を破らないようにそっとはがしていく。中から箱が出てきて、それもそっと開けた。
「あ……♪」
 自分の顔がほころぶのが分かる。
 出てきたのは、可愛いキーホルダーだった。
「ごめんな、ンなちっちゃいモンで。
 まさかお前が、あそこまで大金持ちのお嬢さんだとか、思ってなくてよ」
「ううん、いい。これで、いい……」
 どうしてだろう? 悲しくないのに、涙が出てくる。
「大事に、するから……」
「ンなたいそうなモンじゃねぇって。
 それよりそろそろ、戻るか? いい加減暗くなっちまったし」
 言われてあたりを見回すと、確かにもう日が落ちて、空に星がまたたいていた。
 吐く息も少し白い。
「――そうだね」
 優しい潮騒の音を聞きながら、学院への連絡船に乗った。ほかに乗客はいない。
 船の後舷へ出てみると、街の明かりが遠ざかって、暗い海の上にゆらめいた。
 振り仰ぐと、煌く星が目に飛び込む。
 海にまたたく灯と、空にまたたく星。
 この光景を忘れたくない、そう思った。

Fin


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◇あとがき◇
最後まで、ありがとうございました。感想等をいただけたらとても嬉しいです。
なお連載はまだまだ続いているので、お時間がありましたら他もぜひどうぞ。

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