◇In the Capital
少女はただ、呆然としていた。
――クレーターの中心に座り込んで。
どうしてこうなったのか、彼女には分からなかった。いや、分かっているが信じたくなかった。
この大陸の中でも屈指の軍事国家・ゼイテ。強力な力にものを言わせ周囲の国々を飲み込んできた、その国のここは首都だ。
いや、首都だった……と言うべきだろう。
ほんの一刻前まで大河ルーナスの下流、島にも見える巨きな三角州とその両岸に、首都の町並みは広がっていた。
それが今は、ない。
町の中心には王城の代わりに少女のいるクレーターが穿たれ、その外側は元は何があったのかも分からない瓦礫の山だ。三角州を囲んでいた城壁も崩れ、両岸の町並みにまで被害は及んでいた。
果たして王都に住むうちのどれほどが、無傷で済んだのか。
災厄の引き金となった少女は、まだ座り込んでいる。
年は……十歳にもならないだろう。柔らかそうな薄い色の髪に透き通った瞳の、かわいい少女だった。
どこか虚ろな瞳から、涙がこぼれる。
周囲は静かだった。
あるいはもう救助が始まっているのかもしれないが、この辺りに近づく人影はない。そもそも近づくことも出来ない。
いまだ煮えたぎるクレーターそのものが、人を阻んでいるのだ。
だが土砂が一瞬にして蒸発したために出来たクレーターの中にいながら、少女は髪の毛一筋たりとも傷つく気配はない。
「あたし……」
桜色の唇から、言葉が漏れる。
「あたし、あたし……」
答えはなかった。
あるはずもなかった。
それからどのくらい、少女は座り込んでいたのだろうか?
今朝は青く広がっていた空だが、今は巻き上げられた土砂でかき曇り、やがて重い雨が落ちてきた。
――黒い雨。
一瞬にして焼け焦げた灰なのか、それともただの土なのか――ともかく雨は、不吉に黒い。
少女の着ている純白の衣に、その雨がぽつぽつと染みを作っていった。
雨に打たれる彼女の瞳から、次々と涙がこぼれ落ちる。
大人ならばきっと、自分がこうせざるをえなかった理由を見つけ、自分自身をかばうことが出来ただろう。
だがまだ幼いこの子には、そう考える余裕さえなかった。ただ目の前の現実に、打ちのめされるだけだ。
降りしきる雨が熱い大地に落ちては蒸発し、霧となっていく。
やがて、煮えたぎっていた周囲が冷え始めた。
「――いたぞっ!」
突然雨の音を破って、怒声が響く。
はっと少女が顔を上げた。
様々な声が飛び交う。
「あれだっ、あの魔女だ!」
「可愛いナリしやがって……!」
本能的に少女は、現れた人影とは反対へあとずさった。
その辺りで拾った棒きれ、庭にありそうな鎌や鍬、あるいは包丁、時には剣――ともかくそういった「武器」を手にした人々が、クレーターの縁を超えて降りてくる。
その表情は明らかに殺気立っていた。
――僅か数日前に、歓呼の声で少女を迎えたというのに。
「いや……」
立ち上がり、駆け出す。
掴まったら何をされるか分からないと思った。
「逃げるぞ!」
「逃がすかっ!」
追う声を背に、必死に逃げる。
だが追われるのは子供で、追うのは大人たちだ。身軽さでは上回っても体力ではかなわない。
徐々に双方の距離は詰まり、じき少女は追い詰められた。
「いや、やめて……」
恐怖でそれ以上、言葉が出ない。
少女をかばう者は誰もいなかった。
泣きながら怯える少女に手を上げられる大人など、普通はいない。しかし憎悪は、そんな当たり前の心境をごく簡単に葬ってしまっている。
「さっさと殺しちまえ」
「馬鹿言え。八つ裂きにして、苦しませてやる!」
ひとりの男が、ぎらりと狂った視線を向けた。
「女房も子供らも、こいつのせいで――」
「うちの子もだよっ!」
じり、と包囲の輪が縮まる。
その中で少女は怯えるばかりだった。もうどうしていいのか、分からない。
「い……や……」
切れ切れにやっと言った言葉も、大人たちを押しとどめることはなかった。
凶器が振り上げられる。
「いやぁっ!!」
瞬間、光が閃った。
世界が、太陽が落ちたが如き白に染め上げられる。
そして轟音。爆風。
「あ、あ……」
殺される、その思いから固く瞳を閉じていた少女は、恐る恐る動いて、知った。
――先刻と同じ過ちを、繰り返したことに。
新たに穿たれたクレーターはずっと小さなものだが、取り囲んでいた大人たちは跡形もなかった。
先ほどとは違う混乱と恐怖が、少女を襲う。
何もかもが怖かった。
信じていた大人たちも、そして自分自身も……。
泣きながら、歩き出す。
行く当てはなかった。だがそれでも、ここを離れようと思った。
道路とおぼしき瓦礫の間を抜け、ただひたすらに歩く。
今度は誰も、邪魔はしなかった。