Library


◆表と裏◆

1:遭遇


◇In Library
 ふっと気配を感じて、その男子生徒は顔を上げた。 
 長身で、整った顔立ちに紅い瞳。
 腰まである髪は珍しい銀色――前髪の一房だけ、瞳と同じ紅色――で、それを一度うなじのところでまとめて、さらに三つ編みにしていた。
 掛けられた縁のない眼鏡が、いかにも知的な感じを与える。
 名は、タシュア=リュウローン。おそらく学内でも、知らぬものはいないかという有名人だ。物腰は穏やかで、言葉遣いも丁寧。しかもその態度は上・下級生を問わず変わることがない。
 だが。
「人が本を読んでいる時に、横からのぞかれることがどんなに迷惑か、想像もできないのですか?」
 言葉こそ丁寧だが、その声は氷よりも冷たい。
 実はこのタシュア、その容姿以上に「毒舌家」ということで知られている。とうぜん覗きこんでいた、金髪碧眼、妖精のような雰囲気の華奢な美少女――つまりルーフェイア――も、その毒舌の餌食となった。
「あなたが同じようなことをされた時のことを、考えてみなさい」
「すっ……すみません」
 おそらく悪気などまったくなかったのだろうが、タシュアにそう言われて、ルーフェイアがすくみあがる。
「謝るのでしたら、最初からやらなければいいでしょう」
「ご、ごめんなさいっ!!」
 たちまちその瞳に、涙があふれた。だがタシュアは言葉を止めない。
「なんでも泣けば済むと思ったら、大間違いですよ」
「…………」
 必死に泣くのをこらえようとしている少女を、タシュアは冷たい視線で見返す。
 たまたま居合わせた生徒たちが、この成り行きを心配そうに見ている。だが恐れをなしてか、口を挟む者はいなかった。
 と、そこへ図書館とは思えないほどの声が響く。
「ちょっとタシュア、なに下級生いじめてんのよ!」
「誰もいじめてなどいません。礼儀を失しているのを指摘してあげただけなのですから、むしろ感謝してほしいくらいですね。
 それにロア、あなたも図書館でそんな大きな声を出すなど、上級生の態度とはとても思えませんが?」
「なんですって……!」
 いっぱつで完全に頭に血が上ったロアに対し、タシュアは嫌味なほどに冷静なままだ。
「先輩、いいんです! ほんとにあたしが悪いんですから!」
 ルーフェイアがとっさに間に入らなかったら、またひと悶着あったかもしれない。
「けどねえ、ルーフェ!」
「ほんとなんです!
 あの、先輩、すみませんでした。こんどから……気をつけます」
 少女が丁寧に頭を下げる。
 だがタシュアはそれに答えるどころか、完全に無視して視線を本に戻しただけだ。
「――!」
 再び何事か言いかけたロアだが、今度もルーフェイアが止める。
「あたしが悪いんですから!」
「………」
 少女の必死の懇願に、ロアもようやく怒りの矛先を納めた。
 タシュアを睨みつけてから、ルーフェイアの手を引いて図書館を出て行く。
「ところでさ、なんだってあんなやつに、ちょっかいだしたわけ?」
 外へ出てから、ロアは少女に尋ねた。
「あの、本の詳しい題名……見たくて」
「だからって何も、あんなののそばに、わざわざ行かなくたって」
 ロアが呆れる。
「あの、そんなに……ダメないんですか?」
「いけないもなにも――って、そうか。ルーフェは知らなかったんだ」
 ロアはタシュアと同クラスだし、しかもほとんど同時に入学しているが、ルーフェイアはまだ学院に来て一年と経っていない。いくらタシュアが有名人とは言え、同級生でないのだから、知らないのもうなずけた。
「あいつさ、タシュア=リュウローンって言うんだよね。で、学年でもトップクラス。それにあの通り、外た目もまぁ、悪くないんだけどさ。 けど中身がねー!」
 よほど腹に据えかねたのか、息つく間もなくロアが喋る。
「ったく、あの口の悪さだよ?!
 本人は『事実言ってるだけ』って言うけどさ、なんでも言やぁいいってもんじゃないっての!」
 ロアはまだ、怒りが収まりきっていないようだ。
「でも……あたしが……」
「ほんとにそうでも、普通ああは言わないよ!
――あ〜もう! また腹立ってきた。ちょっとルーフェ、どっか行って憂さ晴らしっ!」
 ルーフェイアの手を強引に引いて、ロアは食堂へ向かった。

◇Tasha side
 ロアとルーフェイアが出ていった図書館で、噂の当人は何事もなかったかのように、本を読み続けていた。
 こちらに視線を向けて、こそこそと話をしている者もいるが、彼に気にする様子はない。
 聞こえていないのか、それとも無視しているのか。
 そんな中、背中の中程まで伸ばした艶やかな黒髪に、紫水晶の瞳をした長身の女子生徒が、唯一恐れる様子もなく彼に近づいた。
 そして一言。
「また……やったのか?」
「おや、シルファ」
 ルーフェイアに対したときの態度に比べると、ずいぶんと穏やかだ。
――シルファ、カリクトゥス。
 このシエラ学院でほぼ唯一、タシュアが心を許す相手だった。
「もう少し考えて話せばいいものを……あの子、泣いていたではないか」
「事実を指摘したまでです」
 いつものように返す。
 タシュアは嘘は言わない。常に冷静に事実を指摘するだけだ。
 もっともその指摘の仕方が、かなり問題なのだが。
 やれやれと軽いため息をついて、シルファは言葉を続けた。
「事実にしても、きつすぎるだろう」
 この学院でタシュアにこれだけ言えるのは、ほかにいない。それだけこの二人の距離は、近かった。
 ただこれは、シルファのほうも似た部分がある。
 美人と言える彼女だが、シエラに居る他の生徒と同じように、身内の縁は薄かった。加えて彼女の場合、子供の頃の体験が尾を引いて、他人とコミュニケーションをとるのが苦手だ。
 このため女子にしては口数が少なく、しかも男性のような喋りかたをするため、愛嬌とは程遠い。そのせいだろう、男子生徒の間では、「可愛げがない」という評価だった。
 年下の女子生徒には、だいぶ騒がれているのだが……。
 だがこれも当人が理解していないので、かなり無意味だった。
「初対面の年下の子に対して、何か考えればいいものを」
 傍目からは分かりづらいが、シルファはけして冷たい性格ではない。むしろ優しく、面倒見がいいほうだ。だからいまも、あの子が何をしたということより、「泣かせた」というほうに気が向いているのだろう。
 この辺もコミュニケーションが不得手なために、かなり損をしている。
「初対面ではありませんよ」
「違うのか……?」
 聞き返されて、タシュアはよどみなく答えた。
「名前はルーフェイア=グレイス。年度途中の入学だというのに、いきなり本校へ入学した上、Aクラス入りまで果たしています。
 それによくここでは見かけますし、頼まれごとをしてあげたこともあります」
「頼まれ……ごと?」
 このタシュアの言葉には、シルファも驚いたような表情を見せた。
「二ヶ月ほど前でしたかね? 高いところにある本が取れなくて、ちょうどそばにいた私に頼んだのですよ。そのときはもっと、礼儀正しかったのですがね」
 彼女がそのことを覚えているかどうかは知りませんが、と彼は最後に付け加える。
 礼儀を守る相手に対しては礼儀を守る。が、それを失している場合には容赦しない。それがタシュアのやり方だった。
「あの子がルーフェイアか。
 クラスの男子が噂していて、名前は聞いたことがあったが……」
 思い出すように言うシルファに、タシュアは言葉を重ねる。
「ろくな噂ではないでしょうね。あの子を外見だけで判断すると、痛い目にあいますよ。」
「……どういうことだ?」
 シルファの問いに対してタシュアは、「そのうちわかります」とだけ応えると、音もなく立ち上った。
 音だけではなく、気配もない。もし目をつぶっていたなら、隣に立たれてもまったく気づかないだろう。彼がかつて居た場所で身につけ、いまはもう当たり前になってしまった、そういうものだ。
 だがそのタシュアは思う。
(あの身のこなし、それになにより、あの『気配』……私と同類か、似た存在でしょうね)
 シエラへ来るべきして来た少女だろう、それがタシュアの判断だった。

◇Rufeir
 図書館でひと騒動あったあと、先輩に連れられて夕食を食べて、あたしはひとりで寮の自室にもどった。ロア先輩はまだ用事があるみたいで、とちゅうで別れた。
 いつもなら消灯時間を過ぎてからだけど、今日は早めに端末の前に座る。先輩が帰ってくるまでに、このあいだ教えてもらった場所へ行って勉強(?)しようと思った。
 起動させて、魔視鏡の設定を変える。
 いつも使ってる、ロア先輩作の専用の魔令譜――動作を自動化したシステム群――をいくつも表に出して、交信を開始した。
 まず、学院内をひと回りしてみる。消灯時間前なのもあって、動いてる魔視鏡がいっぱいあった。
 そのなかから、珍しく学院長のを見つける。
――あの伝言書、処分しないと。
 あのときはあんな騒ぎになって、そのあと気づいたときは、学院長の魔視鏡は動いてなかった。
 それからもずっと見てたけど、学院長室の魔視鏡は夜や休日は動かなくて、いままで消せずじまいだ。
 先輩に教わったとおり、そっと忍び込んであの伝言を選んで、専用の魔令譜を動かす。
 拍子抜けするほどあっさり、学院長の魔視鏡から、それが消えた。
 証拠を残したりしてないかがちょっと心配だけど……たぶん、大丈夫だろう。ざっと見たけどそういうのはなかったし、それに万一ほんの少し残ってたとしても、学院長じゃ分からないと思う。
 それから少しのあいだ、学内の通信網をうろうろしてから、こんどは外へ行ってみる。
 もっともあたしじゃその辺の、ガードの甘いところへ入りこむのがせいぜいだ。だいぶ上手くはなってきたけれど、とてもちゃんとした所は手が出せない。
 とうぜん拾える情報も、たかが知れてた。
 それでもこうやって、ひとりで出歩けるようになってきたのが、けっこう嬉しい。浮かれすぎてハメを外さないよう自制しながら、あちこち歩いてみる。
――あ、これおもしろい。
 ときどき、思いもかけないようなやり方をしている魔令譜を見つけて、ちょっと感心してみたり。
 そうやって一時間以上、あちこち歩きまわっただろうか?
 さすがに少し疲れて、あたしは潜りこむのを止めた。便利なロア先輩作の魔令譜類はそのままで、暗記している通信石番号を直接打ちこむ。
 いつもと同じ、認証手続きの画像。
 シュマー内部の通信網だ。 けど手続きをしようとした時、魔視鏡に警告表示が出た。
 監視用の魔令譜が、警告を発している。
 あたしがまだ慣れていないのを心配したロア先輩が、特別に作って組み込んでくれたものだ。一定時間誰か(あるいは何か)がそばにいると、危険と判断して警告を出してくれる仕組みだった。
 慌てて周囲を調べてみる。けど、相手の姿は全く見えない。
 でも誰かがあたしを見張ってるのは、間違いがなかった。
――ともかくここを離れないと。
 シュマーの内部に入られでもしたら、大変なことになる。
 急いで交信記録を消しながら、別の通信ポイントへと移る。
 なんだかひとつ飛んだだけじゃ安心できなくて、二つ、三つと移動した。
 けど。
――警告が消えない?!
 その「誰か」は、あたしの後をぴったりとついてきていた。
 まるで頭から、冷水をかけられたような気がする。
 でも、どうにか逃げないといけない。相手が誰にせよ、捕まったら大変なことになる。
 なるべく自分が知っているポイントを経由するようにしながら、必死で逃げ回った。
 けど、捲けない。
 向こうのスピードが速すぎて、太刀打ちができない。
 足跡を消さなければ逃げられるかもしれないけど、それをやってしまったら終わりだ。
 逃げ道がないかと、ざっと通信網を見渡す。幸いすぐ近くに、使われていないルートがあった。
 ここを使えば、そう思って通ろうとして。
――しまった!
 ブロックされてる。こっちの手を読まれて、先回りされてる。
 逃げられない、そう思ったとき不意に、魔視鏡に伝言が現れた。
『意外にやりますね。楽しかったですよ。――では、またいずれ』
 わざわざこんなふうに危険を侵してメッセージを送るなんて、よほど自信がある証拠だ。
 急いでメッセージから逆探知しようとしたけど、当然そんなことをさせてくれる相手じゃなかった。やっと分かったのは、学内からアクセスしているってことだけ。
 そして警告表示が消える。
 思わず倒れそうになったけれど、どうにかこらえてきちんと、手順を踏んで交信を終えた。
 身体が汗でびっしょりだ。
 息が苦しい。
 戦場で太刀を振り回している方が、よほど楽だ。
「ただいま、遅くなっちゃってさ〜。あれ、ルーフェ?」
 ロア先輩が戻ってきたけれど、立ち上がる気力もない。
「どしたの!」
「交信してて……誰かに、追いかけられて……」
 やっとそれだけ言うと、すぐ先輩は事情を飲み込んでくれた。
「わかった。キミの端末どこ通ったか記録するようにしておいたから、あたしが足跡みてあげるよ。
――だから心配しないで?」
「はい……」
 少し安心して、立ち上がる。
「ルーフェはもういいから、寝るんだよ? かなり顔色悪いから」
「……すみません」
 ロア先輩が見てくれるのだからだいじょうぶ、そう自分を無理やり納得させて、あたしはベッドにもぐりこんだ。

◇Tasha side
「さて、どうしましょうかね?」
 ふと、独り言がこぼれた。まだ消灯時間には早いが、今日は珍しく時間が空いている。
 この春、上級傭兵に最年少で昇級したタシュアは、何かと忙しかった。こき使おうということなのか、些細な魔獣退治などを命じられることが多い。
(別になりたくてなったわけでも、ないのですがね)
 なにしろあの性格だ。学院の課題など必要ないと思えば平然と無視するし、教官にも言い返すので減点もされている。
 そもそもこの学院に腰を落ち着けているのも、ここに居れば暮らすに困らないというだけの理由だ。追い出されてもかまわないと思っているから、御しようがない。
 しかもそれでもなお、学年トップクラスなのだから、タチが悪いとしか言いようがなかった。
 教官たちもそうとうモメたようだが、能力だけは文句なしに優秀なタシュアを、使わない手はない。けっきょく協議のすえ仰々しい任命書が手渡され、単独で出来る仕事をする、ということになった。
――もっとも他の生徒なら数人がかりのことでも、彼の場合ほとんど独りで出来てしまうのだが。
 ともかくそのせいか、タシュアから見れば雑用のようなことが、回されることが多かった。
 それでも大人しく――あくまでも彼の基準だが――引き受けているのは、この立場なら給料が出ることと、個室に入れることが大きい。
 タシュアがいまいちばん興味を惹かれているのは、魔視鏡とその向こうに広がる世界だ。煩わしい人間関係などお構いなしに、自分の技量ひとつで可能性が広がっていくこの世界は、純粋に面白かった。
 だがそれをするにしても、同居人がいては制限が大きい。
 これといって苦労せず暮らせ、好きなものを買える程度のお金も手に入り、あとは個室で好きにしていられる。
 この辺が、タシュアが昇格と派遣任務とを受け入れた理由だった。
 二台ある魔視鏡を起動させる。
 片方は、三年ほど前に卒業した先輩から譲り受けたもの。ただ年数が経っているためにいまいち能力が低く、いろいろと無茶な改造をしてはみたものの、満足のいく性能にはなっていない。
 残る一台は先日わざわざ部品を購入し、魔令譜も物によっては改造や自作をして、自分で組み上げたものだ。さすがに先輩のお古ではやれることが限られてしまうため、貯金と初めての給料とをつぎ込んで、納得の行く性能のものを作り上げた。
 いまはこの二台を、学院内用と学院外用として使い分け、やりたいことをやっている。
「ふむ……」
 いつものように何気なく、学内の通信網全体の状態を調べてみる。
 と、その結果に対してタシュアは、変わったものを見つけた。
(企業に……交信要求?)
 別にそれ自体がおかしいのではない。そこにたどり着くまでに使われている方法が、通常使われていないものなのだ。
 もう少し正確に言えば、使われはするものの知っている者しかできない特殊な方法――つまり不正交信だった。
 お手並みを、しばらく拝見する。
(……?)
 見ているうちにタシュアは、手口に微妙な違和感を覚えた。
 方法そのものは学院内にいる、ある一人のそれと、非常に似通っている。だがその割に、スピードを含め技術が幼いのだ。
 だいいちタシュアが思い描いている人物なら、こんな風にあっさり見つかったりはしないだろう。
(気になりますね)
 少し調べてみることにする。
 高スペックの自作機で、通信のパターンを解析して同期させると、内容と宛て先とが映しだされた。早い話が盗み読みだ。
 いっぽうでタシュアはもう一台の魔視鏡で、学内を統括する思考石に潜りこむ。
 読み取った宛て先がどの端末なのかは、すぐに割り出せた。手口から予想したとおりの部屋だ。
 だがどう考えても納得がいかない。当人にしては、あまりにも技術が幼すぎる。
(そういえば、彼女には同居人がいましたか?)
 同室の下級生がどうこうという話をしているのを、耳にした気がする。
(生徒の個別情報がある場所は、と……)
 学院内の職員と生徒、全員の顔と名前を暗記しているタシュアだが、さすがに各人の寮の部屋までは覚えていない。
 というよりも、覚える必要がないと判断していた。
 操作盤の上を踊るかのように、滑らかにかつ素早く指が動いていく。片方の魔視鏡で傍受と追跡を続けながら、もう片方で学院内の思考石に再度潜りこむ。
(しかし、二年前から全くセキュリティを変えない人間が、生徒にそういうことを教えてもいいのですかね)
 最初から諦めているのか、それともタカを括っているのか、学院内の通信網のセキュリティはおざなりだ。
 たしかに防護壁は何重にもかけられているのだが……その変更や更新がされない。
だからいちど解析してしまえば、入り放題だった。
(っと、これですね……)
 目的の記録を見つけ、部屋のから生徒を割り出す。
 名前を見た瞬間、思い出した。ルーフェイア=グレイス、昼間の少女だ。
 あの外見や態度から、まさかこんなことをするとは思っていなかったが、まぁ教師に恵まれたということなのだろう。手口がよく似ているのもうなずけた。
 なにしろ同居人は、この手のことなら学内でも五本の指に入るかという、ロアだ。
(どうりで技術が幼いわけですね)
 納得しながらも、さてどうしようかと考えあぐねる。
 傍受して中身を見ているのだが、大した情報は得られそうにもなかった。まだ練習段階なのだろう、このぐらいなら自分で探した方がよほど早い。
(これ以上見ていても仕方ありませんか……おや?)
 タシュアの表情がわずかに変わる。
 傍受したものの中に、通信石の番号を直接を打ち込んだものがあった。普通にはやらない方法だ。
(何をする気なのやら)
 思うのとほぼ同時に、指が動いて検索をかける。しかし引っかかってこない。
 だが幸い追跡させておいた方から、場所を特定ができた。
「これは……!」
 普段はどんなときでも冷静なタシュアだが、さすがに驚愕の色を隠しきれなかった。
 打ちこまれたのは世界中の軍関係者が、熱望してやまないものだったのだ。
(シュマー……彼女はあの、シュマーの関係者だったのですか)
 その筋では伝説にもなっている、シュマー家。
 代々傭兵をし、子弟を戦場で育てるという曰くつきの家系だ。それ以外にも数々の兵器や武器防具を開発している等、噂は尽きない。
 だが裏の存在ということもあり、実態はようとして知れなかった。
 その内部通信網が、目の前にある。
(まさか、こんなところでお目にかかれるとは)
 だが、そこに若干の気のゆるみがあったらしい。
 その相手――どう考えてもルーフェイア――が、入らずに移動した。
(おや、追跡しているのがばれましたか? まぁ、場所はわかりましたから、かまいませんか。
 お礼に少し、遊んで差し上げましょうかね)
 場所さえわかっていれば、いつでも解析や傍受等は可能だ。タシュアの腕なら、もう入りこんだも同然と言えた。
 いったんシュマーのほうは諦め、追跡にかかる。
 例の相手は、転々と場所を移していた。だが、その速さはけして抜きんでたものではない。なにより、このように追われるのはおそらく初めてなのだろう。痕跡を慌てて消しているのが見て取れた。
 行動もまだ単純で、簡単に先が読める。
(ここからですと……なるほど、あそこのルートを使いますか)
 次に使うルートを予測したタシュアは、追跡の手をいったんゆるめ、行き先に罠を張る。
 案の定、相手はその網にかかった。
(まぁ、こんなところですかね? なにより収穫がありましたし)
 ものはついでと、おそらく震え上がっているかの少女の端末に、メッセージを送りつける。普通なら危険な方法だが、あの程度の腕ではとてもここまでは、逆探知できないはずだ。
 そこまでしておいて、タシュアはあらためてシュマーの内部へ入りこむべく、本格的なアクセスを開始した。

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